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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
3/25

どこまで見ていられるかな……?

   ●



 飛ばされたのはどこかの建物の部屋の中だった。どうやらここが僕のスタート地点のようだ。

 学校の教室ほどの広さの机も何もない空間に僕は立っていた。

 周りを見てみるが、神が言った通り人影は一切見えない。

 窓の外を見るにこの建物はそこそこ高い建物のようで、この部屋の壁にあった各階の見取り図が正しいならば、ここは五階建ての建物の三階の一部屋らしい。

 まあそんなことより、今はこのゲームの事を考えるべきだろう。


 ……困ったことになったな……。


 戦いの経験なんぞあるわけもなく、喧嘩だってろくにしたことがない。僕は基本的に平和主義だ。


 ……まさか、あの人それを知っててわざとみんなを焚き付けたのか……?


 そう思いながら、最後の方で神が言った言葉を思い出す。

 あんなことを言われれば、自分は自然と狙われやすくなる。

 そうすれば否応なく戦いに巻き込まれ、自身でも戦うしかなくなるだろう。


 ……まだ死にたくはないからなぁ……。


 そのためにも、自身の能力の確認は最重要事項だ。

 そのためには自身の欲望を理解しなければならないというが……、


 ……そんなこと言われてもなぁ。よくわからないし……。


 何かしたいこと、と言っても特に思いつくものはないし、自身の体にも大きな変化はない。

 少しの間いろいろ考えたが、何も思い付かない。この分だと頭がよくなったと言う訳でもなさそうだ。


 ……まあ、まだ時間は50分ぐらいあるし、ゆっくり考えていけばいいか……。


 僕はそう思い、その場でいろいろなことを試すことにした。



   ●



 同時刻、ゲームフィールド内に散らばった全員が自分の能力の確認をしていた。

 とはいえ、大半の者は自分の欲望に自覚があったためにその作業はすぐに済み、その能力を強化するための策を考えていた。

 ある者は能力を他の事に応用できないか試したり。

 またある者は近くの店から使えそうな物を集めたり。

 他にも、サバイバルに必要だからと食料品を集めたりする者や、もうやることはないからと時間までのんびりする者もいた。

 そのようにして皆が思い思いに時間を過ごしていく。



 ――そして、50分後……。

 残り時間もあと数分となり、ほとんどの者が準備を終えて、あとは開始を待つだけとなった頃。



   ●



 もうどれくらいの時間こうしているのだろうか。

 僕は相変わらず同じ場所に座り込み、自身の能力について考えていた。


「……超能力関係の能力も全部無理、漫画やアニメの能力もダメ、空を飛びたい……、ってそれは最初の方で試したし!!」


 僕はずっと前からこうしてずっと使えそうな能力を試しては発動せず、また試しては……、と言うことを繰り返していた。

 しかしその労もむなしく、いまだに能力らしきもののかけらも見いだせていない。

 その手に持った携帯のメモに、今まで試した能力のリストが数十個並んでいる。

 それらすべてが『自分のモノではない欲望』だ。


「……ああもうめんどくさい!! ……いろいろ考えすぎてごちゃごちゃしてきたな、いったん冷静にならなきゃ……。そして一から考え直そう……」


 そう言って、整理のつかなくなった思考を頭の外に追い出そうとする。

 するとそれが功をそうしたのか、ざわついていた考えが一気に消え、冷静になれた。

 よし、これでしっかり考えられる、と思ったとき、



 ピンポンパンポ~ン♪



 ――あっ、あーー。 テステス、マイクテスト!


 気の抜ける効果音と共にどこかで聞いたことのある声が聞こえた。

 その声は、スピーカーからの放送のように周囲に反響して音がぼやける事も無く、耳にはっきりと聞こえてくる。


 ……これ絶対普通のマイクの放送じゃないな……。こんなところで神の力の無駄使いって……。


 そんなことにあきれていると、また声が響いた。


 ――よう貴様ら! 元気か~? 我だよ我、神だよ!!


 ……なんでそうノリノリなんだ……?


 本気で神のキャラがわからなくなってきた。

 だが、この次の神の言葉に僕は驚くことになる。


 ――さて、準備時間ももうすぐ終わりだ。正確にはあと一分二十四秒。


 ……えぇ!! もうそんなに経ったの!?


 ――そんなわけで、せっかくなので我が開会の言葉的なものをやろうと思った、


 ……『思った』?


 ――のだが! 面倒なのでやめることにした! 今決めた!


 ……自由すぎるだろ!!


 ――そんなことを言っている間に、時間もなくなって来るのでとっとと始めよう。


 ……無駄なことばっかり言って、馬鹿なんじゃないかこの(ひと)


 ――貴様ら、追加情報だ。一時間前に我が要注意と言った男だが、未だに自身の能力がわかっていない。チャンスはまだまだ続いているぞ! 


