映像、証人、そして結審へ
最高裁判所の法廷に、映像証拠が流れたあと、検察官はただ、呆然としていた。
彼の反応から、検察には、この事実は知らされていなかったと推察できる。
「こ、この……失礼、異議を申します。この映像の真正は証明されていません。AIのある昨今、AIではないでしょうか。」
裁判長は、弁護人の方を向く。
「弁護人は、この映像証拠の真正をどのように証明されますか。」
「証言してくださる人物を、お2人呼んでありますな。」
「では、証人を入廷させてください。」
法廷に1人の男が入ってくる。
老人に、片足を突っ込んだくらいの年齢だ。
しかし、全く衰えを見せない。
毅然とした態度で、証言台へと向かう。
「証人は氏名をお願いします。」
「岡田一郎です。」
「年齢は。」
「60歳です。」
「職業は。」
岡田は、少し息を吐き出した。
険しい表情をする。
それから、表情を崩して笑顔を作った。
「警察庁サイバー警察局局長です。」
法廷にどよめきと激震が走る。
検察官は、きつねに化かされたかのような顔をしていた。
「弁護人は尋問をはじめてください。」
老弁護士はすっと立ち、証人に一礼した。
「ありがとうございます。」
証人は無言で会釈する。
「この、映像証拠の真正について証言してくださるそうですな。」
「はい。そうです。これは、警察が集めた証拠映像で間違いありません。」
「なぜ、今ごろになって出てきたのでしょうかな?」
「警察庁の中で隠匿されていたからです。」
傍聴席の何人かが、外に向かって走って行った。
明日の朝刊の一面は差し替えになるだろう。
傍聴席に座る記者の1人は後にこう語った。
前代未聞の大スクープですよ。
警察庁の現役幹部、局長級が内部告発したんです。
一面どころか、三面ぶち抜きのスクープ記事になりますね。
「被告人の利益のためにありがとうございます。」
「いえ、利益うんぬんではなく。真実がそこにあっただけです。」
「承りました。以上です。」
「検察官は反対尋問をはじめてください。」
検察官は、ゆっくりと立ち上がる。
恐る恐る証人に尋ねた。
「なぜ、こんなことを?」
岡田証人は、検察官を真っ直ぐ見つめ、毅然とした表情で言う。
「それは、何に対する質問ですか。隠匿していたことにですか?それなら、組織の腐敗を心から陳謝いたします。だがもし、この証拠を出した理由を尋ねているのだとしたらですよ。」
岡田の鋭い視線が、検察官に突き刺さる。
「あなたたち検察は、真実をしまい込んだままで構わないということになりますが、よろしいか。」
「質問を撤回します。」
「そうですか。なら、いいです。」
「あらためて、証人にお聞きします。この映像を弁護人に渡した経緯を詳しく教えてください。」
「私が渡した訳ではありません。私は、この映像の存在が気になり、解析したくなったのです。サイバー警察の性みたいなものです。だが、私的な捜査に、科警研を使う訳にもいかず、こっそりと、昔のよしみで、元科警研の柴崎純一郎に頼みました。彼が、正義感に駆られて、本件弁護人に密告したようです。」
「なるほど、本当にそうなんですか?」
「ほう、検察官は知らないと見える。純一郎は、証拠映像持ち出しで懲戒解雇されてるんですよ。その時の上司で、一緒に懲戒処分を受けたのが私だ。つまりは、昔から変わらない2人なだけです。」
「……以上です。」
「では、結審してよろしいですか。」
「ちょっと、ちょっと待ってくださいね。」
検察官は、なんとか理論を捻り出そうとする。
「これは、全て大芝居な可能性もあります。」
「本当は、ホームレスなんていないかもしれません。」
「弁護人は、何かありますか。」
「映像の男性を証人として、お呼びしてあります。」
「え、いるの?」
検察官の口から、思わず本音が漏れる。
「では、次の証人をお呼びします。岡田証人は傍聴席にお座りください。」
次に法廷に入ってきたのは、間違いなく、映像に写っている男だった。
ボサボサなのに、何故か切り揃えられた髪型
曇った丸眼鏡
少し猫背で、誰も信用してない目つき
ここまで似た男など、絶対にいない。
間違いなく本人である。
「証人は氏名をお願いします。」
「言いたくねぇ」
「氏名ですが、ダメですか?」
「言いたくねぇことは言わなくていいからって、連れられてきたんだ。あと、タバコくれるって言うからきた。」
「では、年齢や職業は?」
「言いたくねぇ」
「弁護人は尋問をはじめてください。」
「単刀直入にひとつだけ、ピーナッツパンを食べましたね。」
「ああ、美味かった。」
「以上です。」
「検察官は反対尋問をはじめてください。」
