ダンジョン初体験
「俺らみたいにミッション受けたのか、あるいは自発的にかはわかんねえけど他にも冒険者がいるのかな」
トマスがロバの背を撫でながら呟く。
「冒険者とは限らないよ。カラーディじゃない町の採掘業者がやってきたか、あるいはたまたまこの鉱山に迷い込んだ旅人がいるのかもしれない」
パネッタの冷静な返事を聞いてそうだな、とトマスも頷いた。
どっちにせよこの中には人がいるわけだ。協力しあえるか敵対するかは分からないが、ミスリルの奪い合いになる可能性を考えるとあまり友好的な形では遭遇出来ないだろう。
「何人いるかわかるか?」
「ロバしか手がかりがないですからね。いや、でも一人じゃないな。アッシュさん、これ見てください」
アッシュに答えながらラークが洞穴の入口近辺を指差す。足跡だ。砂地になっている地面に刻まれる足跡は一列ではない。そう多数ではないが少なくとも二人か三人はいる感じがした。
通常冒険者同士の戦いは滅多にない。よほどの戦力差がない限り双方痛手を負うし、お互い恨みがない状況では戦い自体がほとんど発生しない。それに怪物相手と違い立派な殺人だ。殺された冒険者が所属しているギルドが調査に乗り出す可能性もあることを考えれば、相当な悪人でない限りは他のパーティーを襲いはしない。
(ただ、可能性はゼロではないな)
暗いダンジョンでいきなり遭遇した場合、どっちも殺気だってそのままなし崩し的に切り合いになることは有り得る。つまり、入ろうとするダンジョンに先行者がいるのはあまり有り難くない状況だった。
だが僕らも踏み止まるわけには行かない。覚悟を決め坑道へと踏み込むことにした。
前衛に僕、アッシュ、トマスの三人、真ん中に依頼主のモスさん、後衛にパネッタ、シャリー、ラークだ。
ダンジョンというか正確には土を切り開いて作られた坑道だ。当然周囲の壁や床も石作りではなく、土を押し固めて木で補強した粗末なものだ。
「このラングリオ鉱山は歴史があってな。この近辺ではそこそこ有名なんじゃ。あの麓の村も昔は集まる鉱夫でもっと栄えとったぞ」
入る直前、ラークが明かりを照らす呪文を唱える間にモスさんがしみじみ説明してくれた。
「そんなにミスリルが採れたんですか。いい時代ですね」
「おう。活気があったのう。じゃがあまりにも採掘が乱暴過ぎてな、一時期ミスリルが枯渇しちまったんじゃよ。それから法律が出来て一回一回の採掘量が厳しく取り締まられるようになったんじゃ」
へえ、と頷く僕に自業自得じゃな、とモスさんは笑った。
そうしているうちにラークの呪文が完成する。都合三つの黄色い光の球がふわりと浮き上がり、僕らの頭上を回遊するように緩やかに上下していた。
「そのものずばり、マジックランタンの呪文だ。五時間くらいは持つし、唱え直しもできるから安心していよ」
ラークが手を動かすとまるで意志ある物のように光球が浮かぶ。なかなか便利な呪文だ。これが無いと誰かが手にランタンを持たないといけないし、その光量も呪文には大きく劣るだろう。
「便利なことこの上ないけど、敵に見つかりやすいんでは」
「いや、大丈夫じゃよ。虫は光よりは匂いや音を感知して襲ってくるからの。むしろこっちの手元が明るくなるだけ有利じゃろ」
パネッタの疑問はモスさんにより解消だ。しかしさすがにキャリアが違うな、色々知っている。
そして誰ともなく、僕達七人はラングリオ鉱山へと第一歩を踏み入れたのだった。
******
(これが鉱山か)
一歩ごとに砂利が鳴る。マジックランタンの光球に照らされた闇が追い散らされ、僕らの前方数メートルはぼう、と照らされ足元はしっかり見える。
