文車妖妃は本を捨てない(2)
『影山です。昨日の本についてですが、何か分かりましたか? もしよければ話を』
「……いや、やっぱりやめよう」
チャットアプリへ打ち込んだ文章を消す。
もう一度打っては、また消した。
何度も送信するかどうかで悩んでいるうちに、午前中が終わりかけていた。
昨日の聞き込みで、白いブラウスの女性は見つかったのか。
『再履本』はどうなったのか。
気になって仕方がなかった。
『昨日の本について、何か分かりましたか?』
意を決し、送信ボタンを押した。
結局、たった一行の味気ない質問になった。
それでも、家族以外と連絡を取ることのなかった俺にとっては、大きな一歩だった。
送信して十秒と経たないうちに、水瀬副部長から返信が届いた。
『ちょうど今、部室で話してる。気になるなら来る?』
おそらく、真壁部長も一緒にいるのだろう。
チャットアプリですら、これだけ迷った。
部室へ行くとなれば、なおさらだ。
結果を知りたいという好奇心と、人と関わることへの恐怖心が、胸の中でせめぎ合っていた。
それでも、気づけば大学へ向かっていた。
昨日貰ったチラシによると、オカルト研究会は、文化系サークルが集まる部室棟の三階にあるらしい。
部室棟は一昨年建て替えられたばかりで、オフィスビルのように真新しかった。
(306……あった)
扉の左側には、『常陽大学オカルト研究会』と書かれた古びたプレートが掛かっている。
真新しい建物とは、ひどく不釣り合いだった。
その下には、昨日貰ったものと同じチラシが数枚、雑に貼られている。
緊張を解くように一度深呼吸をし、扉をノックした。
「失礼します」
室内は八畳ほどだろうか。
想像していたより広々としている。
壁一面が本棚になっており、怪談本や民俗学関係の本、古い大学新聞などが並んでいた。
本の合間には、正体の分からない民芸品が雑然と置かれている。
部屋にいたのは、真壁部長と水瀬副部長だけだった。
「やあ、影山くん! 常陽大学で最も留年率の高いサークルへようこそ!」
「新入生を脅さないでください! また逃げられますよ!」
(逃げられたことがあるのかよ……)
水瀬副部長は顔を赤くし、強い口調で真壁部長を睨んでいる。
どうやら、かなり根に持っているらしい。
オカルト研究会に、それほど多くの入部希望者が集まるとは思えない。
新入生は貴重なのだろう。
「ごめんごめん。冗談だから。みんなちゃんと卒業してるよ。安心して」
「あの……申し訳ないのですが、僕は入部するつもりはないので……」
最初に断っておかないと、妙な期待をさせるのも悪い気がした。
「そうね。『再履本』のことを聞きに来たんでしょ?」
水瀬副部長は少し残念そうな表情を見せた。
真壁部長は気にした様子もなく、本題へ入る。
「結論から言うと、君の話していた女性を見た人はいなかった。疑っているわけではないけれど、本当に声をかけられたんだよね?」
「はい……」
やはり、嫌な予感は当たっていた。
俺へ話しかけた後、あの女性は確かに図書館へ入っていった。
閉館間際だったとはいえ、人目につく場所を通った女性を、誰も見ていないなんてありえるのか。
「何か、心当たりがあるのかな?」
悩んでいることに気づいたのか、真壁部長が尋ねてきた。
あると言えば、ある。
けれど、とても口にできるような内容ではなかった。
「いえ、何も……。それで、『再履本』はどうなったんですか? 何か分かったんですか?」
「あの後、図書館の職員に話を聞いてね。あのブックワゴンには、月に一度の除籍審査で処分が決まった本が置かれていたらしい。貸出回数や資料としての価値を確認したうえで、不要と判断された本を希望者へ譲っているそうだ」
「『降霊と交霊の民俗学』でしたっけ? 研究課題にでもならない限り、学生が借りるとは思えないけど。影山くんは、どうしてあの本を持って帰ろうと思ったの?」
