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東方の国

「俺のせいで脱線してしまったな。悪い、話に戻ろう」


 ばつの悪そうな顔で詫びるアレックス。


「ルリって子と、クラウスの関係はおおよそ分かった。そこで聞きたいんだが」

「何?」

「そのルリって子は今どこにいる?どうやら今は近くにはいないようだが」


 私もそれが知りたい。


「……今は、ルリの祖国にいると思います」

「『祖国』って、東方の国のどっかか?」

「ルリは『瑞穂国(みずほのくに)』って言ってました」

「知ってるか?アンドルー」

「東方の群島からなる国家だな。歴史が古く、独自の政治形態と文化を持つと」

「独自の?」

「国内最古の氏族である『ミカド』を象徴に置き、実際の政務は『王』が執る。『ミカド』は国務には携わらず、儀式や礼典を執り行う。「正教」の教皇みたいなものだな。違うのは名誉職で実権を持たない所か」

「ふうん。よく分からん」

「レストニアはなんだかんだ言ってもまだせいぜい200年位の国だ。国としてはまだ若い方の部類だな。『瑞穂』は確か、2000年を超えている」

「にっ!?」

「2000年、ですか?」


 まあ驚くのも無理はない。あくまで自称だから真偽の程は不明だが、そう誤差のある話ではないだろう。古い文献を当たれば一度は名の出る国だ。レストニアからは距離があるから、自然縁遠い関係ではあるが、過去にまったく交流が無かった訳でもない。


「さっきも言った通り群島国家なので、レストニアのように人の往来が多い国じゃない。結果、閉鎖性の高い国になっているらしく、いくつかの例外を除いて国交には消極的らしいよ」


 まあその「例外」にレストニアは含まれるのだけど。


「文化、ってのは?」

「アレックスは『薔薇園』で見たと思うが『米食』が主流で、ほぼ毎食そうらしい」

「ああ、リリアンヌが反応したあれね。リリアンヌは『米』を食ったことがあるのかな?」

「まあ王家(うち)でも良く出るし、公爵家なら難なく手に入れられるだろう」

「すごい反応だったよな」

「あの、リリアンヌ様はその『米』の方が、パンよりお好きなんですか?」

「もしそうなら君のお父上と話に興は乗らないだろうね。リリはああ見えて結構食いしん坊だから、美味しいものには目が無くてね。君の店のパンが気に入ったみたいだから、心配しなくても大丈夫だよ」

「そういや、結構時間経ってるな。大丈夫か?」

「そうだな、もう少しこの話を聞いたら階下へ下りよう。どうもこの時間だけでは終わりそうにない」

「だな。じゃ、もう少し話を端折るか。その『瑞穂』って国がルリって子の出身だって、そう言う話だったな」

「アデルは彼女が『瑞穂国』へ何をしに行ったのかは聞いているかい?それとも、彼女のご両親が送り出したとか」

「……ルリの両親はもう二人とも、この世にはいません」


 ご両親は亡くなられたのか。


「お母さんの方はルリが8歳の時、流行病で、お父さんの方は一昨年、馬車に撥ねられて。撥ねた相手は今も捕まってないそうです」


 ふうん。それはちょっときな臭い話だな。


「優しいご両親だったし、家族の仲もとても良かったから、二人が亡くなった時はルリもすごく悲しんで」

「どんな感じのご両親だった?」

「さっきも言いましたが、お父さんの方は腕の良い細工師で、ものすごく穏やかな感じの人でした。いつもにこにこしてて、私達に勉強や、色んなことを教えてくれて。クラウスは特に可愛がって貰ってましたから、事故で亡くなった時は、ルリと一緒に落ち込んじゃって慰めるのに苦労しました」

「そう。お母さんの方は?」

「すっごく気品のある、儚い感じのする人でした。こんな裏町とかじゃなくて、お城とかが似合いそうな。そうですね、王子様に雰囲気が似てます。身なりとかは特別豪華ではないんですけど、なんか傍目にも高貴って言うか、特別って言うか、そんな感じの方でした。ルリはどちらかというとお母さん似だったと思います」

