『止まれ』
●
どこからか、パーンという音が響いてくる。
それは数多く立ち並ぶ建物に反響し、元の音の面影が少しばかり残っている程度だ。
当然、音源の位置などわかるわけもない。
だがそれでも、その音を聞いている者は数多くいた。
大きな音なのだから、当然と言えば当然だろう。
そして、それを聞いて思うことは人それぞれだ。
いきなり聞こえてきた音に驚き、周りを警戒する者。
何の音だかわからずに困惑する者。
その音の正体を察し、気を引き締める者。
聞こえていても特に気にせず、いつも通りに過ごす者。
そして、その音を聞いていた者がここにもいた。
そこはどこにでもあるような中学校の、三階にある教室の中だ。
きれいに並んでいる机と椅子のセットの一つに、男が座っている。
黒い短髪に色黒の肌、引き締まった体格のいいその男は、響いてきた音を聞くと目を瞑り、腕を組んで考える。
「――今の音は、……銃声か? ということは、銃を使うやつもいる、ということか。ったく、どこのRPGだよ」
彼は目を閉じたまま考えたことを呟き、それからすぐに目を開けてまた呟き始める。
「……今ので一人は減ったかな……? いい感じだ。こーゆーゲームじゃあずっと逃げ続けて最後まで残った俺以外のもう一人を殺す、ってのが一番楽なんだよな……。この調子なら俺が本当に勝ち残れちまうぜ! はっはっは!」
周りに響かないように小さめの声で笑っている男の声に反応する者は誰もいない。
――そのはずだった。
「いやぁ、ご機嫌ですね。 何かいいことでもありましたか?」
いきなり後ろから声が飛んできて、さらには肩をたたかれた。
「――!!」
驚きながらも彼の体は冷静に反応した。
椅子から立ち上がり、今まで座っていた椅子をかかとで踏んで、目の前の机の上にあがってそのまま前の机に飛び移る。
それを繰り返し、教室の前まで行けば先ほどの声の持ち主との間には多くの机と椅子が作られる。
時間稼ぎにはなるだろうと思いながら、振り返って先ほどまで自分がいた場所を確認すると、そこには――
「いやあ、本当に元気がいいですねえ。それに身軽だ。素晴らしい!」
なんてことを言いながら感心している少年がいた。
彼は声をかけられた男とは対照的に体つきは細く、下手をすれば中性的にも見える体を上品そうなブレザータイプの制服で包み、朗らかな顔で笑みを浮かべている。
「どうやら驚かせてしまったようですね。申し訳ありません。そんなつもりはなかったのですが……」
上品な顔に苦笑が浮かぶのを見ても、色黒の青年の驚きは収まるはずもなく、
「てっ、てめぇ、いつの間に俺の後ろに……! なにもんだ!?」
叫ぶ青年に、少年は笑みを崩さず丁寧に答えて行く。
「いつの間に、ということでしたら2、3分前ですかね。何者だ、ということならば、私立聖ゲオルギウス学園中等部三年、神夜 弐式という者ですが、そういうあなたはどなたですか?」
当たり前のように返ってきた答えに、少々戸惑いながらも青年は返答する。
「お、俺は岸山第三高校一年、赤銅 言ってもんだ。――って、名前なんかどうでもいい! お前は何者だって聞いてんだ! お前の気配なんか全く感じなかったぞ!?」
戸惑いを吹き飛ばすように叫んだ言の問いに、弐式はやはり顔色を変えず言う。
「そんなことで驚いていては、このゲームでは生き残れませんよ? 気配や姿を消せる人なんか、文字通りどこにいてもおかしくありませんからね」
そこで一度言葉を止めた弐式は、不意に視線を逸らし、
「――そうでしょう? そこの人?」
弐式は言の後ろに向かって声をかけた。
言がその視線の方向を慌てて見ると、
「……誰も、……いない……?」
弐式の見ている教卓のある辺りには人影など見えない。
「(……いや、違う。何かがあるような気はするが、その情報が頭に入ってこない……?)」
なんとなく、『ソコ』に誰かがいるような気はするが、誰もいないような気もする。まるでそのように思い込まされているようだ。
おそらく、今目を離してしまえばそんな違和感のことなどすぐに忘れてしまうだろう。