霊が見えるからです。
そんなことは、口が滑っても言えない。
嘘にならない範囲で答えるなら、これしかなかった。
「本当に降霊できるのか、試してみようと思ったんです」
なぜ、そんなことを思ったのか。
自分でも、うまく説明できなかった。
「ぶふぅーーー! まさかのイタコ願望ときたよ、透子くん!」
「部長、笑いすぎです」
ここまで笑われるとは思わなかった。
確かに、見えない人からすれば、馬鹿げた話なのだろう。
けれど俺なら、呼び出すことさえできれば、その相手と会話ができる。
(幽霊を呼ぶ、か……)
「ところで影山くん。時間があるなら、これから図書館へ『再履本』を見に行こうと思うんだけど、一緒に来るかい?」
本の行方を自分の目で確かめられるなら、断る理由はなかった。
「はい、お願いします」
それから、三人で図書館へ向かった。
受付では、年配の女性職員が、返却された本を一冊ずつ確認していた。
俺たちが通りかかると、女性職員は一度だけこちらを見て、軽く会釈をした。
真壁部長は館内案内図を確かめながら、奥の書架へ向かう。
「除籍になった本だから、蔵書検索には出てこない。わざわざ元の棚を確認しない限り、戻っていても気づかれにくいんだ。確か、F-6だったかな」
その本棚は、図書館の中でも奥まった場所にあった。
小難しい本ばかりが並ぶ区画で、学生の往来もほとんどない。
「あった。これだ」
真壁部長が手を伸ばした先に、『降霊と交霊の民俗学』の背表紙があった。
劣化したビニールカバーも見覚えがある。
間違いなく、昨日俺が持ち帰ろうとした本だった。
「やっぱり戻ってきてる……。部長、どうしますか?」
「これは不思議だねぇ。昨日、職員から聞いた話では、間違いなく除籍処理の済んだ本だ。単なる配架ミスなら、毎月同じ本が戻ってくるのはおかしい。誰かが意図して戻しているとしても、その理由が分からない」
水瀬副部長は、書架に収まった本をじっと見つめた。
「もしかして、本当に霊的なものの仕業だったりして……」
「おや。透子くんは、意外とオカルティストなんだねぇ」
「可能性の一つを挙げただけです。部長こそ、いつもなら真っ先に怪異の仕業だって騒ぐじゃないですか」
「僕はね、何でも怪異のせいにするほど、怪異を信用していないのさ」
真壁部長は、本の背表紙を指先で軽く叩いた。
「それに、不可思議な原因を何でもかんでも怪異に押し付けたら相手も迷惑だろう?」
「それ、オカ研の部長が言います?」
「怪異を信じるからこそだよ」
二人の会話を聞きながら、俺は『降霊と交霊の民俗学』の背表紙を見つめた。
昨日、あの女性は、この本を返してほしいと言った。
なら、もう一度この本を外へ持ち出せば――。
本当に幽霊なのか、確かめられるかもしれない。
「ひとまず、今日のところは引き上げようか」
真壁部長が本を書架へ戻した。
「このあと、部室へ戻って今日の調査内容を整理するつもりなんだ。影山くんはどうする?」
「僕は、家に帰ります。まだ越してきたばかりで、早く片付けないといけなくて」
考えていることを悟られないよう、なるべく平静に答えた。
本を持ち出して、あの女性が現れるか確かめたい。
そんなことを話せば、二人も一緒に来ると言い出すかもしれない。
もし女性が幽霊だったとしても、真壁部長たちには見えない。
俺だけが誰もいない場所へ話しかける姿を見せることになる。
まだ、そこまで二人を信用することはできなかった。
図書館を出たところで、スマートフォンの時刻を確認した。
昨日、女性に呼び止められたのは、午後5時を少し回った頃だった。
幽霊が時間に合わせて現れるとは限らない。
それでも、昨日と同じ状況を再現するなら、時刻も合わせた方がいい。
俺は二人と別れ、いったんアパートへ戻った。
◇
遅い昼食を済ませても、頭から『再履本』のことが離れなかった。
