平和そうな人だなあ……
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気の抜けるような声を発した男は、不戦の証なのか両手を高く上げ、ゆっくり僕の方へ歩いてきた。
どんどん近付いて来る男を、僕はあわててその場にとどめる。
「止まって! そこから動かないで!!」
この男の能力がわからない今、このまま思い通りに動かれるのはまずい。
もしこの男の能力が条件付きで発動する類のモノだった場合、その条件を満たされてしまえば能力をまだ理解していない自分は不利になる。
そう思っての停止命令だったが、男は素直にその場に立ち止まった。その間も上げた手は下していない。
とりあえず自分の言うことは聞いてくれるという事実に安堵し、それでも警戒は続けながら先ほどの言葉に関しての質問をすることにした。
「どういうつもりだい? 『戦う気がない』なんて、ふざけてるのかい?」
一時間前の、そして先ほどの神の言葉を聞いて、無力であるとわかりきっている僕に戦いを挑まないはずがない。確実に、僕を油断させるための罠だろう。
そう考えての質問だったのだが、男はまた気の抜けるような声で、
「落ち着いてよぉ~。ボクに戦う気がないのは本当だよぉ。……と言うよりぃ、ボクは戦えないんだぁ」
と返してきた。
「……戦えない? 戦わないのではなく、戦えない? ……どういうことですか?」
「ボクはぁ、何か特技を持っているわけでもないしぃ、ここで得た能力も戦闘には全く役に立たないものなんだぁ」
「……その能力はどんなものなんですか?」
ここでバカ正直に答えるようならよし、そうじゃなくても手の内の一部はわかる。
「ボクはぁ、昔から食べるのが大好きでぇ、おいしい物をたくさんたくさん食べたいって思ってたんだ~。だからぁ、ぼくの欲望は『食べたい』でぇ、それで得たのは『食べ物をどこでも自由に好きなだけ出せる能力』だよ~。たとえばほらぁ、こんなふうにぃ――」
と、そう言いながら男が差し出した手にはいつの間にかおにぎりがあった。
さらに差し出された反対側の手には、ホカホカと湯気の立ち上るカレーライスがある。
あっという間に部屋の中には食欲を誘うスパイシーな香りが広がった。
「こんな能力はぁ(ぱくっ)、日常生活ならまだしも~(ごくん)、戦いにおいては全く役にたたないでしょ~? だからぁ、ボクと協力して欲しいんだ~」
「……協力?」
「協力っていうのが嫌ならぁ、同盟でもいいよぉ。……君はまだ自分の欲望がわかってないんだってね~? と言うことはぁ、君の戦闘能力は今の所かなり低いってことになるよね~? だからぁ、君は戦いを避けるために外に出るのを極力避けたいはずだよね~? でも籠城の上で一番の問題となるのはぁ、食料だよね~? 食べるものが無ければ勝負以前に飢え死にしちゃうし~。だったらぁ、外に出て食べ物を探すっていう危険を冒すよりもぉ、食べ物を出せるボクと一緒にいてゆっくり自分の欲望を見つけた方がいいんじゃない~?」
……筋は通っているな……。
この男の言っていることは正しい。
確かに当面の間は隠れて過ごさなければいけない僕にとって、この提案は魅力的だ。 ……だが、
「……確かにその通りです。ですが、僕が自分の欲望を見つけて、もしそれがとても強力な能力だった場合、外に出ないで隠れている必要はなくなってしまいます。そうすると、僕はお荷物である君を真っ先に始末しますよ? 逆に、もし僕の欲望が君と同じで戦闘に役立たない者だった場合、ずっと隠れているしかなくなります。……この同盟には、君の利点がほとんどないようですが?」
今この段階で言いはしないが、これ以外にも同盟を組むことについての問題点は存在する。
それは、どちらが勝者となるか、だ。
普通の試合ならば、負けても大したペナルティーはないからその点はすぐに解決するが、今回の場合は文字通り命がかかったゲームだ。簡単に済ませていい問題ではない。
……だけど、これについては今言っても無駄だ。
この問題は失うものが大きいだけに、僕も彼も絶対に譲らないだろう。ならばこの問題は最後までぼかしておき、僕たち以外のプレイヤーが全員いなくなった瞬間に不意を付けばいいだけの事だ。……もっとも、それは彼も同じだが。
だから、今聞くべきは互いの利点についてだ。
これがあまりにも僕に有利だった場合、罠の可能性が濃厚になる。その場合は不意を付かれるタイミングが早まる場合がある。
そう考えて放った僕の問いに、しかし彼はのほほんと笑いながら、
「でもぉ、一人で隠れているよりぃ、二人でいた方が楽しいでしょ~?」
「……は?」
呆然としてしまった僕に対して、すでに先ほど出した料理を食べきってしまった彼は言葉をつづけた。
「それにぃ、きちんとボクにも利点はあるよ~。このゲームは要するにバトルロイヤルでしょ~? だったら一番楽な勝ち方はぁ、自分以外の最後の一人とだけ戦って勝つことでしょ~? さすがにそれは無理でもぉ、戦うのは最低限にしてあとはずっと隠れているのが得策だよね~? 籠城に関してボクの能力はとても役に立つでしょ~? だったらぁ、君が強力な欲望を持っていたら最後まで生き残ることができるしぃ、そうじゃない場合でも他の人と同盟を組むこともできるでしょ~? ボクみたいな補助系の欲望はどこに行っても重宝されるはずだからね~。だからぁ、君といることで僕にも十分利点は有るよ~」
