常日頃から理屈っぽいぞ
ぎゅうう、と私の首に絡みついた腕が締まる。
「カオルさ」
「何がこっそりと、よ。存在意義だとか、異分子だとか、難しいことを言って。私が山暮らしだからって、誤魔化されると思ってるんでしょう……っ」
「……えっ、山暮らし? えっ、なにが? なんで怒ってんの!?」
私はどうどう、と彼女の背中を撫でてなだめる。私が特に小柄なだけなのだが、カオルの方が上背があり、またかなり着込んでいるせいかうまく腕が回らない。
民族衣装、特に山岳地帯のそれは元の世界でも着ぶくれている印象がある。フリースなどの高機能素材はもちろんないので、綿やウール、革、蓑といった自然素材であつらえた服をしこたま着込んで寒さに耐えるからだ。
「大人なのに、こんなに小さくて、折れそうで……っ、苦労したんでしょう、ちゃんと食べさせてもらっていたの……!?」
「いや飢えたことはないです食べてはいました大丈夫! カオルさん、場所を変えましょう、ね?」
「ああ。ミリナに気づかれたらさらに揉めるからな」
「ミリナ様? そんなことは……」
そんなことは、あるかもしれない。最近、よくザコルともモメてるし、酔っぱらうと特に過激な行動に出やすい気がする。
私とイーリアは何とかして私に抱きついたカオルを引きはがし、適当な部屋に押し入った。部屋の棚やテーブルには、豆や穀物とみられるものが入った瓶が並んでいる。食糧庫なのだろう。
「申し訳ありません」
「謝らなくていいんですよ、私が何か余計なこと言ったんですよね?」
「………………いえ」
どうしよう、私が悪いっぽいけど何が悪いのか分からないぞ。なんというか、妻が何に怒っているのか分からないと言う、歳上の男性社員を思い出した。
「カオルよ、ミカは常日頃から理屈っぽいぞ」
「ぶっ、理屈っぽい!?」
イーリアのぶっ込みに私は吹いた。カオルも顔を上げる。
「……そうなのですか? いつも明るくて、子供達にも分かりやすく話をしてくださる印象なんですが」
「それは素でもあるが、外面でもある。こちらが思う以上にしたたかでな、あえて変人を装っている時もある」
変人を装っ……いや、私の理想は『変態お姉さん』だ。変人と変態はちょっと違う気もするが、今は否定する時ではない。
「愛らしい見た目のくせに、うちの偏屈な男共と小難しい話を延々としていたり」
偏屈な男共とは、もしかしなくともオーレンやジーロやザッシュのことだろうか。彼らは自分の得意分野について楽しく教えてくれているだけであり、私は基本的にへーすごーいと聴いているだけなのに。
「そして、たまに考えすぎて真理を見失っている時もある」
「そんな風に思ってらっしゃったんですかイーリア様!?」
「エビーの意見だ。ミカよ。いい加減、出自など気にしていたら身がもたんぞ」
「そ……っ、それは」
しまった。イーリアは長年モメている隣国の出身だ。しかもその国の元騎士団長。この領に嫁に来た頃は、異分子扱いなど散々されたことだろう。それを思い出させたなら…………
「また考えすぎているだろう。私は単細胞ゆえ、舐めた口をきく奴はすべて剣で叩きのめしてきたし、勝った奴が正義だと思っている。それくらいの方が血の気の多いサカシータの者どもも納得しやすいからな。それだけに、数日やそこらで関所の奴らを全員ひざまずかせた『異界娘』には正直驚きしかない」
うんうんとうなずくイーリアに、私はブンブンと首を横に振った。
「ひざまずかせた覚えはありませんよっ。それに、最近は『私は私だ』って悟りを開いたところなんです。自分を異分子とか余所者とか言うとザコル達が怒るし、アメリアにもいじけられるし……」
「アメリア、様」
しゅん、カオルは再び顔をうつむかせた。