白いブラウスの女性は、どうしてあの本を大切だと言ったのか。
自分で棚へ戻しているのなら、なぜ俺には返すよう頼んだのか。
そもそも、あの女性は本当に幽霊だったのか。
考えているうちに、いつの間にかベッドへ横になっていた。
少しだけ目を閉じるつもりだった。
次に目を開けた時、部屋の中は橙色の光に染まっていた。
「……やばい」
慌ててスマートフォンを確認する。
午後4時20分。
設定していたアラームが、画面の中で鳴り続けていた。
入学式の二の舞になるところだった。
顔を洗い、上着を羽織って部屋を出る。
大学へ向かう道を歩きながら、何度も引き返そうと思った。
本当に幽霊だったらどうする。
何を聞く。
もし、また面倒な未練を抱えていたら。
それでも足は止まらなかった。
昨日までの俺なら、関わらないことを選んでいたはずだ。
けれど今は、確かめずにいる方が落ち着かなかった。
◇
午後5時前には、図書館へ着いた。
昼間より利用者は少なく、館内にはページをめくる音と、遠くで椅子を引く音だけが響いている。
受付には昼間とは違う職員が座っている。
俺はなるべく目を合わせないようにして、その前を通り過ぎた。
F-6の書架は、図書館の奥にある。
人の気配が薄れていくほど、自分の足音だけが妙に大きく聞こえた。
小難しい専門書の並ぶ棚を曲がる。
『降霊と交霊の民俗学』は、昼間と同じ場所にあった。
周囲の本よりわずかに色あせた背表紙。
劣化したビニールカバー。
誰かが触れた様子もなく、静かに書架へ収まっている。
俺は周囲を見回した。
誰もいない。
除籍処理の済んだ本だ。
昨日は持ち帰り自由のワゴンに置かれていた。
だから、これを持っていっても盗んだことにはならない。
そう自分へ言い聞かせながら、背表紙へ手をかける。
本は、抵抗もなく棚から抜けた。
手の中へ収まった瞬間、心臓がわずかに速くなった。
昨日と同じように、この本を持って外へ出る。
それだけでいい。
あの女性が現れれば、幽霊だと確かめられる。
現れなければ、昨日の出来事はただの偶然だ。
俺は本を抱え、来た道を戻り始めた。
受付の前を通り、自動貸出機の脇を抜ける。
除籍済みだからなのか、出口のゲートは何の反応も示さなかった。
自動ドアの向こうには、西日を受けて橙色に染まったキャンパスが広がっている。
昨日と同じ場所。
昨日とほとんど同じ時刻。
本を胸に抱えたまま、ゆっくりと外へ出た。
「またですか」
背後から、聞き覚えのある声がした。
「その本を持ち帰るのは、やめてください」
振り返る。
白いブラウスに、ベージュ色のスカート。
肩の辺りで切りそろえられた黒髪。
昨日とまったく同じ姿で、女性が立っていた。
やはり、気のせいではなかった。
「あなたは、この本に取り憑いているんですね」
自分でも、ずいぶん直接的な聞き方だと思った。
女性は眉をひそめた。
「取り憑いてなどいません」
「でも、僕がこの本を持ち出したら、また現れた」
「それは……そうですが」
「棚へ戻しているのも、あなたなんじゃないですか?」
女性は首を横へ振った。
「私には本を動かせません。それどころか、その本を読んだことさえありません」
「読んだことがない?」
思わず、手元の本へ目を落とす。
本のそばに留まっているのに、内容を知らない。
取り憑いているのではないとしたら、取り残されているのか。
どちらにしても、妙な話だ。
「では、どうして大切な本だと?」
「年配の女性職員が、何度も棚へ戻してくれているからです」
今日、受付で会った女性職員が脳裏に浮かんだ。
本を一冊ずつ確かめていた、あの人だろうか。
女性は図書館の入口を見つめた。
「処分されそうになるたび、元の場所へ戻してくださいました。理由は分かりませんが、処分されないように守ってくれているんだと思います」
「その人にも、あなたが見えていると?」