「まあ、彼の場合は、『見えなくなる』というより『見てもらえなくなる』と言った方が正しいですかねえ。誰かが彼を見ても、背景のように、そこらに転がる石ころのように、脳が優先度を低くしてしまうんでしょう。だから、見えていても、そこに誰かがいると認識できない。……そうでしょう? 『目立ちたくない』の澄川 流さん?」
弐式のその言葉に、何もないところにいる何かがたじろいだような感じがして、
「……どうして、どうして俺がここにいるとわかった? しかも俺の名前や欲望まで……」
「いくら他の人から見えなくなったって、僕にはわかるんですよ。そういう能力を得ましたからね」
「……読心術、か? ずいぶんと後ろ向きな能力だな。『人の心を覗きたい』ってとこか? 随分無様な欲望だな、この覗き見野郎!」
あざけるような声が誰もいない場所から響き、それを聞いた弐式は『ははは』と笑いながら、
「前向き後ろ向き云々はあなたに言われたくありませんよ。誰にも見られないからってそんな姿をしているようなあなたには、ね」
その言葉に痛いところを突かれたのか、うめくような声が聞こえてくる。
「――それに、僕の能力はそんなものではありませんよ?」
「なに? じゃあなんだってんだ?」
流と同じように考えていたのであろう言が疑問の声を上げる。
その問いに対して、少し考えるそぶりを見せた弐式は『ぽんっ』と手を叩き、
「じゃあサービスです。これからあなたたち二人に僕の能力を見せて差し上げましょう。『右手にナイフ 数は一 鋭きものなり』」
言葉が終わるか終らないかというタイミングで、弐式の右手にナイフが現れた。
「――!」
「…………」
もはや驚きの気配を隠しきれていない流と、冷静に距離を取る言。
その2人の差は、いったいどこから来るのだろうか。
その様子を静かに笑ってみていた弐式は、流の方を見ながら、
「おやおや、ずいぶん焦っているようですね。だんだん存在が認識できるようになっていますよ?」
言が流の方を見てみると、確かに先ほどよりも『ソコ』にいるのがわかりやすくなっている。
「ですが、まだ僕は大したことはしていませんよ? 自分の望んだ物を出すだけならできる人はかなりいます。出せる物の種類は限られますけどね。ナイフに限らず、刀や銃、変わっているところではお金を出せる人もいましたね」
弐式がそうやって話している間も、言は周囲への警戒は怠っていなかった。
だから、流が少しずつ出入り口の方へ向かっているのにも気が付いていたし、いざとなったらそちらに注意を向かせて隙を作ってやろうとも考えていた。
だが、それは弐式も同じだったようで、
「ああ、駄目ですよ流さん、ちゃんと見てなくちゃ。ボクがせっかく見せてあげてるのに……。お仕置きしなくちゃいけませんね。――『ナイフは宙に浮かび 逃亡者の心臓に向かって 吸い込まれるように飛んでいく』」
その言葉と共に、ナイフはすっと浮かんで出入り口の方を、正確には出入り口のあたりにいる流の方を向き、真っ直ぐに飛んで行った。
自分の方に向かって飛んでくる刃物を見て、流は悲鳴を上げて逃げ出す。
出入り口から廊下に飛び出して逃げていき見えなくなった流を、ナイフは空中で方向転換して追いかけていき、すぐに見えなくなる。
そして十数秒後、離れたところから悲鳴が聞こえてきた。
それに対して弐式は笑顔を崩さぬまま、つぶやくように言う。
「一人脱落……。さて言さん、あなたはどうしますか? 逃げますか?」
「ふざけるな。俺は逃げねえ!」
「そうですか、では戦うということで……。――少々邪魔な机と椅子をどかしましょうか。『机と椅子は 消え去る』」
その言葉と共に、教室に規則的に並んでいた机と椅子が消えてなくなり、二人の間には何もなくなった。
「――さて、こんなところでしょうかね……。それで、言さん。……あなた、本当に僕と戦いますか? 今ならまだ逃げられるかもしれませんよ?」
「何度も言わせるんじゃねえよ。……それに、お前は今のうちに倒しておかないと、後々大変そうだからな」
「なるほど、本当に元気がいいですねえ。――そういえば、あなたは先ほど面白いことを言っていましたね。『バトルロイヤルの勝ち方』。確かにあなたの言うことは正しい。このゲームにおいて、それは有効な手段たり得るでしょう。ですが、それはあなたに最低限の実力と、最高の危機回避能力が備わっていてこそ有効になるものです。……あなたにそれは有りますか?」