「ご両親が亡くなった後、彼女はなぜいなくなったんだい?」

「ルリのお父さんが亡くなってしばらく経ってから、ルリの所に東方の人が出入りするようになりました。

 ご両親の昔の知り合いとかで、色々話していたみたいですけど、ある日ルリから『瑞穂国』にこれから行くから、しばらく会えなくなるからって言われて。理由を聞いたんですけど、答えてくれなくて……」


 アデルの言葉尻が小さくなる。


「訳あり、か」

「アンドルー。なにか心当たりでもあるのか?」

「いくつかは」

「教えてくれ」


 そうだな、まず。


「20年程前に、『瑞穂国』の王女だった『玻璃(はり)姫』が、当時恋仲だった男性と失踪しているな。『瑞穂国』が血眼になって探していて、王国にも探しに来ていたらしい」

「そ、それって、まさか」

「彼女のご両親は『玻璃姫』とその駆け落ち相手の可能性が高い。多分間違いないだろう」

「……じゃあ、ルリは」

「『玻璃姫』の娘、ということになるな。『玻璃姫』の父である『藍王(らんおう)』は『瑞穂国』の現国王で、子は複数いるが王妃との子は『玻璃姫』だけのはずだから、瑞穂王家の嫡子、ということだな」

「ルリが、そんな……」


 私の言葉に呆けるアデル。


「失踪の理由は『王族の義務』って奴か」

「嫁入り先は、うちの父の予定だった」

「それは初耳だ。てっきりアンドルーの所は夫婦べったりだと思っていたが」

「政略結婚に愛情は関係ないからね」

「世知辛い話だな。で、それを嫌って姫様が愛する男と駆け落ち、か」

「そういうことだろう。その後も度々消息を求めて『瑞穂国』の遣いが来たらしい。曰く『貴方様の婚約者を探すのに協力して欲しい』と、父に何度も催促があったそうだ」

「親父さんは?」

「当初は突っ撥ねるつもりだったらしいが、あまりにも先方が必死なので捜索の手助けだけはしたそうだよ。それでも見付けることはできなかったみたいだが」

「へえ、意外だな。レストニア国王でも見付けられなかったなんて、よほど上手く隠れていたのか」

「そんな訳ないだろう」


 アレックスがへ?と言った表情でこちらを見る。君は父のことをよく知らないからしょうがない。


「おそらく、父はとっくに見付けていたのだと思う、そして、その上で()()を切った」

「……なんで、そんなことを?」

「まあ父には都合の良い話だしな。見つけたら側室に捻じ込まれるだろうし、所在と動向が分かっているなら監視だけしておいて放っておいた方が良い。いざという時の人質に使う手もあるだろうけど、父はそういうのがあまり好きではないようだし、それに」