だがそれでも体を包みこむような鉱山の暗闇は視界を狭め、太陽の下とは圧迫感が段違いに大きい。
確かにこれは神経質にもなる。明かりがあってでさえ、密閉された暗闇が占める空間を進むのはきつかった。
幸い幅が5メートル程あり三人がやや斜めになって進むには支障が無い。戦闘になったらあまり振り回して味方に当たらないようにしなくてはならないだろう。
「闇が濃いな。湿気が低いのが救いだが」
僕の少し前を歩くアッシュが呟く。他の皆は黙々と後に続いていた。
少し進むと前方で道が分かれているのが見えた。魔法の明かりに照らされた分岐路は僕達を迷わせるかのようにおぼろげに揺れて見える。
モスさんの指示でここは右に進む。こうした分岐路が何個もあるラングリオ鉱山の通路は冗談抜きで明かり無しで入ると迷った末に命を落とすこともあるそうだ。
無理ないと思う。暗闇の中では方向感覚が狂う。それに平常心を保つのも難しい。
そしてそれ以外にも懸念が一つ。
「やっぱり大規模攻撃呪文は使いずらいかな」
後ろのシャリー達を見る。ボウとした魔法の明かりに照らし出されたシャリーの顔ははっきりは見えないが心情は推察出来た。
アッシュが振り向かずに答える。
「視界が悪いからな。呪文を唱える暇がないまま乱戦になる可能性は高いぞ」
「厳しいすね」
トマスも相槌を打つ。
パーティーの最大火力といえる魔術師の攻撃呪文。
だがそれを有効に使う為にはある程度のスペースと見晴らし、そして詠唱を可能にする時間が必要だ。
この鉱道内ではどれも難しい。
前衛の僕も攻撃呪文に関しては使う余地が無いだろう。
精々ファイアボールが唱える限界だ。
鉱山に入って10分程経過した頃、最初の襲撃にあった。
カサカサという音がしたかと思うとそれがガサガサと大きくなり、魔法の明かりに照らされたスペースに深緑色の堅そうな外皮がぬぅと現れる。
黒い触覚、角の無い甲虫のような外見をした中型犬くらいのサイズの怪物を認識した瞬間には僕は剣を抜いていた。
「グリーンビートルが五匹、前衛で迎撃!」
アッシュが指示を飛ばしながら剣を抜く。鉱山内ではスペースが無いので槍は使わない。
地面をすばしこくはい回りながらグリーンビートルが迫る。足元めがけて効果的な攻撃をしかけるのは難しいが、膝を地面ぎりぎりに低く構えて横滑りに走らせた剣は甲虫の殻をひしゃげさせそのまま鉱山の壁へと吹き飛ばした。
(手応えあり!)
ギ、と耳障りな音を立てながらもう一匹が左手から迫る。足首を狙った突進を飛んでかわした。
どうやら突進から相手を倒し、急所に噛み付くのがグリーンビートルの攻撃パターンのようだ。
(倒されさえしなければ)
回避のステップを切りながら剣を逆手に持ち替えた。相手が足元から攻めてくるならば有効な攻撃方法は。
ギシギシと軋むような音と共にグリーンビートルが迫るのを予期していた僕はタイミングを合わせて跳躍した。
攻撃対象を見失った昆虫がつんのめるようになる。
「突き下ろし!」
相手の背中の外殻の割れ目めがけて真下に向いた刃をそのまま突きこむ。
跳躍の勢いと体重を加味した重い一撃がメキャメキャという音を立ててグリーンビートルの背中を刺し貫いた。
黄色っぽいドロリとした体液が傷口から噴き上がり、ビクンと昆虫は体を大きく震わせた。
なおも足掻こうとその六本足がじたばたと動くが、それを更に深く剣を突き入れ止めをさす。
最初に僕が攻撃した手負いの一匹はシャリーが放ったアイスブレードの餌食となり、体を霜に包ませて骸と化していた。
「他は!?」
