これが僕の欲望であり、能力です
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自分の命が危険にさらされている中で、僕が感じていたものは恐怖ではなく、怒りだった。
……なんで、どうしてこんなところで、こんな奴に殺されなくちゃならないんだ……! 僕は、まだ生きていたいんだ……! クソ……。来るな……! こっちに来るな……!!
だが、無情にも引き金は引かれ、轟音が二回響いた。
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銃声が二回響いてから少しの間は何も考えられなかった。
そして痛みを感じないことからふと我に返り自分の体を確かめるが、何の変化も現れていなかった。
目の前にいる彼女の視線をたどって僕の後ろを見ると、壁に穴が二つ開いている。
だがその位置は僕の身長よりも高く、普通に撃ってもそんな位置にはいかないだろう事はわかりきっていた。
実行犯である彼女の怪訝そうな顔を見るに、彼女の手心と言う訳ではないのだろう。
……もしかして、僕の欲望って……?
そんなことを考えていると、彼女はこの結果を偶然と片付けたようで、数歩下がるとさらに大きな銃を出し、僕達に向けて放ってきた。
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二度目の轟音が響き、それでも無傷である僕たちの姿を見て彼女はなにやら叫んでいるようだが、僕にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
……やっぱり、そういうことか……。
やっと自分の能力を理解できたからだ。
確かに、気が付いてみればこれは僕が一番望んでいたことだ。
だけど、現実ではなかなかそんなことは実現できないため、いつの間にか心の片隅に追いやって忘れようとしていた欲望だ。
それをあの神は目ざとく見つけ、僕をここに呼んだのだろう。
……本当に、余計なことを……!
こんなもの、思い出したくはなかった。
こんなもの、ずっと忘れたままでいたかった。
……だって、これは……。
そんなことを考えていると、背後から何かが当たる音がしてそちらに振り向き、すぐに何か嫌な予感がして前を見ると、金乃宮 音色さんが僕のすぐ前で僕に銃を突き付けていた。
「バリアーが出ていないうちにその内側に入り込み、術者に接近して仕留めること。そうすればバリアーを出しても敵ごと包み込んでしまい、身を守れない。……さあ、これでほんとにゲームオーバーね」
――うるさい、僕に無断で僕に近付くな……!
「じゃあね、バイバイ」
――ああそうだね、さよならだ。
さっさと僕の前から、いなくなれ!!
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銃声の響きが消えた後、その部屋の中には立っている者は二人だけで、もう一人は床の上に倒れている。
倒れている一人は苦しそうな顔を、立っている二人の内の一人は倒れている一人を見下し、もう一人は訳が分からないという顔で呆然としている。
そのうちの呆然としている者、明は、なにが起こったのかわからないというような顔をして、
「ヒロシ、くん……? どうして、こんなことに……?」
と、うわごとのようにつぶやいている。
そして、倒れている一人は、自分を見下している一人を苦悶の表情で睨み付け、
「っぐ……、なんで……どうして……、」
「なんであんたがそこに立ってて、私が倒れてんのよ!?」
叫ぶ音色に博は勝ち誇りもせず、ただただ冷たい目を向けている。
「――あんなに近くで撃ったのに、なんであんたは生きてんのよ……。なんで、この私が吹き飛ばされてるのよ!!?」
吹き飛ばされた際に背中を床に受け身なしでたたきつけられ、なんとか体をひっくり返すことはできても立ち上がることはできず、少々声がかすれている音色の叫びにも、博は何の反応も示さない。
ただ、明の一メートルほど前に立っている博は、自分の三メートルほど前にうつぶせになって這いつくばっている音色を静かに見つめ、
「大したことはしていませんよ。ただ、僕の能力を使っただけです」