……確かに、彼の能力は貴重だ……。
その貴重な能力は、似たような能力を持つ者以外ならば絶対に確保したいものだ。
しかも、ここで彼といい関係を築くことができれば、もし自分の欲望が非戦型であっても、彼とセットで他のグループに入り込むことができる。同盟の条件に自分の事を織り込めばいいだけの事だからだ。
「……なるほど、理解しました。だったら僕に同盟についての異存はありません。僕は有松 博、高2です。よろしくお願いします」
「もう少し砕けた感じでいいよ~? 敬語ばっかりだと疲れるでしょ~? ボクは板森 明っていうんだ~。同じく高2~。よろしくね~。……じゃあ~、同盟の証に乾杯でもしようか~」
そういうと、彼は両手に飲み物が入ったコップを作りだし、差し出してきた。
色から考えて、僕に差し出したのはオレンジジュース、反対側の手に持っているのはアップルジュースだろう。
「……こっちじゃなくて、そっちの方のジュースをもらえますか?」
「ん~? アップルジュースの方が好きだった~? いいよぉ、どうぞ~」
そう言って渡されたコップを受け取ってカチンとふれあわせてから、明君は自分のコップをあおって一気に空にした。
それを見て、僕も手元の飲み物を少しずつ飲んで行く。
……毒は入っていないようだけど、当分の間は用心に越したことはないか……。
そんなことを考えながらちびちびやってていると、明君は床にいろいろな食べ物をどんどん広げていった。
チャーハン、カツ丼、サンドウィッチ、ショートケーキ……。育ちざかりの男2人でも食べきれないほどの量を出していく。
その光景を見て、ふと気になったことをきいてみた。
「明君はどんな食べ物でも出せるんですか?」
「そうだよ~。ボクが知っていてぇ、食べたいと思うものならなんでもでてくるよ~。でもぉ、ボクの嫌いなモノやぁ、食べたくないモノは出てこないんだ~」
「……つまり、自分の欲望を満たせないものは出てこない、と言うことですか……?」
「そうだね~。と言うことはぁ、もしかしたらおなかいっぱいのときは何も出せなくなるのかな~?」
「……そうかもしれませんね……」
……と言うことは、もともと毒入りの食べ物は出せない、と言うことか……?
まあ、神も『欲望が叶う』っていっていたし、あながち嘘でも無いのだろう。
……今はそう信じておくか……。
「……僕も一つもらっていいですか?」
「うん~、いいよ~。好きなの持って行って~」
明君の許可を得てから、念のため彼のすぐ近くにあったカツ丼をもらって行くことにした。
きちんと箸付きで置いてあったそれを手に取り、明君から料理を挟んで反対側に座り込み、『いただきます』と言ってから一口食べてみた。
すると味は悪くない。いや、とてもおいしかった。
ここに来てからまだ何も口にしていなかったため、箸はどんどん進んで行く。
半分ほど食べ進んだ時、ジュースを一口飲見ながら明君の方を見ると、彼の周りの食べ物は半分以上片付いていた。
……本当に全部食べる気か……?
そんなに食べて大丈夫なのかとも思ったが、まああまりにも目に余るようなら足手まといになる前に見捨てればいいかと考え、また箸を動かし始めた。
そうしてカツ丼を食べ終わってから見てみると、明君はもうすべての料理を食べ終わり、自分で出したであろうお茶で一息ついているところだった。
僕が食べ終わったのに気が付いた明君が、新しく出したお茶を差し出しながら僕に話しかけてきた。
「それにしてもぉ、この部屋にいたのが君みたいなヒトでよかったよ~。もしムシでもいたら最悪な気分になってた所だったよ~」
「……? 明君は虫が苦手なんですか?」
「うん~、ムシだけは好きになれないね~。同じ空間にいるってだけで気分が悪くなってくるよ~」
そうなんだ、と相槌を返しながら、僕はゆっくりお茶を啜った。
……なんというか、平和そうな人だなあ……。
目の前の男からは殺し合いに参加しているという心構えは全く感じられない。
むしろ、みんなで遊んでいるというような気軽ささえ感じる。少なくとも、自分の命が危ないという可能性を考えているとは到底思えない。人を殺すことなど心の片隅にも存在していないだろう。
……僕の方が、少し思いつめすぎていたのかなぁ……。
そう考えさせるほど、この場の空気は和んでいた。
このまま参加者全員が仲良くなれて、みんなでこんなバカげたゲームを始めた神に一泡吹かせてやることもできるのではないかと、そんなことも考えられるほどだった。
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だが、現実はそう甘くはなかった。
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