クラウスの事情
「おかえり。話、終わった?」
階下に下りてきた私達を、リリとカミラが迎える。と言っても、相変わらず店主であるアデルと話が盛り上がっているようで、私達も随分話し込んでいたように思っていたが、彼女達は彼女達でそれなりの時間を過ごしていたようだ。
「予想外に話が長引いて、ちょっと時間が足りなくてね。日を改めることにしたよ」
「いいの?まだ私達は大丈夫だけど」
「いや、他に回る所もあるし、今日はこの位にしておくよ」
「ふうん。で、何の話だったの?」
「ちょっとね、アデルにクラウスのことを聞いていた。ね、アデル」
「ええ。王子様に聞いたんですけど、クラウスが皆様に失礼な態度を取ったとか」
それを聞いて慌てるリリ。
「い、いやそんなことないから!どちらかと言うと失礼なことしちゃったのは私たちだし、別にクリスは悪くないよ!」
「なんだ、あの馬鹿まだ拗ねてんのか」
そう言って呆れた表情をするのはアデルの父親。
大柄で、日々竈の前に立っている所為か真っ黒に日焼けした姿は、格好次第では歴戦の強者のようでもある。いや、武器が違うだけで実際そうなのだろうな。独特のどっしりとした安定感を感じる。
「『拗ねてる』ですか?」
「ああ。じゃないな、失礼致しましたアンドルー様。挨拶が遅くなり申し訳ございません。当店の店主、ジェフリーでございます。本日はご来店下さり誠に有難うございます」
「いえ、ご丁寧な挨拶痛み入ります。レストニア=ディ=アンドルーです。急な来訪で申し訳ありません。ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いや、ああいえ、」
出かかった言葉を飲み込んで、
「いけませんな。どうも使い慣れないと、うまく言葉が出ません」
「いつもの言葉遣いで構いませんよ。私もその方が気が楽ですし、リリにもそうして頂いてたのでしょう?」
「うん。さっきと話し方が違うから、私達も違和感感じるし、さっきまでの話し方でいいですよジェフリーさん」
「そうですか?では、遠慮なく。迷惑なんかとんでもない。王子様のおかげでほら、客がぞろぞろ入ってきてます」
さっき私達が来た時もそれなりに客がいた店内だが、今はその倍以上はいるだろう。客が入りきれずに外へはみ出している。
私達がいることを、誰かが広めたのだろうな。
さっきはアデル、今はジェフリーと話しているから話し掛けてこそこないが、客のほとんどが私達に視線を向けている。見られるのは慣れているが、これではちょっと話し辛いな。
「じゃあ私、ちょっとお客さんの相手してきますね」
「ああ、俺も手伝うよ」
「じゃああたしも行こうかな」
「いや、お客さんに手伝って貰うのは」
「まあこの数は俺達が原因だろうしな。さっきのこともあるから詫びも兼ねて手伝わせてくれ。頼む」
「え、またあんた何かやらかしたの?」
「人聞きの悪い。ちょっとアデルを泣かせただけだ」
「やらかしてるじゃん!」
「あ、いや。じゃあ取りあえず手を洗ってきて下さい。案内しますから。お父さん、あと頼むね」
「おう。しっかり頼むぞ」
「分かってる!」
そう言って、アデルはアレックスとカミラを連れていった。
「ジェフリーさんは良いんですか?」
「焼く方はもう種が尽きましたんで、後は売り切ってしまうだけです。アデルも戻ってきましたし、私は売る方には向いてないんで却って邪魔になるんですよ。それはいいんですが、今日はなんでうちみたいなパン屋に?王子様にはちょっと不向きだと思いますが」
「いや、がっしりとした、昔ながらの良いパンだと思いますよ。毎日口にするものですから、奇を衒わない方が安心できます」
「雑穀は気になりませんか?」
「これがあるから食感に変化がつくのでしょう?飽きなくて良いじゃないですか」
私の言葉を聞いて、ジェフリーが黙り込む。
「どうしました?」
「……いえ、うちはずっとこれでやってきましたから、今更違うことやれって言われてもできないんですがね。続けてきて良かったと、初めて思いました」
「だから言ったでしょ、ここのパンは美味しいんだって。自信持ってよジェフリーさん」
「いや、お二人に太鼓判を押されれば、今後の励みになります」
「あんまり大仰に言わないで下さい。私達の好みが皆と同じとは限りませんから」
「それでも嬉しいですよ王子。ありがとうございます」
ジェフリーが頭を下げる。
「喜んで頂けるのでしたら、お願いが」
「?」
「私達が買って帰る分は残しておいて下さい。ね、リリ」
「そう。話ばっかりしちゃってて、まだ何にも選んでないんだよね」
ジェフリーが破顔する。
「いやあ、うちは早いもん勝ちが信条なんで」
「行っておいでリリ」
「うん!任せといて!」
反応早いね、リリ。
丁度良い。帰るつもりだったが、もう少し情報を集めておくか。