「って、嫌がらせ!? 心の声聞こえてる!?」


 ――当然だ! 我は神なり! ふはははは!!


 神の高笑いがしばし響くが、これ以上暴言を吐いて(思って)嫌がらせを受けるのは割に合わないため無心でいるように心がけた。


 ――さて、さすがにこれ以上遊んでられんな。それでは、99人からいきなり6人減って93人からのスタートになるが、貴様らの健闘を祈る。……願わくば、よき欲望の発現があらんことを!


 言葉の終了と同時に鳴り響く大きなブザー音と共に、ゲームが始まった。



   ●



 ――あ、忘れてた。


 パンポンピンポ~ン♪



「しまらないなぁ……」



   ●



 何はともあれ、ゲームが始まってしまったからには生き残ることに腐心しなければならない。

 とりあえずは他のプレイヤーと遭遇しないようにしようと思い、周りの警戒から始める。

 現時点で何の能力も使えない僕が他のプレイヤーに見つかった場合、何もできずにやられてしまうだろうことは簡単に予想できる。


 ……くそっ! こんなことなら武器になりそうなものを探しておくんだった……!


 そんな今更な後悔と共に、建物の外を警戒するために窓に近寄る。

 なるべく外から見えないように窓の陰に隠れながら外を見るが、人影らしきものは全く見えなかった。


 ……とりあえず、この建物に誰かが入ってきたら隠れてやり過ごそう。幸い結構大きい建物だし、うまく隠れれば大丈夫だろう。


 そんな計画を立てつつ、ふと窓から空を見上げてみる。

 すると、そこには大きく『93』と言う文字が表示されていた。

 それを確認し、あれからまだ誰もゲームオーバーになっていないことを知った。


 ……あの数が減っていくのを、どこまで見ていられるかな……?


 なんとなくそんなことを考え、すぐに頭を振って後ろ向きな思考を頭から追い出す。


 ……だめだだめだ!! 僕はこんなところで死にたくなんかない!! なんとしてでも生き残るんだ!!


 そう決意を新たにし、さてこれからどう動こうか、と考えようとしたとき――、


 ――コツ、――コツ。


 音が聞こえてきた。

 その音は床と何かがぶつかるような音で、しかも等間隔で響いてくる。


 ……足音? 誰か来たのか? でも、建物の出入り口には誰も……。


 この建物が裏口や非常口の類はない建築法に真っ向から喧嘩を売るような建物であることは最初に見た見取り図でわかっていた。

 そしてゲームが始まってからずっと、窓からこの建物の唯一の出入り口を見張っていたが、誰も入ってはこなかった。

 だから、この建物の中にいるのは自分だけだと思っていたのだが……。



 ……まさか、ゲーム開始前(・・・・・・)からここにいたのか……?



 ゲームが始まる前の一時間は互いを認識できない、と言うことらしい。

 だから、その間に偶然同じ建物に入ってしまえば、いくら出入り口を見張っていても意味はない。

 そのことに思い至り、さらに響く音がテンポをそのままにだんだんと音量を上げていく事にも気が付く。

 足音がだんだんこちらに近付いて来るのを悟り、急いでどこかに隠れようとするも、焦りすぎたために手が滑り、携帯を落としてしまった。


 ……やばい!!


 急いで手を伸ばし空中で捕まえようとするも、その手はむなしく空をかき――、



 ――カシャン



 と音を立てて床にぶつかった。


 落ちた携帯を急いで拾い、息を殺して耳を澄ますと、少しの間足音が止み、すぐに先ほどよりも速いペースで響きだした。

 その音に先ほどまでの迷いの音色は感じられず、真っ直ぐこちらに近付いて来る。


 ……どうする!? このままじゃ見つかるぞ!!


 この部屋には隠れる場所どころか障害物になりそうな物も一切ない。

 出入り口はたった一つ、そこに向かって足音の主が近付いて来る以上、そこは使えない。

 ここは三階、頭から落ちない限り窓から飛び降りても死ぬほどの高さではないが、間違いなく足の骨くらいは折れるだろう。そうなれば逃げることはできなくなる。

 ならばこの案もダメだ。

 この部屋の出入り口は内側に開くタイプのドアだ。外側に開くタイプならば相手が開けようとした瞬間にドアに体当たりし、ドアごと相手を突き飛ばしてその隙に逃げることもできるが、このドアでは無理だ。

 これで、一切の逃げ道が無くなった。


 ……だったら、真正面から行くしかない……!


