お礼
随分長く留まってしまったが、それなりに進展した部分があったことや、アデルとの繋ぎが出来たことで、最低限の目標は達成できた。
例えばなぜクラウスが私達相手に彼女の存在を隠そうとしたのかや、私達の来訪目的にあたりがついていた点など、まだ掘り下げておかねばならないことは多い。
特に「彼女」に関しては本人不在ということもあり、話が聞ける人間も限られているので、できる限りの情報を集めておきたい。
「瑞穂国」か。
王子として最低限の知識は持ち合わせているが、レストニアから遠く離れたかの地は伝聞の入り難さが障害となりそうだ。あまり力を借りたい相手ではないが、やはり国王たる父の情報網を使うしかあるまいな。
「どうしたのアンディ、考え込んじゃったりして」
「いや、次にクラウスに会う時までにどうやって機嫌を直しておこうか考えていた」
「う」
「ああリリは気にしなくていいよ。今日のあれは私でも予測できないし、何が気に食わなかったのかは実際の所、私にもよく分からないからね」
「うん。ごめんね、アンディ」
「まあ後日で構わないのだけど、リリ達がその子に会いたい理由とか、クラウスにどう説明したら警戒せずに聞いて貰えるかとかは相談したい所だね」
「……うん」
リリはどうもこの件になると歯切れが悪くなるな。まあいずれ分かることだし、焦って問い詰めてもいい結果にはなるまい。こちらにも「彼女」のことを口にできない状況ができてしまったし、隠し事を抱えているのは以前からお互い様なので、こんなことでリリとの関係に傷は付けたくない。
内心、アレックスの言葉は堪えた。
これまでリリだけを見ることは当然だと思っていたし、そうしてきた自負もある。彼女を手放すような可能性は全くないし、勿論アレックスが相手でも譲る気はない。
だが、もしリリがアレックスの気持ちを受け入れるようなことがあったなら、それを想像すると目の前が暗くなる。
私にとってリリは灯であり、翼だ。
私の行く末を照らし、私を望む場所へと運ぶ、かけがえのない存在。
もしそれが失われたなら。
「どうしたのアンディ、今度は怖い顔しちゃって」
「いや、もしリリが誰かに獲られたらどうしようかって考えて、やっぱり今度箱と錠前をフェルミ様に頼もうかなと」
「街を歩いてるだけでなんでそんな想像してんの!?」
「いや、いつも考えてるけど」
「ヤンデレだ……」
やんでれ?
「あ、ううん気にしないで。こっちの話」
意味が分からず目線を横にやると、面白そうにこちらを眺めているアレックスがいた。
余裕ありげな態度がなにか苛立つな。
「なんだ、アレックス」
「いや。いつも余裕綽々のお前がそんなに焦ってるのを見るのは珍しいと思ってな」
誰のせいだ、誰の。
「ねー。アンディは心配性なんだよ」
「まあアンドルーはリリアンにぞっこんだからな」
「まあね。へへへ」
「否定はしないのな」
「当たり前でしょ」
「へいへい。お熱くて結構。パン焦げろ」
「焦げないよ!」
「あんた達は気楽でいいわねえ」
「何だカミラさん。何か悩みでもあんのか」
「あるわよ」
彼女も何か考えていたのか。
「ねえ」
「ん」
「人攫いに知り合いはいない?」
「おいこら何考えてた!」
「えークラウスをどうやって」
「まだ諦めてなかったのかあんたは!」
「あんだけアンドルーから釘刺されたら、あそこは大人しくしとくしかないじゃない。でもそう簡単に諦められるもんじゃないわよ」
「手段は選ぼうよカミラ」
「だって競争相手多そうじゃない?だから今度はミスリル製の網かなんかでこう、がっ、と」
「なまじ魔法金属だけに真実味があるのが恐え」
「ミスリルさんごめんなさい」
「ねえ。アンドルーは心当たりない?」
ふむ。
「今度一緒にフェルミ様の所に相談に行くか」
「お前もいい加減箱と錠前から離れろ!」
「「えー」」
「その顔やめろ!特にアンドルー!……お前段々性格リリアンヌに似てきたんじゃないか?悪いことは言わん、今のうちに戻ってこい」
「えー」
「やめろ本家本元。自覚ねえのかよ」
「あるけどそれはそれで嬉しい」
「……もういいや。ほら、親父さんの店、見えたぞ」
「あ、ほんとだ!おじさーん!」
ぶんぶんと屋台に向けて手を振るリリ。
「おお、あの時の嬢ちゃんか、久しぶりだなあ。どうだ、学校の生活は慣れたかい?」
「うん!おかげ様でいい感じだよ!」
「そりゃあ良かった。で、今日はお出掛けかい?」
「そう!おじさんのこないだのお礼をしようと思って。はい」
そう言って紙袋を手渡すリリアンヌ。なんだ?
