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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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大間違いだ

 ついに地下鉄乗換……じゃない、石造りのトンネル道が終わった。というか、また外に出た。


「さっむ! すご、空が広い! 樹がないから広い空に星がいっぱい! きれい! きれいすぎて眩しい!! あれっ、もしや雪はあんまり積もってない? なんでなんで!? なんで雪ないの!? でも段違いに寒い!! 風も強い!! これは死ねる!! この程度の装備じゃすぐ死ねる!! これが永久凍土のある世界!? ていうか永久凍土どこ!? すごーい!!」


「ああっミカ様あぶな」


 わーっ、と大はしゃぎで駆け出そうとして、イーリアに「待て」と腕を掴まれた。


「暗闇に飛び出そうとするな。下は岩だらけだぞ、つまづいて怪我でもしたらどうする!」


 怒られた。カオルにはホッと息をつかれた。


「すみません、つい子供みたいにはしゃいでしまって」


 そんなんだからミカ坊とか呼ばれるんすよ、と脳内チャラ男がツッコんでくる。


「はあ、とんでもない好奇心だな。やはりあなたにザコルは必要だ」

「ええそうなんです彼ってすごいんですよ! 私が突然飛び出そうとしてもすぐ捕まえてくれるんです!」

「そのザコルを何度も出し抜いておいてよく言う」

「ふへ、息子さんには苦労ばかりかけてますよね」

「あいつが好きでしていることだ。それに、あなたもあれには苦労させられているだろう。適度に悪さをして、バランスを取ってやっているのも分かっているぞ」


 そんなことを『解って』くれるお母様は、どこの世界でも希少なんじゃないかと思う。ここは『そうだそうだうちの息子に迷惑をかけるな』と言うところだと思うのに。株ってどうしたら上がるんだろうな。


「最近、真面目に悪さしろって言われるんですよね」

「悪さはいいが、命は大事にしろ。あなたは自分の身を軽視するからきらいがある」


 悪さはいいのか……。


 ずっと気になっていたのだが、イーリアが肩に担いでいるのはザコルから引き継いだ氷塊だ。元はといえばエビーが雪を大量に詰めた風呂敷を『爆薬』として私に渡してきたものである。最悪あれで爆弾ミカ坊になれということなのだが、イーリアも了承して持ち歩いてくれていると思っておいていいんだろうか。


「あの、ここはかなり空気が薄いのですが、お二人とも体調に変化はございませんか」


 暗闇の中、ランプを預かるカオルが気遣ってくれた。


「ふっ、誰に聞いている。アカイシは私の庭だぞ」


 どーん。ツルギ山から見て向かい側の高山で年中戦闘を繰り広げている『アカイシの女帝』は、某歌劇団の男役みたいなポーズを決めた。ランプの光と星明かりしかないはずなのに、スポットライトの幻影が視える。


「きゃーっカッコいいですイーリア様! ね、ね、そう思うよねカオルさん!」

「あ、はい、そうですね?」

「ふはは、男子禁制とは素晴らしいな。子爵邸にもそういう『聖域』を作るか。男どもを排除し、姫を独占する口実になろう」

「さっきザコルは必要だっておっしゃってたじゃないですか」

「それはそれ、これはこれだ」


 お前のミカは私のミカだ。という彼女らしいジャイアニズムをにじませつつ。


「それで、あなたはどうなんだ、ミカ。あまり高山には慣れていないだろう」

「平気ですよ。さっきはしゃいだら若干息切れしましたが、そんな程度ですから」


 そういえば。私に宿る自己治癒能力は、高山病にも効くんだろうか。


 高山病は、感染や怪我などによって身体の内外が侵されるのとは違い、酸素濃度が低いという恒常的な環境要因によって起きる症状だ。

 いくら私でも物理的に肺を潰され続ければ窒息するし、パニックで呼吸が増えれば過呼吸を起こしたりもする。だから高山病にも罹ると思っておいた方がいいかもしれない。


「高山病ってどうしたら予防できるんだっけ。そうそう、急に高度差のあるところへ行かず、ゆっくり順応させながら登る…………は、今更だから諦めるとして。あとは、脱水に気をつけるとかだったかな。あの劒岳の小説にはどうして高山病に罹るのかとかまでは描写ないんだよなあ、明治時代だから仕方ないか……」


 ぶつぶつ。


 魔獣に乗って高山に突撃という、いかにも急性高山病になりそうな条件は満たしまくっているが、今の時点で発症していないということは、私はそれほど高山病になりやすいタチではないのかもしれない。


「黒部の山小屋の話にも出てこないんだよなあ……。でも、どんな病にも言えるけど、大事なのは栄養と睡眠だよね。昨日はよく寝たし、さっき干し林檎食べておいたのはよかったはず」


 私はおもむろにカバンから竹製の水筒を取り出した。


「イーリア様。私の飲みかけで申し訳ありませんが、水分補給はいかがですか」

「山酔い防止にか? 私は慣れているからいい。あなたが飲んでおけ」

「分かりました」


 意外だな、私が口をつけたものならと受け取ってもらえると思ったのに。自惚れすぎたか。


「カオルさんはどうですか」

「ご心配にはおよびません。私も山に住まう者ですから」

「ですよねー」


 平地出身は私だけか。そりゃ心配もされるわけだ。私は大人しく自分の水筒から魔法で温めた白湯を飲んだ。


 ずっと歩いているし、今まで歩いていた通路も平坦に見えてゆるやかな勾配があったので、身体はそこそこ温まっている。それでも、永久凍土エリアの強い風や、ブーツの靴底ごしに伝わる大地の冷たさは、小さな人間ごときの体温や体力を容赦なく削りにきていた。


 はふ、と温まった喉の奥から白い湯気が吐き出され、そして風にさらわれていく。


「ここに、わざわざ住んでるなんて……」


 こんな星の果てのような場所で、何の罰を受けているつもりなのか。

 それを『旅』とやらに置いてこられたものが望んでいると思うなら、大間違いだ。


 どうして新しい家族をその手で幸せにしてやらなかったのかと、開口一番で責めてしまいそうな自分を鎮めるように。


 私は白湯をもうひとくち含み、頭上の星空を見上げた。




つづく

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