「いえ、見えていないと思います。何度か話しかけましたが、反応がありませんでした」
「あなたの名前を聞いてもいいですか?」
女性は少し迷ったあと、静かに答えた。
「白井恵子です」
「この大学の学生だったんですか?」
「ええ。文学部に通っていました」
おかしい、常陽大学に文学部はない。
あるのは文芸学部だ。
いつ頃の話なのか尋ねると、白井さんは、
「昭和47年に入学しました」
と答えた。
昭和47年は……西暦では何年になるのだろう。
俺が生まれるより、ずっと前の話だ。
「卒業は?」
白井さんは、わずかに視線を伏せた。
「できませんでした。3年生の冬に、病気で入院してからそのまま」
やはり、この人は幽霊だった。
驚きはなかった。
むしろ、曖昧だった疑念がようやく形を得たことに、妙な納得があった。
「それから、ずっとこの本のそばに?」
「おそらくは」
「おそらく?」
「気づいた時には、この本の近くにいました。それ以前のことは、よく覚えていないんです」
本が移動すれば、白井さんも一緒に移動する。
けれど、本から一定以上離れようとすると、いつの間にかそばへ戻されてしまうらしい。
「理由は分からないんですか?」
「分かりません」
白井さんは、俺の腕の中にある本を見た。
「だから、その本を読めば、何か分かるのではないかと思っていました」
「でも、自分ではページをめくれない」
「はい」
幽霊は、俺のような見えている人間へ触れることはできる。
しかし、物を直接動かすことはできないらしい。
少なくとも俺が出会った幽霊たちはそうだった。
白井さんは何十年もの間、答えが書かれているかもしれない本のそばにいながら、その中を確かめることができなかったのだ。
「分かりました」
俺は本を持ち直した。
「一緒に読んでみましょう」
◇
図書館の近くにあるベンチへ移動した。
時折、部活動へ向かう学生が前を通る。
誰も白井さんを気に留めない。
俺はなるべく彼女の方を見すぎないようにしながら、『降霊と交霊の民俗学』を開いた。
古い紙と埃が混じったような匂いがした。
目次には、口寄せ、夢枕、魂呼び、反魂、交霊会などの言葉が並んでいる。
本文には、各地に伝わる死者を呼び戻す方法や、霊媒師が行う儀式などが紹介されていた。
水を張った器へ故人の髪を沈める。
死者の名を百回唱える。
月の出ない夜に、四つ角で線香を焚く。
どれも、今となっては胡散臭いものにしか見えない。
「心当たりはありますか?」
いくつか目についたものを読み上げてみたが、白井さんは首を横へ振った。
「ありません。生きていた頃も、こういったものに興味はありませんでした」
俺はページの端を指先で弾き、ぱらぱらと先へ進めた。
内容をすべて読むつもりはない。
書き込みや折り目、誰かが頻繁に開いた痕跡がないかを確かめながら、紙面を流し見していく。
けれど、それらしい手がかりは見つからなかった。
日が傾き、文字が読みづらくなってきた。
「何もなさそうですね」
最後にもう一度、ページの間を確かめてから本を閉じようとした時だった。
背表紙の内側に、わずかな膨らみがある。
「何か挟まってる」
劣化したビニールカバーを少し浮かせる。
本体とカバーの隙間から、四つ折りにされた紙が滑り落ちた。
拾い上げると、それは黄ばんだ便箋だった。
封筒はなく、表にも宛名らしいものは書かれていない。
「手紙みたいです」
そう言って便箋を開こうとすると、白井さんが息を呑んだ。
「待ってください」
伸ばしかけた手を止める。
白井さんは、折り畳まれた便箋を食い入るように見つめていた。
「どうしたんですか?」
「その字……」
便箋の外側には、文章の一部が薄く透けて見えている。
白井さんの表情が、見る間に強張っていった。
「誠さんの字です」
「誠さん?」
「佐野誠。私が生きていた頃、お付き合いしていた人です」
何度も読んだ手紙の字を、見間違えるはずがない。
