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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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お客人

 暗闇の中からかけられた声に、イーリアがサッと動き、私とカオルの前に立った。


「カオルや。お客人の前だよ」

「……っ」


 カオルが口をつぐむ。私は、どうやら余計なことを言ってしまったらしい彼女の腕を引っ張り、自分の背後にやった。


「ミカ様、私のことは」

「その声は、長老チベト様の側近のどなたかですね」

「まあ。よくお分かりで。それとも、あなた様には『視えて』おられるんでしょうかねえ」

「いえ? こんな暗闇では何も見えませんよ。単に耳が覚えていただけです」


 見えてはならぬ何かが『視えて』いるんじゃないのかというカマ掛けを華麗にスルーし、私はポケットにあった白いハンカチで雑に顔をぬぐった。さっきザコルがハグしたついでに入れてくれたものだ。どうせ一度や二度は泣くだろうと思われていたらしい。当たりである。


 不思議なもので、涙を拭くとスーッと気持ちが落ち着いた。このハンカチで何度も顔を拭いてくれた人の困ったような表情が思い浮かび、自然と口の端が持ち上がる。


「そちらこそ、ランプも持たずによく足元が見えますね」

「慣れた道ですから、見えずともつまづきはしません。この先に住まう『頑固者』のために、服や食べ物なんかを運んでやったのは私どもでございますので」


 頑固者……。カオルが母親をそんな風に表現していた。どうやらかなり序盤から会話を聴かれていたらしい。


「そうですか、それは大変ですね。入り口からもかなり遠いですし」


 ここで言う入り口とは、ミリューが降り立った建物の入り口を指す。

 終始狭く一列に並ばないと歩けないような通路は、当然馬などの家畜を入れることなどできない。女性の身でこの長い距離を物資を担ぎ歩いているとしたら、かなりの重労働だ。


「おや、人ごとでございますか」


 お礼でも言えってか?


「私はお客人ですからね」

「まあまあ、あなた様は『お客人』ではございませんよ。主が身内の証をお渡ししていますでしょう」

「身内の証って、この三角頭巾のことですか」


 私はカバンから、丁寧に畳んだそれを取り出す。


「着けてはくださらないのですか」

「長老様の御前では着けさせていただきます。これは、あまり軽々しく扱ってはいけないもののようなので」

「よくお調べになりましたねえ」


 ヒョヒョ、と長老チベトと同じような嗤い声が聴こえる。からかわれているのか、試されているのか。


「自分で調べたわけじゃありません。オーレン様やジーロ様に指摘されただけですよ。私、この世界においては、まだまだ赤子同然の世間知らずなんです」


 まあ、私でなくともこの三角頭巾に施された刺繍の意味は知らない人の方が多いと思うが。


「どうか、それを大事になさってください。その深緑色は『チベト』の名を継ぐ家系色。今のチベトが亡くなりますと、順番的に他の家系に王が移ります。そうすれば、勢力図が変わってきますから」


「王が、他の、家系に?」


 そうか、王族を名乗れる家系が他にもあるのか。そういえば集落はいくつかあるんだったな。御三家みたいな感じか。


「あなた様はお優しい方。争いの種になりたくないのなら、どうか『チベト』の色を大事になさってください」

「……えっと、この深緑色を着けていると、チベト様チームに入ってますよ的なアピールになる、ってことですか?」

「シリルやラーマはまだ御しやすいですが、他の家の神官があなた様に目をつけたら争いになりましょう。しかし、それを着けている限り、あなた様は『チベト』の一員。我々が虫除けまで行ってさしあげます」

「他の家の神官に目をつけられる……? あの別に、私、山の民の里に政治をしにきたわけでは」

「ささ、参りましょう」


 質問および反論は受け付けてもらえず、声だけの相手はそのままスッと気配が遠ざかった。


「わあ、足音もしないしタダモノじゃない……!」

「まるで幽体だな」


 イーリアが気持ちの悪いものを見るような声でつぶやく。幽体か、この世界にもオバケの概念はあるらしい。


「ごめんなさい、ミカ様……私が余計なことをしたばかりに、あなた様を無防備なままここへ」

「謝るの禁止でお願いします、カオルさん。次、謝ってきたらこのミカが泣きますからね」

「ふはっ。ミカはまたそれか」


 かつて、泣いては行けない二十四時に付き合わされたことのあるイーリアが吹き出す。あの時は魔力枯渇が問題だったのだか、今日は違う。


「いやあ、この先に視える人がいると厄介ですからねえ」


 あははー。


「……おい。なぜ無防備に泣いた」

「すみませんもう泣きません」


 怒られた。


 そう、涙に含まれる治癒の力は、白い光の塊になって『視える』そうなのだ。能力者シシ談である。


 気落ちした様子のカオルにランプを渡し、私達は再び歩き出した。




つづく

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