山の神殿
「よし。行きましょうか」
私はカバンの中からマッチを取り出してカオルに渡す。
「こちらで待たなくていいのですか?」
「ここから入り口まで距離がありますから。下手したら三十分以上待つことになります。立ち止まってたら凍えて死んじゃいますよ」
神出鬼没ではあるが、体力は並みの玄人レベルなサゴシである。よってサカシータ一族のような瞬間移動はできない。
「そうだな。さっさとこの姫を風雪しのげる場所へ連れて行かねば」
「そうそう。早く行きましょうカオル姫」
ぐいぐい。
「わっ、私のことじゃないでしょう!? 移動してしまっては、あの魔獣さん、が困るかと思って」
「大丈夫。ミリューは鼻が利くので。移動しても居場所くらい判りますよ」
彼女ははるばる王都から飛んで来て、まっすぐザコルのもとにやってきたこともある。
「鼻が利く、そうなのですか。においで居場所が判るなら、どうしてミリナ様を自分で迎えにこられなかったのかしら……」
「そこは、ミリナ様の意思を尊重して我慢していたんだと思います。言葉が話せない自分ではミリナ様の意思を変えられないから、もはやイーリア様や私に託すしかないと考えて、オーレン様を乗せてシータイまで来たんでしょうね」
「まあ、なんて賢いの。馬や羊と比べるだなんて、本当に失礼でしたね……」
そう、ミリューは賢い。そして魔獣達の中でもかなりのミリナ強火勢だ。だからミリナの指示に逆らうことは絶対にしない。あなたは外で待っていてちょうだいと言われたら何がなんでも死守だ。
無事ランプに点火したカオルが歩き出したので、私とイーリアもまた歩き出す。
「ミリューがここを『外』にカウントしてくれるといいんだけど……。それより、サゴちゃんがあっちに着くまでに赤頭巾さん達が余計なことを言わないことを祈る……!」
ぱん、私は歩きながら手を合わせた。
チベト一派や聖女もどきを侮辱しているうちはまだいいだろうが、何かミリナや魔獣達につながる悪口を言おうものなら、即刻水浸しにされる可能性大である。
ミリナ連れ戻し作戦を邪魔しようとするのもダメだ。例えば、聖域に余所者を入れよってけしからん人を使って今すぐ連れ戻してやる、とか言い出して、行動に出たりしたら。
「うわあ……。会ったことないけど言いそう、言っちゃってそう! 連れ戻しを命じられた人まで全員ミリューに処されちゃうよ! どうか今は堪えて赤頭巾おじさん……!」
がし、合わせた手を横から取られた。
「ミカよ。会ったこともない、しかもあなたを認める気もないジジイどもの無事まで祈ってやるのはやめろ。あなたの手がすり減るだろうが」
「手がすり減っ……ふふっ。いやですねえ、祈ったくらいじゃ減りませんよイーリア様」
私は、まるでザコルみたいなトンデモ理論をカマす女帝様を見上げる。
「いや、減る。減るに決まっている。そうは思わんか、カオル」
「そうですね。減ると思います」
「えっ」
カオルまでジョークに乗ってきた。意外だ。
「どうして減っ」
「あちらです」
「待っ」
カオルがイライラしている……?
何か余計なことでも言ったかな。実は赤頭巾が相当なモラハラ野郎で、カオルも被害を受けたことがあるとか……? でも、サゴシから聞く限り赤頭巾の主張は真っ当なものだ。なんならチベト勢の次期神官長の方がやりたい放題しているまである。
カオルが立ち止まったのは、どこをどう見てもただの大岩だった。彼女はその大岩の陰を指して、そこからぬるりと入っていった。まるで身体を岩に吸い取られるかのように。
私とイーリアも彼女につづき、その岩陰に身体を滑り込ませる。先に入っていたカオルはランプの火を落とした。中には歩きやすそうな石の通路があり、等間隔でランプもかけられていた。
「ふおおお、ゲームの隠しエリア!? 中田がいたら大興奮だったのに!」
いかにも『山の神殿』とでも名付けたくなる雰囲気だ。異世界しゅごい。
「はは、確かにカズが好みそうな雰囲気だな」
私やイーリアの声が反響して広がる。この空間は全て岩や石でできているのか。
「もしかして洞窟をもとにしてる? こんな標高の高いところに……」
ひた、と私は岩でできた壁や床を触ってみる。ところどころ霜や氷も見られるが、基本的には乾いている印象だ。
山に降った雨水に侵食されてできる鍾乳洞はこんな頂上付近にはできない。すると、地殻変動でできた岩の裂け目とかだろうか。
「ここは、地形を活かし、祖先が岩を掘って造ったものと伝わっております。しかし、何を使って造られたかなどは詳しく伝わっておりません。もし壊れても、今の私達には修復できないのです」
これはまた、昔の魔法士が関与している可能性アリな物件だ。岩をも自在に変化させられる土魔法使いがいたとか、威力抜群のウォーターカッターを放てる水魔法士がいたとか……?
どこかに痕跡はないだろうか。ジョジーを連れてこられたらよかったな。
私はカオルの背中を追って乾いた石の通路を歩きつつ、高い天井を見上げる。上は岩と岩が支え合ってできたかのような、鋭い三角形を思わせる造りに見えた。
……ここで爆弾ミカ坊は無理だな。下手をしたら岩が崩れて全員生き埋めだ。
ぶるり。私は小さな身震いをする。
中をトコトコと進んでゆくと、どこか賑やかな女達の声が聴こえてきた。
つづく