「…………そうよね、あなたはもう、テイラー伯爵家のお嬢様なのよね。私、とんでもないことを」
「えっ、何、本当にどうしたんですか。私に怒ってるんですよね、好きなだけ締め上げたらいいじゃないですか!」
「好きなだけ、締め……?」
「あ、いやっ、そういう趣味だから言ってるわけじゃないですよ!? ていうか、お嬢様なんていう歳じゃないですから。たぶんですけど、歳は同じくらいですよね?」
カオルには十一歳の息子がいる。こちらの世界の結婚適齢期は総じて若めなようなので、カオルが仮に十五歳で産んだとすれば、今二十六歳。もしかしたらそれ以上かもしれないが、カオルの風貌からいって私と五歳以上の開きがあるようには見えない。
あちらの世界とこちらの世界の時間軸は基本的にリンクしている。しかし、意図して世界を渡る時には、ほんの少しのことで数年から十数年のズレが生じてしまう、とはイーリアから聞いた話だ。
その件が本当で、さらにこのカオルを産んだ『カオリ』と、私を産んだ『香織』が同一人物であるとするならば。彼女は十年程度のズレを生じさせながら元の世界に還ってきた、ということになる。そうでなくては矛盾する。
母のもので、唯一私の手元に残された母子手帳によれば、彼女が私を産んだのは二十二歳。『香織』は私を十歳まで育てたのちに元の世界に戻ったわけなので、カオルを産んだのは、少なくとも実年齢で三十二歳以降、ということになる。高齢で産んだとも言っていたし、そこは矛盾しない。
「だから、いもう……と、ではないと?」
「そうは言ってません。でも、おおやけに認めてしまって大丈夫なんですか。根拠は、確証は?」
私の方にはオーレンによる鑑定結果というか、実質『主観』しか根拠がない。
「確証なんてないわ。でも、根拠はあります。守られるより守る側になれ、と産みの母も同じことを言っていたんです」
「それは」
それは確かに根拠だな。うん。どう考えてもばあちゃんの座右の銘だ。
というか『香織』がまだそれを口にしているとは、その教えのインパクトがどんだけ強いんだという話だが。もはや呪縛では……。
「それに、お互い顔を見ればきっと……!」
「カオルさん、聞いてください。私には、十歳以前の記憶がほとんどないんです」
「え……っ」
カオルが言葉につまる。
「記憶、が? それは、小さな頃だから、忘れてしまったということ?」
「いいえ。正確には、母が消えてすぐ、母が関係する記憶だけが頭から消えてしまったんです。当時ふたり暮らしでしたから、記憶の大部分を失うことになって。精神的なショックからだろうってカウンセリング……医者にもかかったんですが、結局記憶は戻らなかった」
なんてこと……とカオルが自分の口を押さえる。
「私が気に病むからと、祖母……母と私を育てた人は、義娘である母の写真を片付けてしまって、私は、十歳まで大切に育ててくれたであろう母の顔さえも分からないまま大人になって……そんなの、酷すぎるでしょう?」
祖母も私も悪くないことくらい解っている。でも、結果は結果だ。
「せめて幸せに暮らしてくれていたらよかったのに。『旅先』に残してきたもののため、こんな過酷な場所で家族とも離れて暮らしているひとに、私はあなたの顔も忘れてのうのうと生きてきましたなんて、軽々しく言える……!?」
「それは……」
ギィ、勝手に入った部屋の扉がひとりでに開く。
「はあ、ここまで来ておいて、なにをゴチャゴチャと。大人の事情など、子に関係あるものかと言っただろうが」
「……どうしてここに」
「薬を持ってきたのです。あの偏屈が大人しく飲むとも思えんが、久々に会った従姉妹を見捨てるわけにいきませんからな」
その『親戚のおじさん』は、まるで近所の不良でも見るような目つきで私をにらみ、溜め息をついてみせた。
つづく




