星の果て
「通称『女神の寝所』とは、男性の神官達ではなく、長老を含む女衆のみで守る、里随一の聖域で」
聖域について説明するカオルの声だけが堅牢な石造りの通路に響いている。
通路の横幅は大人ふたりがやっと並んで歩ける程度で、天井はやけに低い。どれくらい低いかというと、女性としては長身のイーリアが頭をすらないかとハラハラしてしまうくらいだ。
さっきから感じる妙な息苦しさは、高山ゆえの空気の薄さが原因と思っていたが、この頭スレスレすぎる低天井による心理的圧迫もある気がする。
なんでこんなに低いんだろう、と考えてすぐ、男子禁制だからか、と私は拳を打った。きっとそうだ。背の高い人間が侵入したとしても、進みにくいように設計されているのだ。
まあ、それはそれとして。
「都心の地下鉄乗り換え並みに距離あるな……」
乗換案内を信じて歩き出した結果、とても改札内とは思えない距離を歩かされたのも今となってはいい思い出、なのかもしれない。乗換所要時間が異様に長く設定されていることを見落とした私も私だったのだが。
「ミカ、大丈夫か」
「休憩いたしましょうか?」
「あ、大丈夫ですすみません。疲れているわけではないんです。ただちょっと以前の生活を思い出してうんざりしただけでして」
ごった返した地下鉄ホーム。出口がありすぎて正解の分からない地下道。人波の中、立ち止まることも許されず、冷たいタイルとコンクリートの海を泳ぐ私は大都会の回遊魚……………………
「この先の地面は完全に凍っています。夏が来てもずっと冷たいまま、氷も溶けないのですよ」
「夏も溶けないって……それって永久凍土!? すごい!!」
ジメジメ地下道? を歩いていたら、いつの間にか星の果てのような場所に到着していました。コンクリートジャングルポエムなんぞ詠んでいる場合じゃなかった。
永久凍土だなんて、私のような本と仕事しか趣味のない超インドア派では、いっそ拉致られでもしない限り行かない場所の筆頭だ。そんな場所に魔獣の背に乗って弾丸ツアー。やっぱり異世界はしゅごい。
どうやらここは、ミリューが最初に降り立った場所から見えた岩山の足元あたりのようだ。あのスタート地点と岩山の間には、森林限界を迎えただだっ広い平原が広がっているように見えたが、その平原には今歩いてきた地下道のような通路が隠されていたらしい。
惜しいな、トンネル狂のお兄様がここにいたら大興奮間違いなしだったのに。
「あ、永久凍土ってことはもしかして、水が永遠に眠る場所ってことで『女神の寝所』と呼ばれるようになったとか?」
山の民と山派貴族領の人々が信仰する山神様は、ツルギ山の水源に宿る豊穣の女神だ。水そのものを神格化しているなら由来としてあり得なくもないと思ったが。
「……あそこは、出家した女を囲う檻なのです」
「檻、ですか」
「私を産んだ実の母は、私を十歳まで育てたのち、義務を果たしたからと自ら檻に入りました。旅の途中で置いてきてしまったもののため、生涯祈りを捧げると言って」
「…………十歳?」
カオルの言葉に私は足を止める。そんな私に合わせ、カオルとイーリアもその場に立ち止まった。
「旅の詳細について、私は知りません。十歳以降は今の夫の家に預けられ、義父母によって育てられたので、実母の記憶自体も少ないです。ただ、お前には姉がいたんだよと、私の髪を梳かしながらポツリと言っていたことだけは、おぼろげな記憶の中に残っていました」
髪を梳かしながら……。私に残るのは、母ではなく祖母が髪を梳かしてくれた記憶だ。守られるより守る側になれと、繰り返し刷り込まれた記憶。
「本当かどうか分からないけれど、もしどこかで生きているなら会ってみたいと思っていました。母は高齢で私を産み、他にきょうだいは作りませんでしたから……」
カオルはランプを下げてうつむく。暗くてその表情はよく見えない。
「どうして」
「申し訳ありません、私、どうしても気持ちがはやって。本当に会いに来てくれるのかと、不安になって。あのコマという人に」
「どうして……っ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、姉さ」
「どうして!! あなたまで十歳で捨てられてるの!? なんで!? 家族に囲まれて幸せに暮らしてるんじゃないの! どうして、私のせい!?」
「っ!? ちがっ、違いま」
「どうして! どうして寂しい思いをしているの!! なんで」
「落ち着け、ミカ。大丈夫だ。カオルは子にも恵まれて幸せに」
イーリアが私の肩に手を添える。私は首を勢いよく横に振った。
「幸せだったらっ、こんな異世界から迷い込んだ変な女、ここに呼ぼうだなんて思いませんよっ! わざわざミリナ様を人質にしてまで。この子に、ここまでさせるなんて……!!」
「ああ、泣かないで、泣かないでくださいミカ様!」
カシャン、ランプを床に放り、カオルが駆け寄ってくる。
「幸せなら引っ掻き回したくなかった。私なんかのために壊してほしくなかった。なのに……っ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「謝らないで、謝るのは私だよ! ごめんね、ごめんね、私のせいで」
「……っ、あなたのせいなわけないでしょ!? ここに呼び出したのは私なんですから。母を喚び戻したのだって、おそらくは」
「カオル」
通路の向こうから、年配女性の声がした。私とカオルは揃って顔を上げた。
つづく




