上告審へのUSBメモリー
「もしもし、どちらさまですかな?」
電話口から、荒い呼吸音が聞こえてくる。
「私は、左です。」
弁護士2人は顔を見合わせた。
「判決に穴があります。」
電話口の女の声がそう言った。
いったい何を示して、そう言っているのか。
思考を巡らすが、穴は思いつかない。
「……ほう。」
何かを聞き返す暇もなく、電話口の声が一方的に告げる。
「裁判所前のニコニコマート、公衆電話、USBメモリー。」
そこで、通話は切れた。
老弁護士が何か言うよりも早く、岡部が飛び出していった。
ーー数刻後
老弁護士のスマートフォンに、再び公衆電話から着信。
訝しみながらも電話に出ると、相手は岡部だった。
「岡部さん、どうされたのかな?なぜ、公衆電話から?」
「三席、USBメモリーは手に入れました。だが、ヤバいブツです。引き返すなら今しかない。今なら、私のツテで、これを無かったことにもできます。聞いたら引き返せませんよ。聞きますか。」
電話越しに聞いていた老弁護士は、中野と木暮の顔を順番に見つめる。
中野は、大きく頷いた。
木暮は、複雑な表情をしている。
「木暮さん、ジャッキーの散歩に行ってきなさいな。」
木暮はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……聞きます。聞かせてください。」
「岡部さん、こちらは3人共に腹は括ってますな。」
「……私は括れていません。正直言って、怖いです。」
「おい、お前に後ろはないんだろ!さっさと言えよ!」
電話越しに木暮が怒鳴る。
「わ、分かりました。言います。」
どうやら岡部にとって、木暮真奈が一番怖いようだった。
「このUSBメモリーは見たことがあります。といっても、この個体そのものではありません。この種類のUSBメモリーは、本庁で何度か見ました。…………純国産USBメモリーです。」
岡部はいったん口を閉じた。
電話越しの2人も、その意味を何となく理解する。
木暮真奈だけが、全く意味を理解できなかったが、目の前にいる2人の、あまりにも険しい表情に、何も言うことができなかった。
「……公安ですかな。」
「間違いなくハムです。」
「なら、中身はヤバいですな。」
「もしかしたら、私のケータイは盗聴されてるかもしれません。私の体には、盗聴器がないことを確認してますが、私の私番はサッチョウに登録されてますから、盗るのは簡単です。さすがに、三席の電番はまだ大丈夫だと思いますが……」
「大丈夫でしょうな。検察にいた時とは変えてます。それに、念のため、あなたに教えたこの番号はプリペイドですわな。」
「……さすがっすね。盗聴、計算してたんですか。」
「万が一がありますからな。警察の執念は甘くみない方がいいですわな。」
「とりあえず、私は帰投します。もし、30分以内に帰らなければ、三席たちもガラかわしてください。ハムが出てきたら、私も高飛びしますから。」
通話は切られた。
いったい、USBメモリーには何が入っているのか。
2人は、固唾を飲んで、岡部の帰りを待ち侘びる。
「……あのう、緊張されてるところ悪いんですけども……」
木暮真奈がおずおずと質問する。
2人が、険しい表情で木暮を見る。
「純国産?の何がヤバいの?コーアンって何?ハムだから食べ物?」
2人はヘナヘナっと力が抜けた。
「全く、木暮さんといると力が抜けますな。」
「ほんと、君となら隕石衝突の瞬間まで笑ってられるね。」
「仕方ないじゃないですか。教えてくださいよ。知らないことは知らないですよ。教わったのに忘れた訳じゃないんですから、バカにしないでくださいね。高卒だからってバカにしてます?高卒だけど、頭は良いんだぞ。」
2人は顔を見合わせた。
そして、大声で笑った。
「だからさぁ、笑ってないで教えなさいよ。教えないのが流行ってんの?」
「ごめんごめん。外国産だとね、コンピュータウイルスとか、情報漏洩のリスクが少なからず発生するから、情報機関は純国産に拘ったりするんだよ。」
「情報機関って?」
「ああ、そこからか。うーん……」
「アメリカだと、CIAですな。」
「あ、CIA知ってる。え?CIA関係してるの?」
「日本にもあるんだよ。」
「CIAが?」
「CIAはアメリカ、日本には独自の情報機関があるの。」
「それがコーアン?」
「公安は情報機関の1つですな。表で知られるだけでも、他に自衛隊の情報本部、内閣情報調査室、公安調査庁などがありますな。」
「あ、コーアン2回言った?」
「別の公安。公安調査庁は法務省の管轄。公安は警察庁の管轄だよ。」
「分かりにく。名前、変えたら良いのに。」
「あのねぇ……まあ、一理あるか。」
「でしょ?私、頭良いでしょ?」
2人は笑った。
つられて木暮も笑う。
大声で笑ってるところに、岡部が帰ってきた。
「無事に帰ってこれました……なんで笑ってるの?」
「うるさい、黙れ。」
「ええぇ、命がけでUSB持ってきたんだよ。」
「それ置いて、帰れ。」
「お茶くらい飲ませてよぉ〜走ってきたんだから。」
「お茶飲んで帰れ。」
「まあ、漫才はそれくらいにして、USBメモリーの中身を確認しますかな。」