「あなた、本当は役者の方とかではないですか?」
「いや、路上生活者だよ。」
「タバコ貰えるから、嘘の証言してませんか?」
証人はニヤッと笑う。
「なら、今タバコよこしな。おめえに有利な証言してやろっか?バカにすんなよ。嘘は絶対言わねえって決めてんだよ。タバコはここまで来る駄賃だよ。ここに来たせいで、今日はシケモク拾えねぇんだから。」
「……ちなみに、証言台に立つと、日当貰えますよ。」
「え?そうなのか、早く言えよ。いくらでも証言してやんよ。」
「あなたが、食べたピーナッツパンは、本当に被告人のピーナッツパンでしたか?」
「知らねえ。」
「なぜ?」
「異議ですな。映像でも明らかなように、証人が来た時点で、ピーナッツパンは取り残されており、誰のピーナッツパンかは、証人に分かるはずもないですな。」
「異議を認めます。」
「つまり、証人が食べたのが、被告人の買った『森下製菓、ピーナッツパン!』である事の証明はされていない訳ですからーー」
「食べたのは、森下製菓のやつだよ。」
検察官は、証人を見つめた。
「なぜ、そう言い切れるのですかね?袋も無しに?」
検察官は、すごく勝ち誇った顔をする。
証人は笑った。
「あんた知らないのか?森下製菓のやつは、他と全然違うから、すぐ分かんだぞ?クリームの中の粒々がジャキジャキしてて、食感が面白いんだ。」
「……以上です。」
「証人は退廷してください。」
「日当は?」
「あとで係のものにお聞きください。」
証人はウキウキしながら、法廷を出て行った。
「では、結審でよろしいですね。」
「ちょっと、ちょっと待ってくださいね。ピーナッツクリーム、ピーナッツクリームですよ。被告人のバッグにはピーナッツクリームが入っていました。それを口に塗ったのかもしれません。」
「弁護人は何か反論がありますか。」
「被告人の当日の様子を、ほとんど網羅した証拠映像があります。長いですが、ご覧ください。柴崎教授によって、繋ぎ合わされて、被告人が家を出てから、会社に入るまでの行動の98%が映像に残っています。親切に、行動の空白時間を、黒バック映像にして頂きましたので、視覚的に、どのくらい被告人に、ピーナッツクリームを口に塗る時間がなかったのか、証明したいと思います。」
「異議を申します。弁護人は、映像の改変を堂々と進言しました。この映像には価値がありません。」
裁判長は、ゆっくりと口を開いた。
「この映像を証拠として採用するにあたり、岡田証人から、警察の集めた証拠に間違いないとの証言を得ています。この場でもう一度証言していただきますか?」
「……異議を取り下げます。」
法廷に映像が流れる。
とても長い映像だったが、誰もがまばたきも忘れて、映像の中の被告人を追いかけた。時々、黒バックになるが、会社に近づくにつれて、防犯カメラの量も増えていき、被告人がピーナッツクリームを口に塗る時間は、無い。最大の空白時間は、3.89秒。その間に、被告人は5.14mの距離を進み、バランスを崩す事なくピーナッツクリームをバッグから取り出し、口に塗り、そしてしっかりとしまったことになる。
「結審してよろしいですね。」
「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ。家、そうです、家ですよ。家で塗ってきてたら、この映像は関係ありません。」
「弁護人は何か反論がありますか。」
「被告人は、ピーナッツクリームを塗っていません。なぜなら、検察が一審で指摘した、本件前日に買ったピーナッツクリームは、未使用のまま、箱の封が切られていない状態で、警察の家宅捜査で発見されています。」
検察官は、急いで資料をめくる。
押収物リストには、ピーナッツクリーム未使用一点の記載があった。
「前日購入のものではないかもしれません。」
「賞味期限の関係で、バッグに入っていたピーナッツクリームは、被告人が買ったものの中では二つに絞られます。ちなみに、二つに絞られるのは、被告人の行動範囲内の防犯カメラ映像が大量にあるからですな。つまり、警察も可能性を潰す捜査をしていたわけですな。」
「ですが、2本あるなら、もう1本を使用した可能性が残されています。」
「残されていないんですな。控訴審での、村島証言を思い出していただきたい。木暮さんが、ピーナッツクリームを絞り出して使ってしまったんですな。こう、ぎゅーと、恨みをもった人に見えるくらい、真剣に絞り出してしまったんですな。」
「…………。」
「結審してよろしいですね。」
「何もありません。」
「では、本日午後、本法廷で判決を言い渡します。」