その言葉に、言は勝ち誇ったような顔をして言う。
「力はあるさ。俺はボクシングをやっていてな。試合でも負けたことなんか一度もない。それと危機回避能力の方だが、……俺はバカでなぁ。考えが足りない脳みそ筋肉男だってよく言われたよ。――だが、それ故に俺はこう望んだ。『頭がよくなりたい』、ってな」
言は自分の頭を親指で指し示しながら、
「それで得たのが完璧な頭脳だ。すごいんだぜこの能力は。問題を考えるととんでもない速さで考えて答えが出せるんだ! これさえあれば、生き残る方法を考えるのなんか簡単だぜ!!」
そう言って勝ち誇る言に、弐式は顎に手を当ててわざとらしく『う~ん』とうなり、
「……なるほど。では、僕の能力もわかりますよね?」
「当然だろ! お前の能力は『言ったことを現実にする能力』だ。確かに強力な能力だが、それさえわかれば対策を取るのは簡単だ。――言葉を放つ余裕を与えなければいい!!」
最後の叫びと共に、言は弐式に向かって飛び掛かっていった。
●
能力により高速化した思考の中で、言は考える。
……とりあえず、狙うのは胴体だな。
ここは学校で、保健室にはバンテージも置いてあったから拳は保護できている。
だが、さすがにグローブまでは置いていなかったのではた目からは包帯を巻いただけの素手状態だ。
……だから、歯なんかで拳を傷つける恐れのある顔はやめたほうが良い。
この男、弐式とか言うやつの能力は『言葉を現実に変える』ものだ。
だったら一番に狙うのは顔、あるいはのどだが、そこを狙うのはとっさの事では難しい。
しかも、いくらグローブなしで攻撃力が高いと言っても一撃で人はなかなか死なないし、下手なところを殴ればこちらの拳はすぐにダメになる。
……だが、腹を殴れば痛みで動けなくなるから、その間に他の手段であいつを無力化できる!
この攻撃が決まれば、目の前の体の細い男はうずくまるだろうから、ハンカチなどで猿轡をかませてしまえば能力は使えない。
さすがに自分の誇りである拳で人を殺すのは嫌だから、両手両足を縛って屋上から突き落とすのもいいし、そこらにある刃物で刺してもいい。
……すげえ。俺、こんなに考えて動いたの初めてだ……!
これまでの自分はほとんど何も考えずに動いていた。
練習中はコーチに言われたことをそのままやっていたし、試合中もコーチに言われた所はその通りにやって、それ以外はなんとなくの直感でやっていたら、負け知らずになれた。
よく言えば素直、悪く言えば考えなしの馬鹿。
それが俺の評価だった。
教える側は楽だったろう。
なんせ自分の言うことに一切疑問を持たなかったし、鍛えれば鍛えただけ伸びるという才能もあったのだから。
そんな自分でいいのか、という疑問すら湧いてこなかった。
練習して自分の実力が上がればうれしかったし、試合で勝てば気分がよかった。
周りからはやっかみの声もあったが、そういうのを除けばほとんどの人は自分を淡々と練習を続ける努力家として見てくれた。
ただ、学業だけはどうしようもなかった。
こればっかりは考えないと意味がない。
暗記系の物はまだましだったが、少しでも発展が入るともう駄目だった。
教科書を丸暗記したところで、その知識をどう使えばいいかも考えられなかった。
高校受験の段になってその問題が浮き彫りになると、今までやっかんでいた連中がこぞって騒ぎ出した。
『ボクシング馬鹿』『脳筋ゴリラ』『操り人形』……。
そんな言葉が自分に向かっていくつも飛んできた。
……スポーツ推薦という制度を知って実行してからは、そんな言葉も少なくはなったが……。
それでも、そんな自分に不自由を覚えたのは確かだ。
だから、切に願った。
頭がよくなりたい、と。
だから、このゲームに参加してからはうれしくて、いろいろなことを考えた。
そして、自分の望みも決まった。
……この能力を、現実世界でも持っていたい!
そういうことを考えるやつは他にもいるだろう。
なんせ、今このゲームに参加している奴らの能力は、それまで自分たちが願い続けてきた望みでもあるのだから。
もしほかの望みを持っているとしても、それはその者の能力と関係した物になると思う。
……だけど、それでも譲れない……!