アッシュとトマスが相手をしていた三匹も問題なく片付けられていた。トマスが振りかぶったバトルアックスが一閃し、最後の一匹が潰されるのが目に映る。微かに斧の刃に白い光が宿っているのはラークが唱えた武器魔力付与の効果だろう。
結構あっさりと勝利したようだ。他の二匹はアッシュの豪剣に寸断され、真っ二つになって体液を撒き散らしている。
だが全くこちらが無傷でも無かった。
「怪我してるな。ヒーリング使うよ」
「わりぃ」
パネッタがトマスに声をかけた。見ればトマスの左膝あたりから血が滲んでいる。噛み付かれたらしい。
(さすがにこう視界が悪くて足元から攻撃されるといつまでもはかわしきれないか)
頭の中でざっと計算する。こちらの体力と魔力が尽きる前にミスリルを入手して鉱山から出なくてはならない。だから被弾は可能な限り減らさなくてはならないが、こうした戦闘が続くと被弾ゼロはなかなか難しいことだった。
「最後までもたせて何とか攻略しないとね」
「そうだね、ヒーリングだけなら私もかなりの回数使えるけど、解毒や麻痺解除まで請け負うと消耗も大きいから」
その場を離れながらパネッタに話すと彼女も同感だったようだ。長時間ミッションに従事する場合のパーティーの文字通り命を握る僧侶である彼女は当然それを強く認識していた。
普通に地上を移動していてもこの体力と魔力の限界=全滅は当てはまる。だがある程度町や村が近くに見込める場所を選んだりすることでその確率はぐっと下がる。
こうしたダンジョン型ミッションの怖いところは補給方法が無く、さらに暗闇が恐怖感を煽り判断を誤らせる点だった。
「三時間程でミスリルの採掘現場になるわい。さあ、行くぞおー!」
とりあえずモスさんが一番元気なのは確かだった。
(しかし、僕らに先行したパーティーは大丈夫なのか?)
コツコツと鉱道を歩きながら考える。足跡から考えれば僕らよりは少ない。恐らく三人程度だ。
その人数で攻略可能と考えるならよほどの腕前かあるいは自分の力を過信している初心者だろう。
途中でこちらにとち狂って襲ってこないよう祈るばかりだ。
三時間。普段の道のりならなんてことは無いがいざこの坑道だとずいぶん長く感じる。
******
その後、何回か襲いかかってくる昆虫系の怪物や吸血コウモリを退けながら、いくつもの分岐路をモスさんの誘導で正しいと思われる方を僕達は進んだ。
何回か戦っているうちに慣れてきて見通しがいい通路でコオロギが巨大になったような怪物が襲ってきた時には僕がいち早く唱えたファイアストームで焼き尽くした。
シャリーとラークの攻撃呪文はなるべく温存しながら進む。
このくらいの敵なら二人が強力な呪文を使う必要もなさそうだった。
「行けるぜ、慣れてきた」
「油断は禁物だが確かにそう苦ではないな」
トマスとアッシュの前衛二人も苦戦らしい苦戦はしていない。油断さえしなければ十分ミスリルが採れる最下層まで往復出来そうだ。
だが、危険は得てしてこういう時にやってくる。
鉱山に入って二時間が経過し、梯子を使って更に地下へ、最初に入った階層を地下一階と数えるなら地下四階へと下りた時だった。
今までよりやや広くなった鉱道が前後に広がっており、その両方からギャリギャリギャリと大きな音が聞こえてくる。
素早く隊列を変化する。
前に僕とトマス、後ろにアッシュ。
そして梯子を下りた付近に残りの四人が固まる。
「ありゃあ、厄介なんが来たのう」
モスさんの声が耳を叩くと同時にマジックランタンの照明がその物音の正体を照らした。
光を警戒するように数秒立ち止まったそれの姿に目を疑った。
貝、いや、正確には巻き貝?
