大群
緊張感を増した地下四階を歩くこと30分、途中二度程怪物共に遭遇したが幸運なことに大した相手では無かった。
あっさり退け、複雑な坑道を通りながら僕の脳裏には次第に疑念が生まれてきた。
(ここまで来てまだ先行した冒険者が見つからない。まさかもうミスリルの採掘現場に辿りついているのか?)
途中でやられたわけでも無いだろう。それならここまでの道のりで血の跡くらいは見つけられたはず。
だが見落としたのかもしれないし、違うルートを通った可能性もあるかと考えたが、それでも何も見当たらないというのは不思議だった。
余程こういった場所に慣れており痕跡を残さぬよう素早く移動しているのかもしれない。
怪物との遭遇も極力少なくしているなら気配がないのも有り得なくは無い。
そしてそれに加えて驚きなのがモスさんだ。
戦闘にはど素人のようなのに、しっかりと僕達について来る。さっきのランドクラブのような大物が出れば悲鳴の一つもあげそうなものだが、それさえ無くギュッとハンマーを握りしめて黙々と足を進めているのは見上げた度胸だった。
ミスリルを入手したいよほどの理由があるのだろう。
切羽詰まった雰囲気が感じられる。
「そこを左にじゃ。もうすぐ下への梯子があるわい」
「そろそろ終わりって感じね。疲れてきたわ・・・」
モスさんの案内にシャリーがぐったりしながら答える。やはりこのストレスの貯まるダンジョン内の移動は体力に欠ける魔術師のシャリーにはきついようだ。
同じようにラークも足取りが重い。
それでもシャリーを気遣うように「頑張りましょう」と声をかけているのが健気だと思う。
「次が最下層ですかね」
「そうじゃ。降りたらちょっと通路があって、そのまま広い場所に出るはずじゃ。そこが採掘現場になる」
僕の問いにモスさんが答える。白髪頭が魔法の明かりに浮かんで見えた。
「あとひとふんばりだな、降りたら少し休憩して最後までー」
その時だった。アッシュの言葉が途切れたのは。
いや、むしろ途切れさせられたと言うべきか。
僕達の進行方向から何とも形容しがたい叫び声が聞こえてきたのだ。
ウワアアア!と岩に反響した声が聴覚を刺激する。
全員がギクリと体を震わせた。それなりに修羅場を潜ってきたメンバーだ、少々の叫び声ではびびりはしないはずだが今の声は。
明らかに人の声だった。それも強烈な恐怖感に襲われ絶望にさらされた人間の。
この先だ。駆ける。すぐに最下層五階へと続く穴とそこから梯子が見つかった。
そこに駆け寄る僕達にまたもや「うあああー!!た、助けてくれええっ!」という叫び声が聞こえてきた。さっきより明確な助けを求める声、聞こえてくるのは地下五階への穴からだった。
全員顔を見合わせた。
何かに人間が襲われているのは明らかだ。すぐに助けないとまずいかもしれない、だが下手に飛び込めばミイラ取りがミイラになるかもしれない。
しかし躊躇ったのは一瞬だった。
「どっちにせよここを下りる予定だったんだ、行こう」
僕が言うと皆が頷く。
「念のためトマスとパネッタの二人はここで待機、俺が合図するまで待て」
予想外の危機が待ち構えているリスクを考慮してアッシュが二人を待機させる。
全員が危機にはまらないための処置とは分かってはいるが二人は複雑そうな顔だ。
しかし回復役のパネッタがもしやられたら全員が危ないし、護衛としてトマスを残すのは悪い考えではない。
「わしゃ行くぞ、こん先にミスリルがあるんじゃからな!」
「え、あ、待ってくださ」
アッシュが慌ててモスさんを止めようとするがモスさんはさっさと梯子を掴んで下り始めた。
そして三度絶叫が響く。段々近づいているようだ。
仕方ない、もう待っている余裕はなさそうだった。
アッシュ、僕、シャリー、ラークの順に梯子を下りる。パネッタと目が合ったので「心配しないでいい」と短く声をかけ、僕は最下層へと続く梯子を下りていった。
******
ピシャリと天井から水滴が落ちる音が妙に大きく響く。
闇が濃い。地下という条件は同じのはずなのにこの地下五階だけなぜだか闇が濃密な気がする。
梯子を下りた先に見つけたのは地面をのたうちまわりながら意味不明の叫び声をあげている三人の人間だった。
男が二人、女が一人だ。
のしかかりそうな圧迫感のある闇の空気に毒され頭がおかしくなったのか、と半ば本気で思ったが、全員が全員傷をおっているのを見てその考えを改める。
「カイト、ラーク、通路を警戒してくれ!シャリー、手を貸せ。ポーションを飲ませるぞ」
「じゃ、男二人はアッシュがやってね。女の子は私が回復させるから」
アッシュの指示にシャリーがさっと動く。懐から取り出したポーションの瓶を器用に片手で開けて、がたがた震えながら地面にはいつくばる女の子ー魔術師なのだろうか、ローブ姿だーの背をさする。
「大丈夫、大丈夫よ。私達は味方だから。そんなに震えなくてもいいわ」
シャリーが魔術師らしき女の子をなだめる声を背中で聞きながら僕とラークは通路の前方に視線を飛ばした。
モスさんは僕らとアッシュ達のちょうど中間あたりにいる。早くミスリル採掘にかかりたい気持ちとこの三人のただならぬ様子を警戒する気持ちの板挟みになっているような感じだった。
(どう考えても普通じゃない。何があったんだ)
あの三人から聞き出すまでは何も分からない。だが冒険者をここまで恐慌状態に陥らせるような事態は早々無いはずだ。
一本道の通路の先へラークがマジックランタンを一つ飛ばす。
その明かりに何かが浮かび上がった。
赤。赤い。赤い光点。
ポツポツポツポツポツポツと質量すら感じさせるような濃い闇の奥底から数十にもなる真っ赤な光点がうごめくのが見えた。
それらがぞわぞわぞわとまるで一塊の生き物のようにこちらに向かってくる。
明かりに照らしだされたそれが黄色と黒に彩られているのが分かる。
アッシュとシャリーはポーションをようやく倒れていた三人に飲ませたところだ。あれが何なのかはっきり見えてはいないが、先の絶叫をあげさせた原因と考えてよさそうだ。
「アッシュ、シャリー、来るぞ!」
迷っている暇は無かった。
それがこちらとの距離を詰めた為、はっきりと姿が見えた。
脚だ。鈎爪の生えたかくかくした脚が八本。それが丸っこい節のある胴体から生え、その目がさきほどの不吉な赤い光を放っている。
その多足昆虫が通路をうめつくす程の大群でこちらにガサガサ向かってくるのが見えた時、僕の背にぞわりとおぞけが走った。
「ヒュージスパイダーの大群だ!」
「に、逃げろ!おまえらもあれに捕まったらもうおしまいだぞ!」
僕の声と男の一人の声が重なった。
その男の言葉が意味するところをとりあえず無視し、ラークより前に出る。心得たものでラークが僕に素早く武器魔力付与を唱えてくれた。
淡い黄色の燐光が刃を包む。
(コバルトが使えさえすれば!)