以前自分はコーチに言ったことがある。
『自分は、頭がよくなった方がいいのか?』、と。
それを聞いたコーチは笑って、『素直なのがお前の良いところだ。下手に考えたって動けなくなって試合に勝てなくなるぞ』と言っていた。
その当時の自分は、そんなものなのか、と納得していた。
だが、今の自分はそうは思わない。
考えられる方が、試合で有利だ。
もし何らかの事情でコーチの指示が得られなくなった場合、自分で考えられなければ負けてしまう。
それに、いつまでもボクシングをやっていられるわけもない。
今はともかく後十数年もすれば体にガタがきて、それから十年もしないうちに引退となるだろう。
しかもそれは理想の形であって、下手をすれば一年もしないうちに体に故障を抱えて選手生命を絶たれることもあり得る。
そういう危険性を多分にはらんだ競技であるということは、自分が一番よくわかっている。
そうなったとき、ボクシング以外に何のとりえもない自分は、生きていくことはできないだろう。
コーチのように引退して後進を育てるということもできない。 いままで感覚でやってきた自分には教えるということはできないし、自分と同じことを強要したって体を壊すだけだ。
……だから、このゲームに勝って、もう一つの武器を手に入れる……!
そうすれば、いろいろ生きていくのは楽になるだろう。
いい大学に入って、インテリボクサーとして活躍し、引退後は後進を育てたり、試合の解説者になってもいい。
……そうなれば、母ちゃんも少しは安心できるだろうしな……。
こんなバカな自分をここまで育ててくれた母親には感謝しているし、試合に勝っても傷ついてしまった自分の事を心配させてしまうことに申し訳なさも感じる。
そんな母親を笑顔にできるならば、このゲームに勝ち残ることに、つまりは人を殺すことにためらいは覚えない。
……普段の俺なら、こんなに多くの事を考えることもしなかっただろうな……。
この能力を持っていなかった場合も、勝ち残ろうとするという結果は変わらなかったろうが、深い理由は一切持たなかったはずだし、他の参加者の口車に乗って用心棒まがいの事をして、用が済んだら殺されていたかもしれない。
そう考えると、なんだか可笑しく思えてくる。
……考えるって、面白いんだな……。
いざこういう能力を持てたことにより、更なる魅力に気が付いた。
……だったら、なおさら負けるわけにはいかねえな!
そう思い、考え、そして拳を目の前でいまだに微笑んでいる男にぶち込んだ。
目の前の男の顔は、それでも一切崩れることなく、ただ一言、
「『止まれ』」
と言っただけだった。
その一言で、自分のすべての可能性が奪われたのを知った。
●
場には静寂が満ちていた。
先ほどまでこの教室を支配していた燃えるような『動』の気配の一切が消え去り、今はすべてのモノが死に絶えたかのような氷の気配で満ちていた。
そんな中、その気配を作り出した弐式は、自分の腹に触れている拳を見て、そして一歩下がった。
言は拳を放った姿勢のまま、微動だにしない。
それは、一つの像のようだった。
そんな言に、弐式は語る。
「……あなたの問題点は三つあります。一つは、長い言葉でしかあなたを止められないと考えていたこと。呪文の詠唱じゃないんですから、簡単にしようと思えばいくらでも短くできますよ。現に、たった三文字であなたは無力化されてしまった」
停止した言の隣を通ってゆっくり後ろに回り込みながら、語る。
「二つ目、あなたの使っている能力はあくまで思考が早く、正確になるだけであって、問題の答えが頭に浮かんでくる類の能力ではなかったということ。だからあなたは私に対する判断を誤ったし、おそらく全く知らない言語で書かれた文章は読めないでしょう。その単語どころか、文字すら理解できないでしょうからね。つまり、あなたの能力は、あなた自身の考えが及ばない範囲の事は考えられない」
言の後ろに回り込んだ弐式は、さらに数歩離れて、無言で先ほど消した椅子の内の一つを出して、そこに座る。
「そして、そのせいで犯した最後の間違い。僕の能力は、言葉を現実にするようなものではありません」
その発言に、言は驚き、
「なんだと!! じゃあなんだって――、って、うごけ、る……?」
自分が動けるようになっていることを自覚した。