「馬鹿言わないで。零距離で撃ったのに、バリアーなんかで防げるわけないじゃない! それに、もしアンタの言うことが正しかったとしても、なんで私が吹き飛ばされてんのよ!?」
その言葉に、博は呆れたようにため息を一つつき、
「勘違いはやめてください。僕の望みは、『守りたい』なんてまともなモノじゃありません」
「――は!? ……じゃあアンタの能力はなんだってのよ!?」
一瞬呆けた顔をした後、音色は叫ぶように問うてくる。
勘違いされたまま、というのも嫌なのだろう博は、彼女の質問に答えることにした。
「僕は知りもしない人に僕のそばにいてほしくない。僕の近くに、――僕の心に近寄っていいのは僕の許した人だけにしたい。僕の心に土足で踏み込んでほしくない。僕を知りもしない者に、僕に触れる資格はない。……これが僕の欲望であり、能力です。強いて言うなら『拒絶したい』と言ったところでしょうか。つまり、僕の能力は『僕の許したモノ以外を僕のそばに近付けなくする』という能力です。だから、僕が拒絶したあなたの弾丸は僕に近付くことなくはじかれ、大きくそれて後ろの壁にぶつかったんです」
「……じゃあ、私が吹き飛ばされたのは……」
「僕があなたの接近を許さなかったから、あなたは拒絶されて吹き飛ばされたんです」
自分の身に起きたことを理解し、音色は悔しそうな顔をする。
「……じゃあ、あんたの後ろにいる彼は……」
「明君は僕に敵意を持って近付いたわけではありませんから、親しくはなりやすいですよ。一緒に食事もしましたし、少なくともあなたよりは近くにいても許せる人です」
僕の言った事の意味を悟ったのか、彼女の顔色が変わる。
「……と、言うことは、私は――」
「ええ、あなたが僕の敵である限り、あなたは僕に攻撃をするどころか触ることもできない、ということです」
『そんな……』とつぶやく音色だったが、すぐに博を睨み付け、よろよろと起き上がる。
「……でも、さっき私が言ったことに変わりはないわね。『拒絶』とか大層なこと言ったって、結局は直接的な攻撃能力は持ってないじゃないの。だったらこのゲームに勝ち残ることは不可能よ。――だから、さっサとくタバレっていっテんだよーーー!!」
音色の両手に散弾銃が一丁ずつ現れるが、博は気にすることなく、
「それはどうでしょうね。こんな能力でも使い方によっては攻撃能力にもなりますよ?」
「――はぁ? なに馬鹿なことを――」
「――明君、飴玉を何種類かもらえるかな?」
「? うん~、いいよぉ~」
いきなり話を振られて少しだけ戸惑う明だったが、とりあえず言われた通りに飴玉を数個出して、博が伸ばした手のひらに乗せる。
博は礼を言い、出されたそれらを手元に持ってきて眺めた。全部違う色で、匂いと色から察するに、
「この赤いのはイチゴ、こっちの黄色はレモン、こっちの白いのは……ああ、ハッカですか。これは苦手なんですよね。あのすーっとする感じが。 ――だから、あなたに差し上げましょう」
そう言うと、白い飴玉だけを右手の上に乗せ、手の平を上に向けたまま口元に持ってきて、
「二重の意味でこう言いましょう。――喰らえ」
音色に向けて『ふっ!』と息を吐いた。
すると、本来ならば埃を吹き飛ばす程度の風が博の口から吐き出され、その瞬間に手の上の飴玉が消え、
「――っが!!」
音色が額に衝撃を受け、その勢いを殺しきれずにあおむけに倒れた。
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額に受けた衝撃はかなりのもので、倒れた音色はすぐに体を丸めて痛みに耐える。
「ーーーーーっ!!」
額に手を当て、痛みにかすむ目でその手を見るが、どうやら出血はしていないようだ。
倒れている状態からなんとか体を起こし座り込む。
武器は先ほどの衝撃で手元から離れているが、代わりの物はすぐに出せるために無視する。
今は、目の前の男が何をしたのか、ということの方が重要だ。
……いったい、何があった……!?
半ばパニックを起こしながら、それでも何とか冷静になろうとする。
……確か、飴玉を出して、それを見て、ハッカは苦手って言って、それを私に向けて吹いてきて……。苦手? つまり、嫌いってことで……、それはつまり――!!