その前面から飛び出す何本もの節くれだつ足に高々と掲げたハサミが凶悪な印象だ。
何より大きい。高さ二メートルはある全身、掲げたハサミは三メートル近い高みに達し天井に届きそうだった。
「ランドクラブ!」
ラークが叫ぶ。蟹というよりはヤドカリの化け物だと心の中で突っ込みながらトマスと共に前方の一匹に立ち向かう。
アッシュが後方の一匹を一人で相手どるのが音で分かった。
「来るぞ!」
これまでに無い巨大な昆虫系怪物だ。まるで削岩機のようなハサミがブンブンと振られ、それを剣で受けるだけで精一杯だった。
スピードなら絶対にこちらに分があるが、それを生かすスペースが無い。ただ単にでかいだけのヤドカリが妙に手強かった。
「危なっ!」
ハサミが髪を掠める。数本削り取られた。更に何本もある足が飛び込むのを牽制するようにうごめく。
正直気味が悪いが、場所のアドバンテージが向こうにあるのが痛い。
「武器魔力付与」
救いの手だ。シャリーの呪文の詠唱が終わると僕の長剣の刃が淡い黄色の燐光を放つ。
これなら奴のハサミをー
上から振り下ろされた右のハサミを剣で捉えた。
だが捉えただけじゃない、そのまま下から上へ切り裂きダメージを与える。
流石に怯んだように僅かに後退するランドクラブ。そこへタイミングよく入るトマスのバトルアックスの一撃が奴の目の上辺りの殻を破片へと変えた。
「ギシャギシャギギッ!!」
痛みに怒ったのかランドクラブが不規則にハサミを振り回す。かわしきれず一撃を胴に貰うがそれを耐えて、更に一歩踏み込んだ。
右上から左下へ切り下げ、更に返す刀で片手で左から横薙ぎの連撃。
(沈めっ!)
心の中で怒鳴りながら斜め後ろに飛んだ。奴の攻撃を受けたトマスも同様に飛ぶ。
ランドクラブの目が捉えたのは頭上のマジックランタンの照明に照らし出された杖を奴に突き出したラークの姿だったろう。
「ー空塵より生まれたる破壊の光弾よ。我が命に応えよ、唸れ、よじれよ、突き抜けろ!スパークリングミサイル!」
ラークの新呪文だ。エクスプロージョンより上位に属する爆発系の攻撃呪文。
それが生み出す白い大きな楕円の光弾が光の軌跡を残しながら数発同時にランドクラブの足元を襲った。
ズドウウウン!!と爆発音が唸り、鉱道の塵が舞う。爆発系だけに派手だ、しかも爆発しながらスパークリングミサイルの光弾は貫通能力まであるらしくランドクラブの堅い巻き貝をバキバキと削り、足を数本もぎ取っていた。
声にならない叫び声をあげるヤドカリが暴れそうになるが、もはやその動きにさっきまでの力強さは無い。
「これで」
僕がすれ違いざま、左側面から敵の顔辺りを切り裂けば。
「勝負ありってやつだ!」
トマスが右側面から殻と頭が殻に隠れている境目辺りに思い切りアックスの重い斬撃を叩きこんだ。
ドッと噴き上がるヤドカリっぽい緑の体液。それがぼたぼたと地面を濡らしていく。
結局これが致命傷となり無事にランドクラブを倒すことが出来た。
アッシュは援護無しで一人で一匹倒していた。
流石に接近戦ではうちのパーティー随一だけあるな、と感心する。
一瞬だけ闘気武装を使ったのか、剣に赤い残光がうっすらと煌めいていた。
「ここまで来ればこの程度には強くなるか、結構手強いな」
パワータイプの昆虫が迫るとスペースの無さがつらい。
あまり何回も戦いたい相手じゃないな、と心底思う。
「モスさん、これくらいの奴がガンガン出てくるんですか?わりと手こずりそうですよ」
「大丈夫じゃ、パネッタさん。鉱山に住み着いとるやつは大半が上の階層で戦ったような小さめの奴のはず。こんなでっかいのは稀じゃよ」
ヒーリングを終え心配そうな顔のパネッタにモスさんが話す。
ほんとかどうかは分からないが、今は彼の言葉を信じたかった。
後一時間程で目指すミスリルの採掘現場の筈だ。そこまで何とか余計な消耗さえしなければ、無事に戻れるだろう。
いや、戻らねばならない。