「そんなこと気にしなくてもいいのに。こりゃあ、クッキーか」
「うん。頑張ってみたんだけど、もし口に合わなかったら言ってね」
は?
「お、お嬢ちゃん、確か、公爵様の所のお嬢様だったよな?」
きょとんとするリリ。
「そうだけど、なんかおかしかった?」
「公爵家のお嬢様が、これを?」
「まあそこの友達に結構手伝って貰ったりは」
「ほとんどあたしだ」
「生地を捏ねるのは私だったじゃない。腕ぱんぱんになったんだから私の汗と涙が、あ、いや滲んではないです。ちゃんと手を洗って清潔にして作りました」
「滲んでる方はスタッフが美味しく頂きました」
「だれスタッフって!」
「白薔薇の皆さん」
「やめてあげて!特にイリーナは超お腹弱いんだから!!」
「一番食べてたのはあの子です」
「なにやってんのイリーナ!」
「大丈夫、『ごきゅ。お茶で殺菌ですわ』って言ってたから」
「そんな殺菌方法はないよ!」
「あんたが発案者だ」
リリとカミラのやり取りをぽかんと眺める屋台の主人。やがて、
「はっはっはっはっは。なるほど、いい学校生活が送れてるようだな」
大笑して頷いている。
「いや。長年商売やってると面白い経験ができるもんだな。遠慮なく貰っても良いかい?」
「もちろん。あ、でも早めに食べて下さいね」
「いや記念に取っとくよ。食べて消えるのは勿体ない」
ちょっと待ってくれ。
「すまない主人。そのクッキー、金貨100枚と交換する気はないか」
「は?」
「100枚では不足か?では500枚ではどうだ」
「ちょ、ちょっと待って、って、あなたはもしかして」
「そんなことはどうでも良い。1000枚なら」
すぱああああああん!
「何考えてんだリリアンヌ馬鹿!クッキーに金貨1000枚とか、屋台どころかこの区画が買えるじゃねえか!」
「一区画位なら安いものだ」
「なにとち狂ってんだよ!なんだよリリアンヌ!アンドルーに言ってなかったのか!?」
「『リリアンヌ馬鹿』って」
「そこじゃねえ!」
「お、おいアレックス、お前いま王子様の頭叩いた、」
「こんな阿呆は叩いて良いんだよ!カミラさん!?」
「予想はしてたが面白そうだったので放置してみた」
「なんでここには常識が存在しねえんだ!」
「その話は後にしようアレックス。今はこちらが重要だ」
「もっともらしいこと言うな!アデルとの会話ん時より本気度高えじゃねえか!」
「アレックス。お前、『薔薇園』行って性格変わったか?」
「ガキ達より性質の悪いのに捕まったんだよ!親父さんのせいだからな!」
「お、俺か?」
「あんたに脅されてしょうがなく面倒見た結果がこれだよ!」
「……そうか。そりゃあ、良かった」
「え?」
「お前、ここにいる時は色々しんどそうだったからな。今お前たちのやりとり見てたら随分楽しそうじゃねえか」
「……まあ、それなりにやってるよ」
「そうか。王子様にリリアンヌ様。そこのお嬢さんも」
「「「?」」」
「こいつはこんな性格で、とっつきは悪いんですが根は良いやつでしてね」
「お、おい親父さん」
「適当にしてるようで、そのくせ責任感が強くてすぐに抱え込んでしまうようなとこがあって、見た目より苦労してるんですよ」
「いやそういうの良いから親父さん」
「お世辞にも口は良くないですから腹の立つこともあるでしょうが、これからもよろしくしてやって下さい」
そう言って、店主が私達に頭を下げた。
「大丈夫だよおじさん。私たちがついてるからアレックスは任せといて!」
「よろしくな、お嬢ちゃん」
「親父さんの気持ちは有り難いが、なんか腑に落ちねえ」
アレックスはそうぼやく。まあ手の掛かるのを友人にした君が悪い。
「なんか私は違うって顔してるなアンドルー、悪いがお前が一番面倒なんだからな?」
む?それは聞き捨てならないな。
とんとん。
私の肩を叩くのはカミラ。耳を近づけて小声で言う。
「汗と涙入り、まだ残ってるんだけど如何ですか旦那」
ほう、それは興味深い話だな。どこの国が欲しい?
「……やっぱ、選ぶ友達間違ったかなあ」




