少しだけですよ
神像を抱えた私達は、非常に既視感のある入り口で立ち尽くしていた。
「……あっちの集落と大差ないセキュリティですねえ」
「そのようですね」
大差ないというか、今朝チベト派集落で見た神像安置スペースともはや一緒だった。石を積み上げて造られた台座、その上に木造の祠。これ絶対同じ人が設計したやつだ。
というか、集落そのものもチベト派集落の町並みと似通っている気がした。この聖域にたどり着くまでにも、既視感は家々、道のそこかしこにあった。一度、ふたつの集落の地図を見比べてみたいくらいだ。
先に中に入った案内人の男性は、祠の扉を開けてこちらを振り返る。早くその像を中に入れろと言いたいらしい。
「あの、鍵とかは?」
歩いて祠の前まで来た私は、その造りを確認して思わず無愛想な彼に話しかけた。
「鍵? 祠に鍵だと?」
男はなぜか顔色を変えた。訊いちゃいけないことだったんだろうか。
「はあ、これだから信心のない余所者は。人の分際で神の住まいに外側から鍵をかけるなどとは、なんと恐ろしいことを」
恐ろしいのか……。神像が盗まれるかもしれないことは恐ろしくないんだろうか。
「ミカ。山の民には自宅に鍵をかける習慣がありません」
「えっ、そうなんですか」
日本でも小さな村などでは住民は誰も鍵などかけない、鍵をかけるなんて神経質、隣近所を疑っているようで気分が悪い、みたいな独特な空気感があったりする。ここも小さな村みたいなものだし、そういう感覚なのかもしれない。
「それは、鍵をかけるシチュエーションも限られる、ってことですか?」
「彼が言いたいのはそういうことでしょう」
誰も戸締りしない集落で鍵をかけるシチュエーションがあるとしたら、それは中に侵入されないようにするための鍵ではなく、中の者を出さないための鍵ということになる。
つまり、祠に鍵をかけるイコール、神様を罪人扱いでもしているような感じで畏れ多い、ということだ。となると、盗難防止の鎖をつけるなんてもってのほかだろう。
「そういえば、ラーマさんの部屋も鍵まではかかってなかったですよね」
クーニャはラーマと夫婦なのを恥じている様子だったが、本音ではやはり夫を罪人扱いなどしたくなかったのだ。なんとなくホッとしてしまった。
「あれは逃げ場などないと思われているだけでは?」
「そっ、そうかもしれませんけど!」
「? 何か違いますか? 僕としては、あなたを聖人と認めさせたいのであれば集落から逃げ出すのは愚策かと思うんですが」
「愚策……。まあ、ラーマさんも覚悟決めてるみたいな顔してましたもんね。彼、今頃クーニャさんに怒られてるんでしょうか。連れ出しておいてなんですが、心配になってきま」
「おい、早くしろ! いつまでそこで」
「黙れ」
「なっ!?」
「ミカが話している最中だ」
じろ。ザコルが案内役をひとにらみすると、男は「ひっ」と声を上げて後ずさった。
「ちょっと、ダメですよザコル。彼も守るべき山の民のひとりでしょう?」
「今の僕はミカの護衛ですから。ミカに失礼する奴はどこの誰だろうと全員敵です」
「もう、エビーみたいなこと言わないでくださいよ。ゆっくりしてた私が悪いんですから。お待たせしてすみません、今」
その瞬間、立っていた場所に影が落ちた。ザコルが上を見上げたので、私と案内役の男もつられて上を見上げる。
ヒューッ、バサバサバサバサ!!
「ひいっ、なんだ!? なんだああああ!?」
「落ち着いて! 大丈夫ですから!」
上空から急降下してきた『彼』は、私達の真上でホバリングを始めた。当然、私達の周りにはヘリコプターの離着陸もかくやといった風が吹き荒れる。
「っ、プテラ! あっちで待っててって言いましたよね!?」
ギュオオオオオオオー!!
闇の泉ー!!
「闇の泉? これってやっぱりそういう」
ギュオギュオギュオ!
「ちょっ、プテラ、何す」
プテラは祠のすぐ上を旋回し始めた。かなり狭い範囲を巨体で飛び回るので、乱気流はさらにひどくなった。
「ひいいいい!!」
「大丈夫、大丈夫ですからね!?」
私は持っていた像を一旦雪の上におき、うずくまる男の側に駆け寄る。
ザコルは乱気流に体幹を乱されることもなく、まっすぐ立って「プテラ」と声をかけた。
「この祠をどかしたいんですか?」
ギュォー!!
「仕方がありませんね、少しだけですよ」
「えっ!? まさか、ちょっ、待っ、ザ」
ヒョイ、ザコルは台座に乗っているだけの重厚な祠を持ち上げ、ドスンと雪の上に置いた。
つづく




