小学生男子ステップ
「なんか気配多くない……?」
私はどこか怪しいオーラを放つ藪を横目につぶやく。
「どうしたシリル。ま、まさか、女衆か、それとも魔獣!?」
「なんでもないよ。っていうか、ビビりすぎじゃない?」
そう鼻で笑ってみせれば、相手は明らかにムッとした。
「シリル。あれは非常に恐ろしいものだ。どちらも命の危険が」
「はいはいごめんなさい。でも大丈夫だって。クーニャ達は怪我人の手当てとかに行っちゃって集落にいないはずだよ。母ちゃんはまだ寝てるらしーし」
「それは誰から聞いたんだ。お前もさっきまで寝ていたんだろう?」
「ミカ様に聞いたんだよ」
「聖女様にだと?」
「そう。寝る前にどーしても厠行きたくなってさー、廊下に出たらミカ様がザコル様にばったり会って」
これは本当である。シリルにはその際、変装の相談に乗ってもらったのだ。あの刺繍のスカートは有名になっちゃったみたいだし、カッコイイ山岳民族の女になるのは無理そうだし、とボヤいてみたら、彼はポンと拳を叩き『じゃあ俺と同じ男子になってみたら?』と勧めてくれた。
彼から母親であるカオルに話がいって、少年に変装するならまだいいかも、とカオルも賛成してくれた。他所の人に興味を持たれているのはあくまでも『聖女が着ていた衣装』であり、すなわち女物だったからだ。
そして早速カオルが親戚に相談してくれた結果、夜だというのに、いくらも経たないうちに成長期中学生男子サイズの衣装が手元に届いた。それを着てシリルのフリをしてみようかと思いついたのはむしろこの時である。
ちなみに、丈はもちろん、胴回りも含めサイズぴったりだった。普通、子供や男性の服を女性が着ようとすると、丈はよくても胸や腰がきつくて入らなかったりするものなのに。
「…………太ろう」
「? さっきから何をつぶやいているんだ。もしや不安なことでも」
「なんでもないってば。それでね、ミカ様達はクーニャに訊きたいことがあって母屋に来たんだって。なんでこんな夜にと思ったら、女衆は夜中から後方支援で外に出ちゃうって聞いたからその前に、って」
「ああ、何やら外で大がかりな戦闘になっているらしいな。私は何も知らされていないが……」
この人、若い子達が邪教にそそのかされて騒ぎを起こしたことも知らないんだろうか。
「えー知らないの! 大変だったんだよ。そーだ聞いて聞いて! イリヤとゴーシ君がめっちゃ強くてかわいくて強すぎなんだよ! 昨日もさ」
「分かった分かった、またゆっくり聞こう。お前の言う通り、イリヤ様もゴーシ様も責任感の強いお子だ。特にゴーシ様は我々神官にまで心砕いてくださる。彼らが将来の番犬になってくださるなら安心だ」
「だよね! 歳下だけど、俺めっちゃ尊敬してんだあ」
「会ったばかりだろうに、惚れやすいのは相変わらずだな、シリルよ」
今のはいい感じだったな。シリルのサカシータっ子強火担の感じというか、DD感みたいなのは出しておきたかった。
「ちなみに、母ちゃんが離れで寝落ちしてんのは扉番してるペータさんに聞いた。あ、これ、チャンスじゃね? って思って」
「何がチャンスか判らんが……。私を連れ出したと知られれば叱られるぞ。お前まで閉じ込められるようなことになっては」
「えっ、もしかして後悔してる?」
「いや、それは断じて」
違う。目の前の彼はそう言外に込めた。拳を握り、行く先を強い眼差しで見つめてもいる。例え自分一人でも主張してやるぞという決意みなぎった目である。
「あっ、魔獣」
「ひいっ!?」
「冗談だよ」
「冗談!? シリル、お前そんなことを言う奴だったか?」
そんな子に育てた覚えはありません、とばかりに彼は腰に手を当てる。決意からの青ざめて頭抱えてからの、と忙しい人だ。
「へへっ、ごめんなさーい。だって目ぇ開けたまま気絶してたじゃん、覚えてんのかなーと思って!」
朱雀に首根っこ咥えられたまま市中引き回しの刑に処されていた事は記憶に新しい。
「あまりからかうな。お前は知らんだろうが、私はシータイでもかの魔獣に狙われたことがあるのだ。命の危険があるからと聖女様があの小さな背中で私を必死に守ってくださってな。お前もああいう優しい子になるのだぞ」
「何言ってんの?」
思わず素が出てしまった。しかも小さいって言った?
「だからな、お前も次期神官長として、聖女様のように慈悲深く高潔な魂を持ったお方を目指し」
「うんわかった!」
私は適当に相槌を打つ。
実際問題シリルがそんな純粋で打算のない子になったら、逆に山神教の将来は明るくないかもしれないとも思うが……まあいいか。
「そうそう、ミリナ様も母ちゃんと一緒に寝ちゃってるみたいなんだ。だから大きな魔獣達も屋敷から離れないと思うよ」
「そうか……」
ホッと息を吐く彼に、大丈夫大丈夫と笑ってみせる。とはいえ真正面から顔を見せてはバレるかもしれないので、敢えてふざけて前を歩いたり飛んだり跳ねたりしている。私はこれを小学生男子ステップと勝手に呼んでいる。
イリヤやゴーシ、あと学び舎入学前のガット達もそうだが、彼らは普通に歩いているだけでもまっすぐに歩いていない。ダンダンと足踏みしてみたり、無駄に蛇行してみたり、人に寄りかかってみたり、急にしゃがんだり、と思えば走り出したり。
「まっすぐ歩きなさい。最近は随分と落ち着いて頼れるようになったと思っていたが、まだまだ子供だな」
「だって嬉しいんだもん! 久しぶりにラーマと遊べてさ!」
「シリル……」
「へへっ、俺ね俺ねっ、ラーマのことも大好きなんだあ」
「シリル……!」
ガサ、藪が揺れる。
「ああ、嬉しいなあ、こんな情けないところばかりの私に、ありがとう、ありがとうなあ……!」
ラーマは号泣し始めた。軟禁生活のストレスが精神にきていたのだろうか。とりあえず微妙に振動している藪には気づいていないようで何よりだ。
「前言撤回だ、お前は本当にいい子に育っている。昨日ぶりだというのに、心なしか背丈も伸びたような」
ぎくー。
「へへっ、そーかなあ。俺もラーマみたいに大きくなれる?」
「ああ、なれるとも。お前の父、マクも体格はいい方だ」
「そっかあ。あとねあとねっ、鍛錬頑張ってザコル様みたいにムキムキになって、強くて戦える神官になるんだ。イリヤやゴーシ君に護られるばっかじゃ情けねーもん!」
「それは素晴らしい心がけだ。私も軟禁を解かれたあかつきには走り込みに付き合おう」
ワシャワシャ、とラーマは手を伸ばして隣を歩く私を撫でる。背を指摘されたので若干中腰を意識して。
よし、完全に信じ込んでるな。若干の罪悪感がないわけではないが、本物のシリルもラーマのことを大事にしているようだったし、これでも媚び過ぎということはないだろう。
つづく