そう言う白井さんの声は、かすかに震えていた。
「読んでもいいですか?」
白井さんはしばらく答えなかった。
やがて小さく頷く。
俺は慎重に便箋を開いた。
白井さんは、俺の手元をじっと見つめている。
古いインクで書かれた文章は、こう始まっていた。
『君に届くと信じて、手紙を書くことにした。
君がいなくなってからも、毎日君を想っているよ』
白井さんは、手紙の文字を目で追っていた。
やがて、何かを思い出したように顔を上げる。
「この字を見ていたら、思い出しました。声を聞いたことがあります」
「声?」
白井さんは記憶を探るように、目を閉じた。
「どこにいたのかは分かりません。周りは暗くて、何も見えなかった。ただ、遠くから誰かが私の名前を呼んでいたんです」
「それが、佐野さんだった?」
「今まで、夢のようなものだと思っていました。でも……」
白井さんは、俺の膝の上にある本へ目を落とした。
「誠さんの声だったのかもしれません」
それ以上のことは、何も思い出せないらしい。
声のする方へ行こうとしたのか。
気づけば、見知らぬ本のそばにいた。
それから何度離れようとしても、一定の距離を越えると、いつの間にか元の場所へ戻されていた。
俺は、開いたままの『降霊と交霊の民俗学』と、手紙を見比べた。
死者を呼び戻すための方法が書かれた本。
その本から離れられない、白井恵子の霊。
そして、本の中に残されていた、佐野誠の手紙。
「もしかすると、佐野さんがこの本を使ったのかもしれません」
「この本を?」
「白井さんへ言葉を届けるために、何か試した。その時に、白井さんは呼ばれたんじゃないでしょうか」
佐野さんが本当に降霊術を行ったのかは分からない。
ただの偶然かもしれない。
けれど、白井さんが名前を呼ばれた記憶と、この本に縛られている理由を一緒に説明するなら、それが一番自然に思えた。
「もしそうなら、佐野さんには白井さんを見ることができなかった。でも、白井さんには声だけが届いた」
白井さんは、手紙へ視線を落とした。
「あなたのように、誠さんにも私が見えていればよかったのに」
その声には、責めるような響きはなかった。
ただ、長い間すれ違っていた事実を確かめるように呟いた。
俺は手紙の続きを読む。
『卒業したら、山形へ帰ることにした。
君と過ごした日々を死ぬまで忘れないよ。
今まで、ありがとう。
君に会えてよかった』
しばらくの間、何も言えなかった。
白井さんの頬を、涙が伝っていた。
肉体を持たない幽霊が涙を流せるのなら、涙は身体だけで生まれるものではないのかもしれない。
その雫は地面へ落ちる前に、夕暮れの光へ溶けるように消えた。
「忘れられていなかった……」
白井さんは、泣きながら笑った。
「誠さんは、私がいなくなったあとも、私を想っていてくれたんですね」
寂しそうではあった。
それでも、その表情には安堵が浮かんでいた。
「これから、どうするつもりですか?」
山本先輩の時のように、白井さんも消えてしまうのかと思った。
しかし、彼女の姿に変化はない。
「分かりません……」
白井さんは手紙を見つめた。
「もう少しだけ、この手紙のそばにいたいんです」
成仏することが、幽霊にとって唯一の正解とは限らない。
本人がここにいたいと望むなら、無理に送り出す理由もなかった。
「それより、えっと……」
「ああ、影山です。影山玲司といいます」
「影山さん、ペンを持っていませんか?」
鞄の中を探し、ボールペンを取り出した。
「何に使うんですか?」
白井さんは、便箋の余白へ目を向けた。
「お願いしたいことがあります……」
その後、俺は『降霊と交霊の民俗学』を元の書架へ戻し、水瀬副部長へ連絡した。
『再履本について、分かったことがあります』
返信はすぐに届いた。
『明日、部長と一緒に話を聞かせて』
詳しいことは、会ってから話すことにした。