音色は有る可能性に思い至ると、意地とプライドを支えに何とか立ち上がり、
「……あなた、……飴玉を拒絶して……!」
「ええ、僕の『拒絶』を推進力として、僕の嫌いなモノを打ち出す。そこそこの威力があるようで、僕も驚いていますよ」
『とっさの思いつきにしてはなかなかでしょう?』とおどけたように言ってくる無表情の男の顔にいら立ちが募る。
「でも、どうですか? これでも攻撃力が無いと思いますか?」
「……まだよ……」
「――? なんですか?」
うつむいていた顔を前に、自分の顔に一撃キメてくれた男に向ける。
「まだよ! 私はさっきのを受けてもまだ生きてる! 動ける! この程度じゃ、まだまだ死んでやれないのよぉ!!」
ふらつく足を叫びで正す。
体にはまだ痛みが残っているが、そんなものでは自分の心は折れない。
「――ぁあああああああ!!」
気を抜けば力まで抜けていきそうな両手に散弾銃を出して握りしめ、振り上げて引き金を引き絞る。
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音色の銃はその役目を果たすため弾丸を吐き出し、弾丸は空中で破裂し小さな弾をまき散らす。
だが、目標を打ち砕こうとするその力は、博の半径2メートルのラインまで近付いた瞬間に外側にそれてしまい、その後ろの壁に大きな円を描くだけという結果を残す。
当然博と明は無傷であり、博は音色から目を離さず、後ろの明に聞こえるように大きな声で話しかける。
「明君、さっき言った事、できましたか?」
「うん、今やってみたらぁ、ちゃんとできたよぉ」
「そうですか、じゃあそれを一本僕にください」
「はい、どうぞぉ」
と、後ろ手にある物を受け取り、それをポケットにおさめると、
「じゃあ僕は、これから彼女の攻撃を止めてみようと思う」
「うん、それは良いけどぉ、大丈夫なのぉ?」
心配そうな明の声に少しだけほっとしたが、博はすぐに顔を引き締め、
「僕はこの能力がある限り大丈夫。それより明君は僕の『拒絶』から出ないようにしておいて。まだ君でも僕に1メートルほどしか近寄れないみたいだし、『拒絶』の範囲から出たら彼女の弾が当たっちゃうから」
「わかったよぉ」
「じゃあ、ゆっくり前に前に歩き出します、ついてきてください」
そう言って歩き出した博と共に、明はゆっくりと勝利に向かって歩き出していく。
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2人は音色に向かって一歩ずつ歩き出していた。
散弾銃を撃ち続け、弾切れを起こしては捨て、また新しい物を出して撃つ、という行為を両手で繰り返していた音色はそれを見てとっさに後ろに跳ぶ。
それでもかまわずこちらに近付き続ける二人を見て、音色はバックステップを繰り返す。
そんなことが何度か続き、まだまだ近付いて来る二人に対してもっと距離を取ろうと思い切り後ろに跳んだ音色は、背中から何かにぶつかった。
「――!! しまった、壁が……!」
ここは室内であり、一方向に進み続ければ壁に突き当たるのは当たり前だった。
だがそれを見た二人は、
「今です明君、前に向かって走りますよ!!」
そういって、音色に向かって走ってくる。
もう後ろには下がれない。
……だったら、横!
だが、ここでただ避けるだけではまた先ほどと同じ状況を繰り返すだけだ。
ならばもう少し彼らをひきつけ、ぶつかる直前に横に跳び退けば、二人は壁にぶつかるか、そうでなくても体勢を崩すだろう。
……その隙を狙えば、もしかしたら……。
とっさの場合には、『拒絶』とやらが発動しないかもしれない。
何事も挑戦だ。失敗してもこちらには武器が無限にあるのだから大丈夫、と考える。
勝てる算段をつけ終わると、ギリギリまでひきつけることを考える。
……2メートルぐらいまでなら、かわしきれる。
早く避けすぎると対応されるし、遅すぎるとやられる。2メートルがデッドラインだ。
……あと6メートル。
避ける直前に散弾をぶつけてやれば目くらましになるかもしれないと、体の後ろに手を隠して散弾銃を取り出す。
……あと5メートル。
銃を撃つことを考えると、3メートルあたりで反応しなければならない。
……あと4メートル。
随分と時間がゆっくり過ぎているような感じがするが、そろそろだ。
そして――
……3メートル、今だ!!
体の後ろから散弾銃を振り上げ、前に突き出し――
銃口がいきなり外に向かってはじかれた。
「――っ!! しまっ……!!」
『拒絶』によってはじかれたのだと理解しながら、一瞬固まってしまった体を急いで横に跳ばそうとする。
だが、一瞬の硬直が命取りになった。
その隙に、二人はさらに近付いてくる。
そして、二人の距離が2メートルを切ったとき、音色は体が押されるのを感じた。
『ああ、またか』と思ったが、先ほどとは違っている点があることに気が付く。
……私の後ろには、壁が……!