もどかしさに歯噛みする。
だがこの狭さでは出せないし、それにモスさんにみられては後々まずい事態となる。ここは自分達だけの力で切り抜けるしかなかった。
「アッシュ、三人を梯子で上に待避させてくれ!戦いの邪魔になる!」
後方に叫びながらさらに一歩前に出た時、シャリーが唱えたサンダーボルトが僕の横を走り抜け先頭のヒュージスパイダーを貫通した。青白い電撃の矢に貫かれたそいつは八本の脚を痙攣させながら倒れたが、後ろから容赦なく前進してくる他のスパイダーが倒れた仲間の死体を踏み越えて迫る。
体長1メートル近い蜘蛛、それがヒュージスパイダーだ。その牙に毒が含まれる為、あまり戦いたい相手じゃない。早く上にいるトマスとパネッタも呼ばないと手遅れになりそうだ。
とにかくまず僕が盾になって第一波を防いでこちらの迎撃体勢を整えなければ総崩れしかねない。
「魔法剣、火炎」
攻撃呪文を唱えるより攻撃力増加を選んだ。武器魔力付与との二重がけのせいか、長剣から伝わる波動が異常に強い。今なら鋼鉄すら切り裂けそうだ。
「カイトくん、抜けてきた蜘蛛はわしが潰すから安心せえ!」
モスさんがラークの前に進みながら叫ぶのが聞こえた時にはもう僕は蜘蛛の群れと最初の刃を交えていた。
気合いの声と共に剣を振るう。魔力でカバーされたその上に更に火炎が包む刀身は通常の五割増しの長さとなりもはや大剣並みの攻撃範囲だ。
そして威力はそれを更に上回る。
最初に襲いかかってきた蜘蛛をあっさりと両断する。その体が真っ二つになり地に落ちる前に次の一撃が二匹目を捉え脚ごと胴体を引き裂いた。
(!こいつら退かないっ?)
焦る。二匹を瞬く間に倒したのに殺到するヒュージスパイダーの群れは怯むこともなく数を頼りに僕の左右を突破した。慌てて目の前の数匹に強化された長剣を叩きこむが、一匹を倒す間に両腕、左肩、右足に攻撃をくらってしまった。
火傷にも似た引き攣ったような痛みが全身を走る。その間にも更に数匹の蜘蛛が後方へと抜けた。
「ラーク!モスさん!」
痛みに顔をしかめながら牽制の為に大振りに剣を振るった。
どう考えてもまずい、あの二人でこれほどの数のヒュージスパイダーは止められない。アッシュとシャリーがこちらを支援する前に勝負がついてしまう。
しかも更に通路の奥からはヒュージスパイダーが不気味な赤い目を光らせて群れを成している。
数で圧倒されるのか、と恐怖と悔恨が胸を支配する中、背中から襲われるリスクを敢えて取り後方へひいて突破してきたヒュージスパイダーを何とか倒しに回ろうとしたがそれすら前面から飛び掛かるヒュージスパイダーに封じられてしまった。
「うおっ、このおお!」
必死で多勢に無勢の状況に抵抗するが、どうにもならない。
心の中でコバルトが叫んだのが聞こえた気がしたが、それすら曖昧だ。
だが救いの手は遂に来た。
「アイスウォール」
ビキビキビキと空気中の水分が氷結する音と共に目の前に白い壁が表れた。それが極寒の冷気を放つ氷の壁だと気がついたのは、氷に囚われ動きを止めた何匹かのヒュージスパイダーを認めた時だ。
音すら立てずに凍りついた巨大な蜘蛛共。こんな真似が出来るのは一人しかいない。
「シャリー!」
「待たせちゃったわね」
前方の圧力が弱まった隙に振り返ると魔法の冷気をバリアのように張った女魔術師の黒いローブ姿がそこにあった。
ウィザードリイがベースにあるのでパーティが6人編成になっています。しかし4人くらいの方が会話面でさくさく進みますね。




