ゴールの前には
坑道内の空気が凍りついたかと錯覚する。
白い冷気の鎧ー恐らく魔法で形成したものだろうーを纏ったシャリーは背後にラークとモスさんを隠すように立っていた。
その目が金色に輝いているのは感情が高ぶっている証拠だ。
「接近戦は得意じゃないけど」
シャリーがそう言いながら杖を振るった。同じように冷気をこめられた杖の一撃に打たれたヒュージスパイダーが耳障りな声をあげてのたうちまわる。
「さすがにラーク君をここまで痛めつけられたんじゃねえ?アッシュ達が戻るまでくらいなら暴れてあげるわ」
ラークとモスさんは何発か喰らったのか動きが無い。
相手が蜘蛛だけに運が悪ければ毒を貰っている。今は確かめる術が無いが、大事になる前に何とかこの大群を倒してパネッタに回復呪文を唱えてもらわないとまずい状況だ。
僕の前面では通路がシャリーの唱えたアイスウォールで遮断され、ヒュージスパイダーの大群は丁度二分されていた。
こちら側にいる数はざっと十数匹。これ以上増えさえしなければ何とかなりそうだ。
一度はシャリーの横槍に気勢を削がれたのか僕の周囲から退いたヒュージスパイダーだが、キチキチと音を立ててこちらを威嚇するようにその赤い目を向けてきた。
後方に抜けた連中はそのままシャリーへと群がり殺到する音が聞こえる。ガサガサガサという音と「シィアアア!」というシャリーの気合いの声が重なった。
(魔術師の気迫じゃないな)
(そんなことより自分に気を配るんだな、マスター)
独りごちた僕にコバルトが注意した。
彼の言う通りだ、僕が受け持つ分だけでも多分10匹ほどはいる。油断出来る数では無い。
だが先程までと違って後方を気にしなくていいだけ余裕がある。アッシュ達が来るまでの僅かの間もたせればいいならば。
「十分凌げる・・・!」
煌々と魔法の炎を宿した剣を振るうこと数十秒、二匹の蜘蛛を撫で斬りにした時アッシュ、トマス、パネッタがようやく前線に追い付いた。
あの三人の冒険者は大丈夫なのかがちらりと気にかかったが今はとにかく目の前の敵を倒すのが先決。
後方に回り込んだ奴らの相手はシャリーとバトンタッチしたトマスが、数の多い前面の奴らにはアッシュと僕の二人がかりで攻撃。
こうなると前後に分断され、その数を生かし切れなくなったヒュージスパイダーの群れに勝ち目は無くなった。
トマスのバトルアックスが唸り、一匹叩き潰す。
「っしゃあ!」
アッシュの剣が電光を想起させる鋭さで別の一匹を真っ二つに切り裂く。
「所詮は蜘蛛か」
そしてようやく効果が終わったアイスウォールの氷壁を砕いてこちら側に殺到しようとした蜘蛛の群れを待ち受けていたのは。
「ー風と炎の乱舞、火竜の息吹の如く焼き払えーファイアストーム」
アッシュのお陰で詠唱時間が稼げた僕の放ったファイアストームがヒュージスパイダーを焼き払っていく。赤い炎の舌が轟々と音を立てて蜘蛛の黄色と黒の体を包み、嫌なきしり声と異臭をあげさせた。
やはり多数の敵に対するに当たって広範囲攻撃呪文の効果は絶大だ。
あれほど一匹一匹相手することに苦労していた相手もまとめて火炎の嵐に包まれてしまえば、容易にダメージを与えられた。
「やったか?」
「全部じゃない。抜けてきた奴は個別に叩く」
アッシュに答えた通り、火の勢いがさほどでも無かった箇所にいた蜘蛛は一撃では倒せなかった。
だが大勢が決したことに変わりは無い、そのあとの僕達の攻撃を浴びてヒュージスパイダーの大群が一匹残らず倒されるまでさほど時間はかからなかった。
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「倒しはしたけれど、手酷い損害だなこりゃ」
ため息をつくアッシュ。皆が同意する。
幸いパネッタの唱えた回復呪文のお陰で治った。僕の負った傷も完治しているし、運悪く毒までくらったラークも解毒されておりこれ以上の体力消耗は無い。
だが戦闘と回復に費やした魔力が結構大きかったのが痛い。
シャリーは慣れない接近戦に対応するためあの冷気の鎧を必要以上に長く張っていたし、杖での攻撃の他にも詠唱省略でアイスブレードを使っている。
ラークもヒュージスパイダーの攻撃を喰らう前にアイスブレードダブルで一匹仕留めているし、まずいことに毒の影響が残っているのか呪文の詠唱に必要な精神集中が上手くいかないようだった。
パネッタは多数の蜘蛛相手に被弾した僕やラークらを回復させるためにヒーリングを何回も唱えなくてはならなかった。
(あと一息だって時に)
予想外の消耗だ。ミスリルを首尾よく手に入れたとしてもこの坑道の帰路があることを考えるとシャリーにはあまり魔力の余裕はなさそうだ。
ラークはそれほど使っていないが、毒の後遺症が心配なだけに過度に期待は出来ないだろう。
「私はまだ行けるよ。あと一息だし」
額の汗をパネッタが拭う。確かに消耗はしているものの限界はまだ遠いようだった。
「ここまで来たんだ、進みたいさ。だがその前に」
アッシュは後ろを振り向いた。その目が梯子に向く。
そうだった。どう考えてもただの蜘蛛の集団に襲われたにしてはあの恐慌は尋常じゃない。彼等が何のせいでああなったのか聞いておく必要があった。
「多分さ、この先に」
そう言いながら僕は坑道の奥へ目を向けた。明かりに照らされない範囲の暗闇がたゆたう坑道はただ静かにその虚ろを保つのみ。
「最後の敵がいるんだろうね」
誰かがゴクリと唾を飲み込む音がした。
三人だけとはいえここまで来たパーティーが恐慌状態になるほどの事態がこの先にある、いや、多分いる。
文字通り最後の難関だ。
梯子を使って上の階に避難した三人に事情を聞くことにする。
全員で戻って聞いても大仰なので僕とアッシュだけが聴取のために梯子を上る。モスさんは皆と待機だが、先程ダメージを喰らったせいか妙に大人しい。パネッタに治療してもらったとはいえいささか自分が自信過剰だったことを思い知らされたようだった。
(それでも一匹ハンマーで倒しているのは凄いが)
梯子を上り終わり地下四階の床に膝をつくと、三人はその場に座り込んでいた。最初に見たようながたがた震えている状態からは脱したようでいささか不安げではあるものの落ち着いてはいる。
梯子から上がってきた僕達二人を見るとパッと顔をこちらに振り向けて「無事だったのか!良かった!」とリーダーらしき男が言った。
「無事じゃなかった方が良かったかい?ま、見ての通りあの蜘蛛の集団は撃退した。俺達は先に進むつもりだが君らに聞きたいことがあるんだ」
幾分皮肉をこめてアッシュが返す。
その目を正面から受けて三人は頷いた。どうやら命を助けてもらった恩返しはしようというつもりらしい。
「分かった。俺達が何に出会ったのか全てを話すよ。その上であの先に行くかどうかを決めた方がいい」
男の言葉にアッシュの眉が上がる。
「何を言ってるんだ。ミスリルは目の前なんだろ。多少の危険があるのは予想しているが、ここまで来て諦めるものか」
「多少の危険じゃ済まないかもしれないぜ」
そう切り出しながらリーダーらしき男は他の二人を横に置いて話し始めた。彼等三人パーティーがこのエンブリオ鉱山地下五階で何に遭遇したのかを。