それに気が付いた時には、もう音色は壁にたたきつけられていた。
だが、今度は床に倒れない。壁が地面になったかのように、壁に張り付いている。
しかし、壁に重力が働いていると言う訳ではない。体全体を壁に押し付けるような、もっと別の力だ。
なんなのだ、と思ったとき、目の前にいる男の顔が目に入り、
「……まさか、『拒絶』で……、私の体を……」
「はい、僕の『拒絶』の押し付ける力と、壁の支える力、この二つを釣り合わせることにより、あなたをこんなふうに磔状態にすることができます。――これであなたは動けません」
その言葉通り、音色は壁に押し付けられたまま、指一本たりとも動かせなかった。
「あと、相手を引き寄せてからカウンターをするのはいい方法ですが、僕の能力には相性が悪かったですね。近付き過ぎれば拒絶されて吹き飛ばされるし、離れすぎると当たらない。この能力を破るには、僕の『拒絶』を上回るような強力な攻撃を与えるか、僕の油断を誘ってからのだまし討ちで不意を付くか、あるいはもっと根本的に違う能力で攻撃する必要がありますね。……ともあれ、これで僕たちの勝ちです」
「……ハッ! また飴玉で攻撃するつもり? それともこのまま押しつぶすの?」
「いえ、どちらも決定打にはなりそうもありませんね。飴玉は致命とはなりえませんし、押しつぶすというのは可能でしょうが、後ろの壁が耐えられるかはわかりませんし。そして、方法を間違えてこの拘束を解かれてしまうと、もう一度捕まえるのは困難でしょう。……だから、これを使います」
そう言って博がポケットから取り出したのは、銀色に光る、
「ナイフ? あなた、そんなものをいつもポケットに忍ばせてるの? ちょっとアブナイわよ?」
そう言われて博は『ははは』と笑い、
「別にいつも持っているわけじゃありませんよ。これは先ほど明君に出してもらったんです」
「出してもらった? 何言ってるのよ。そっちの人の能力は食べ物を出すことでしょう? さっき私の前でやってくれたじゃない。それともなに? 騙してたの?」
「いえ、嘘はついてませんよ。あなたじゃあるまいし。彼の能力は料理、つまりは食べ物を出すことです。これは間違いありません。ですが、出すのは食べられるものだけとは限らないでしょう?」
「……? どういうことよ?」
怪訝そうな顔の音色に、博は説明を続ける。
「たとえば、おにぎりやせんべいなどの素手でそのまま食べられる物ならば、その物が出てきても問題ありません。ですが、たとえばスープやカレーライスはどうですか? そばやスパゲッティ、ステーキなどは? 皿やスプーンなどの食器類が無ければ食べられないでしょう? そして果物などを食べるときは、皮を剥いて切り分けるためによく切れるナイフが必要になりますよね? つまり、料理とは食べるものに加え、食器等の食べる際に使う物も含むんですよ。だから、彼がナイフを出しても何ら不思議は有りません。……まあ、ナイフだけで出すことは、さすがにできないようですが」
見ると、博の後ろにいる明は、左手に真っ赤なリンゴを持っている。だが、何も持っていない右手を掲げると、
「――また、ナイフが……」
「『食べたい』という欲望を満たすものは全て手に入るようですね。おかげで弾数の制限がなくなりました。――さて、先ほどの続きですが、このナイフをあなたに向かって『拒絶』すれば、十分な攻撃力になると思いませんか? 下手なところに喰らえば一撃で死ねますよ?」
「……なら、さっさと撃てばいいじゃない」
「……? 先ほどから随分冷静ですけど、死ぬのが怖くないのですか?」
「そりゃー怖いわよ。痛そうだしね。でも、さっきから私は文字通り指一本動かせない。逃げることも反撃することも不可能。どう考えてもゲームオーバーじゃない。それなら、今更バタバタしてもみっともないだけ。だったら、せめて堂々と死んでやるわよ」
「……随分男らしいですね」
「失礼ね。私は立派なレディーよ」
「リッパなレディーがトリガーハッピーとは、世も末ですね。まあ、それじゃあ希望通り、こんなことはさっさと終わらせましょうか」
博はナイフを構え、
「………………」
一気に目標に向かって撃ちこみ、貫いた。
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