先ほどまで全く動けず、話を黙って聞いていることしかできないようになっていた、そんな状態から自力で抜け出せたとは思えなかった。だとすると……。
「先ほどの停止命令は僕が解かなければ決して効果は消えません。今僕は、ここに座っているだけで何もしていないし何も話してはいなかった。なのに効果が切れた。――これが証拠です。大体、話すことが現実になるなんて、そんな欲望を強く持ち続けるなんておかしいとは思いませんか? そんなことができたって、不便なだけでしょう。ずっと黙っていなければならないなんてまっぴらですよ」
「じ、じゃあ、お前の能力は、お前の欲望は何だってんだよ!?」
弐式はにこやかに、自分の能力を明かす。
「僕の能力は、『神の力』ですよ」
その言葉に、言は困惑を隠せなかった。
「……神の、……なにをバカなことを――」
「正確に言えば、『世界の法則を自由にできる能力』ですね。僕の望むがままに世界が変わる。……これを神の力と言わずになんと言いますか? そして、その発動条件は、言葉に出すことではなく思考すること。……わかりますか? 僕は考えるだけで世界を文字通り思うがままにできるんですよ!」
言は自分の体から血の気が引いていくのを感じた。そんなことが本当にできるのならば――、
「――無敵じゃねえかよ……。そんなふざけた能力があってたまるか!!」
「自分の目が信じられませんか? 先ほどから私が起こした現象を見ているのに。大体、あなただってここにいるからには何らかの形で自分のいる世界を変えてみたいと思っていたはずですし、実際に能力を持つことで変えられたでしょう? それが、僕の場合はとても強く、とても広範囲だっただけの話です」
いまだに弐式の笑顔は崩れない。その顔には全く邪悪なものは感じない。
まるで幼い子どものような、そんな笑顔。
だが、子どもというものは時にとても無邪気に、とても残酷なことをする。
「(――逃げなきゃ、……殺される……!)」
言は考え続けた。
考えて考えて考え続けた。
だが、いくら考えても助かる方法がわからない。
逃走も、戦闘も、命乞いも。
何をしても、この少年の前では意味をなさない。
そのことが、なまじ優秀な自分の頭脳にはわかってしまうから。
悪あがきすらも、無意味なことだと理解できてしまうから。
絶望に飲み込まれそうになる中、それでも言は何とかしようと思い、とりあえず逃げようと――
「『かの者の受ける重力は十倍になる』」
「――ガッ!!」
いきなり体が重くなり、何もできずに床に倒れ込んで動けなくなってしまう。
「(……っくそ!!)」
それでも言は全身の力を使い、這いつくばったまま体を引きずるようにしてこの場から離れようとする。
それを弐式は感心したように見て、
「すごい根性ですね。普通は指一本動かせなくなるはずなんですが……」
「(――っくそ! なんとしてでも生き残って……)」
あがくことをやめない言を眺めながら弐式は考え込む。
「さて、あまり長引かせるのも悪いですし、その根性に免じてさっさと終わらせましょうか。……ふむ、どうしたものでしょうねえ……」
その間にも少しずつ離れて行く言を見下ろし、
「なかなかいい死因が思いつきませんね。それではてっとり早く――」
「――『死ね』」
その瞬間、今の今まで動き続けていた言の動きが止まった。
その体からは力が完全に抜け、目を見開いたまま、言は死んでいた。
外見からは死因を特定できず、ただ死んだという事実としてその体は横たわっている。
だがそれも、すぐに掻き消えてしまう。
消えていく言の体を見ながら、弐式は呟く。
「……やはり、これだけだと地味ですねえ。次はもっと派手にいきましょう。さて、次はどこへ行きましょうか。どこかの広場に参加者を集めてまとめて始末しても良いんですけど、あんまり早く終わってしまってもつまらないですし、適当に歩いて行ってであった人たちから倒していきましょうか。……というか、あまり早く終わらせるとあの神様がナニカしてきそうですし……。――さて、次はどんな人たちと会えますかねえ……」
弐式はどこまでも気楽そうに、ついには一瞬たりとも崩されることはなかった笑顔のまま窓際に歩み寄ると、ひょいっと窓から外に飛び出した。
校舎の三階から飛び降り、まるで十センチの段差から降りる程度の気楽さで着地すると、あてもなくトコトコと歩き出す。
「次はもっと、楽しい人と会えると良いですねえ……」
●