「それに?」

「あ、いや」

「何だよ?言いかけて止めるのは気になるぞ。さっき言っただろ、全部言えって」

「いや、ちょっと私の口からは言い難いのだけど……」

「何だよ、焦らすなよ。良いから言えって」

「王様に何か考えがあったんですか?」


 アデルもアレックスも、私の言葉の続きを催促する。

 続きを言うのは、ちょっと抵抗があるのだけどなあ。


「……父も母も、そういうの、好きだから」


「「は?」」


 アレックスはどう答えて良いものか返答に窮し、アデルは呆気に取られている。

 まあ、そうだろうな。言った私もなに言ってるんだと思う。


「そういうのって、どういうことなんです王子様?」

「……さっきアレックスが言ったろう?『姫様が愛する男と駆け落ち』って」

「はあ」

「うちの両親、そういうの、大好きだから。だから」

「待て待て待て待て。いくら何でも、それは……」

「私とリリとの婚約を一瞬で決める親だが、なにか?」

「……何か良く分からんが、今すげえ納得した」


 分かって貰えて私も嬉しい。あの二人はそういう人たちです。


「まあ、そういうものと思って貰うしかない。私だって、あの父のことは未だに良く分からないんだから」

「……王様って、すごいんですね」


 褒めてないのは分かったよアデル。さて。


「そこで気になることがひとつ。先程、アデルは彼女の父親が馬車の事故で亡くなったと言ったね」

「おい。アンドルー」


 さすがにアレックスは察しが良い。


「それが、何か?」


 まだ話を掴めていないアデルが私に問い返す。


「タイミングが良すぎる。彼女の父親の死と、『瑞穂国』の接触が」

「……え?」

「事故じゃない可能性、か」

「調べる必要はあるだろうね」

「アデルさん、ついて来れてる?」

「いえ、何が何だかまったく。でもルリにとって良い話じゃないですよね、それ」

「要するに、『瑞穂国』がルリって子を手に入れるために父親を殺した、って話だ」

「えっ!」

「まだ推測でしかないけどね。王都下で人が死んで、その相手が分からないなんてことは普通はないはずだよ。王都治安の調査力はそんなに甘くない」

「相手の目星が全くつかなかったって、聞いてます」

「アンディ―の親父さんなら、何か知ってるかもな」

「今度会った時に聞いておくよ。ただ、父が表だって動いてないとなると、慎重にならざるを得ない何かがあるのかもしれないね」

「……あの」


 先程までの私と同じような顔色になっているアデル。


「……ルリ、もしかして、とんでもないことに巻き込まれてるんじゃないですか?」

「まあ、そうだね」

「『そうだね』って、そんな簡単に」

「私と関わった時点で、彼女がただ者でないことは分かっただろう?」

「……」

「先程アレックスが私に言った言葉だが、どうせ巻き込まれているなら中途半端は良くない。知るべきことは全部知っておくべきだ。もし君が話の大きさに躊躇するなら今からでも降りるかい?無理は言わないよ。勿論必要な形で口は封じさせて貰うが」

「引くつもりはありませんが、ちょっと話が大きすぎて整理がつけられません。今日は、」


 と時計を見るアデル。


「時間も時間ですし、そろそろリリアンヌ様がたも待ちくたびれているのではないでしょうか」


 気づけば、半刻が経過している。

 まだほんの()()()しか話せていないのに、どうする?


「今日はこの位にしておこう、アンドルー」

「まだ、聞きたいことは山程あるのだがな」

「同感だが、あまり話が長いとリリアンヌ達が心配する。俺とお前はこの後時間が作れるだろ?俺達で進められる話は俺達でやればいい。アデルさん」

「は、はい」

「今日、というか今後俺達とする話は絶対に他言無用だ。特に、クラウスには絶対に気取られないようにしてくれ。彼は彼で俺達に隠し事があるようだし、何かを隠しているやつは似たような匂いに敏感だ」

「匂い?」

「違和感とでもいうのかな?特に、君のように長年付き合ってる人間が相手ならそれにすぐ気付く。完璧に隠し通すことは難しいだろうが、できるだけ普段と同じようにしていてくれ」

「普段と同じように、ですか」

「そうだな、来週俺達はまた来る。一週間。一週間だけ何とか乗り切ってくれ。その間にこちらで対策を考えておく」

「……分かりました。来週、ですね」


 ああそれともう一つ。


「あと、私からも頼みがある」

「はい?」

「あの絵。あの絵をどこかに隠しておいてくれないか。話が中途半端過ぎて充分な説明ができていないが、今あの絵をリリに見られるのは何としても避けておきたい」

「……分かりました。私の部屋に移しておきます。それで良いですか?」

「無理を言って済まない。次はもう少し踏み入って話ができるよう、時間を作っておく」


 結局、具体的な話ができないまま、私達は時間切れで話を次回に持ち越すこととなった。

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