「それで、ジェフリーさん」
「なんですか。王子様」
「その『王子様』って言うのは勘弁して下さい。『アンドルー』で。さっきの」
「え、さっきの、ですか?」
「ええ。『クラウスが拗ねてる』っていう」
「あ、ああそうそう。あいつ、まだ拗ねてるんじゃないかって言うやつですか。いやあいつ、ルリが、ってアンドルー様はルリのことは」
「知っています。先程、アデルさんからおおよその事情は聞きました」
「そうですか。じゃ、ルリの両親のことも」
「亡くなられて、彼女が今『瑞穂国』にいることも聞きました」
怪訝そうな顔をするジェフリー。
「アンドルー様の耳に入ってる話ってことは、何か訳ありなんですか?」
「いえ。用があってクラウスと会ったのですが、ちょっと彼の機嫌を損ねてしまって。リリが言った通りこちらの配慮が足りなかったのはありますが、かなり過敏な感じがしたもので、それでアデルさんに事情を聞いていました」
「あー、そういうことでしたか。まあクラウスとルリのことはうちの娘が一番詳しいでしょうから」
「ジェフリーさんも何かご存知のようですが」
「まあ……。ルリんとこの父親が死んで、ルリがその後『瑞穂』に行くことが決まった時、たまたまですがクラウスは大きな仕事を抱えてたんですよ。ルリはそれを知ってたから、クラウスには何も言わずに行っちまいましてね。『仕事の邪魔はしたくない。どうせ帰ってくるんだし』ってうちの娘にも口止めしてたらしいです。後からそれを聞いたクラウスがすっかり拗ねちまって、って、そういう話です」
いや、確か。
「彼女がここを発ったのは、結構前のことじゃないんですか?」
「一年半位にはなりますかね」
「そんなに長く、機嫌を損ねてるんですか?」
「クラウスは、仕事してましたか?」
「いえ、大きな仕事が終わって一段落ついたので、今は休んでいると」
「あんの、馬鹿は」
「違うんですか?」
「ルリが『瑞穂』に行ってから、あいつは新しい仕事を受けてません」
「そうなん、ですか?」
「まあこれまで一生懸命やってきましたし、稼ぎも良いから4、5年働かなくても食ってはいけるでしょうが、呆けるにも程があるな」
理由はやはり、彼女か。
「一時は自分も『瑞穂』に行くつもりだったらしいんですがね。『瑞穂』って余所者を受け入れないらしいですし、クラウスには伝手もありませんでしたから。いや、そうでもないか。アンドルー様が」
「彼から私には、何も相談はなかったですね」
私に気を遣ったのか?いや、それだけ必死なら、私に縋る位はするだろう。
それを思いつかないクラウスではないだろうし。
なんだ、変な違和感があるな。
「まあそっからは閉じこもって何かやってるみたいでしたから、遊んでるようでもないしとりあえず様子見してたんですが」
「じゃあ。アデルさんがクラウスの所に行っていたのは」
「あくまで娘の希望ですがね。親としては複雑ですが、あれはあれで考えているようですし、クラウスも付き合いは長いので放ってはおけませんで」
「クラウスのご両親は?」
「クラウスが鍛冶屋を継がずに加工師として独り立ちした後は、鍛冶仕事を請け負いながらあちこちを渡り歩いてるようです。滅多に連絡もしてこないし、もう4年になりますか。実質、うちがあいつとルリの親代わりみたいなもんでしたから、ルリが『瑞穂』に行くって言った時もそりゃあ驚いたもんです。東の果てなんて、私には想像もつかない所ですし」
「彼女がなぜ『瑞穂』に行くことにしたか、本人の口から聞きましたか?」
「いえ。何か事情を抱えているようでしたし、ルリ本人も話す気はなさそうでしたから無理強いはできませんでしたが、普通の事情ではないんだろうなとは思ってました。アンドルー様はご存じなのですか?」
「いえ。確かめないといけないことが多すぎて、まだ何も言えませんね」
本当に、情報だけが増えていって中々整理ができない。とりあえず、父に『瑞穂』の事情を聞いてみるか。
「アンディ!みんなで分けるならこれ位でいいかな?」
「いや、それは多くないか?」
「そうかな。いや、これ位は食べると思うよ?」
別に良いけど、他にも寄る所はあるんだし、程々にね。
「じゃあお会計してくるね。あ、カミラおまけして!」
「ちっ、うぜえ」
「なんか毒吐かれた!あ、アレックス」
「今パン買うと俺がついてくる」
「いらない!」
「レオもつける」
「もっといらない!」
「クラウスもつける」
「あたしが買う!」
「うちの店で人身売買しないで!」
なにやってるんだあいつらは。
「元気な方たちですな。特にリリアンヌ様はなんとなく似ている」
「似ている?誰にですか?」
「ルリです。見た目は全然違いますがね、性格というか、雰囲気というか、ルリもあんな感じでしたのでつい懐かしい気になってしまいました」
これも、偶然の一致、ではないんだろうな。