 そもそも逃げたところで逃げ切れるとも限らない。能力を使わずとも自分に追いつける足を持つ者なんていくらでもいる。

 ならば、相手がドアを開けた瞬間に殴り掛かってでも倒すしかない。

 これならば相手も油断しているし、能力を使う暇もないだろう。


 ……格闘の技術なんて全くないから、直感とフィーリングとなんとなくでやるしかないけど……。


 初撃を入れて、ひるんだところをところに畳み掛けていけば倒せるだろう。


 ……と言うより、これが実力の上の人に初心者が勝てる唯一の方法だよな……。


 自分の体力などを考えて、少しでも自分に有利になるような戦術を考えていく。


 ……僕の腕力なんてたかが知れてる。だったら、狙うのは人体の急所のみ。目、鼻下、のど、脇腹、すね、金的……。


 インドア派とはいえ、格闘系のマンガは読んでいたためそういう知識はある。

 それを総動員すれば、よほどの格闘家でもない限り倒せる、とは思う。と言うより、格闘家の方が楽に倒せる。


 ……ルールなしの喧嘩なら、ルールに縛られる格闘家に対して多少は有利になる……。


 それぞれの慣れ親しんだ武術のルールに違反する攻撃と言うのは、裏を返せば喰らった経験が少ないということでもある。

 経験が少なければ対処法も知らず、例え素人の攻撃でも喰らってしまうかもしれない。

 そして、人体の急所に対する攻撃というモノは、ほとんどの武術においてルール違反とされている。

 ならばこれが、生き残るための最善の手段だろう。


 ……問題は、相手が喧嘩慣れしてる場合だけど……。


 その場合、相手も自分と同じことをしてくるため、自分のアドバンテージはなくなる。


 ……まあ、その場合は潔くあきらめるしかないか。


 そんな事を考えている間に、足音はドアのすぐ近くまで来ている。


 ……よし、方針は決まった。後は覚悟を決めるだけだ……。


 この作戦の肝は、『ためらわない』こと。


 人体の急所と言うのは、下手にあてれば人が死ぬ場所だ。

 それが理解できていれば、人殺しの恐怖故に攻撃の瞬間ためらってしまう。

 だが、そんな中途半端な攻撃をすれば、相手を倒しきれず、怒りを持たせるだけだ。


 そうなれば、待っているのは、『己の死』。


 そうならないため、自分の中の余計な感情は全て追い出さなければならない。


 ……人を殺す恐怖はいらない。自分が死ぬという恐怖は残す……。


 感情により自身の損失を恐れ、それを回避するために理性をふるって戦う。


 ……感情を力に、理性を武器に……。


 そう言い聞かせていると、頭の中がどんどんすっきりしてくる。

 準備は済んだ。

 ドアの前に立ち、拳を構え、後は開始の合図を待つばかり。


 ……ドアを開けた瞬間に飛び掛かって、驚いている隙に決める……。


 足音はもうすぐそこだ。

 だんだんと近付いてきて、ついに扉の前で止まった。


 ……さあ、ドアを開けろ。ゴングを鳴らせ……!


 その直後、ドアが音を奏でた。






 ――コン、コン、コン。



 それはこの場にはふさわしくない、平和なノックの音だった。



   ●



 予想外の音に力が抜けるのを感じた直後、ノックに続いて扉の向こうから声が届いた。


「すいませ~ん。誰かいませんかぁ?」


「あ、はーい。いまーす!」


 扉の向こうから聞こえてきた妙に間延びした声に、日ごろの習慣からつい反射的に返事を返してしまってから、僕は自分の失態に気付く。


 ……って、返事返してどうする!! 不意を突くって意味がないじゃないか!!


 思わず頭を抱えてうずくまりそうになるが、何とかこらえた。

 そんな葛藤を抱えている僕のことなど一切気にせず、扉の向こうからまた声がかけられた。


「ああよかったぁ。やっぱりここかぁ。……いま入っても大丈夫ですかぁ~?」


「ええ、どうぞー」


 ……じゃねえ!! なんで許可しちゃうんだよ僕のバカ!! ああもう計画どこ行ったーー!?


 外面が無駄によかった自分の性格を今ばかりは恨めしく思いながら、とりあえず距離を取ろうとドアから離れる。

 扉から二、三歩離れたのと同時に「失礼しまぁす」と言う声と共にドアが開く。

 ドアを押し開けて入ってきたのは、僕と同じぐらいの年で黒髪短髪の男だった。

 背の高さも僕と同じぐらいだが、線が細くて頼りなさげな僕と違って結構がっちりした体つきをしている。

 顔は丸っこくて優しそうで、第一印象はしゃべり方と同じでのんびりした男、と言うこと以外は抱けそうにない。 ……だが、


 ……騙されるな……!


 これはゲーム、しかも人殺しのゲームだ。ならば裏切り行為は常套手段だろう。

 そう考え、先ほどのように構えを取るが、


「あ~! 待って待ってぇ~! ボクは君と戦う気は無いんだよ~!」


 と言う気の抜けた主張にまたしても気を削がれてしまった。



   ●

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