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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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礼くらい素直に受け取ってやらんか

ミカ視点に戻ります。

◇ ◇ ◇


 ひた、ひた、ひた。暗く閉塞感のある石造りの通路を女三人で歩いていく。


 夜が深まるにつれ気温も下がってきた。ここは高山だし、冷え込みは麓よりも激しい……のだろうが、平地でしか暮らしたことのなかった私には、麓と山中の気温の差を正確に想像することはできない。


 時間的には夕飯時。今時点での室温は、外気に比べればまだ暖かいがここで寝るとなったら寒すぎる、くらいのレベル。


 しかし寒くとも湿度は高い。雪降らぬ地域で育った私の中で、寒さと乾燥は常にセットだったが、ここ雪国では当然違う。

 また、湿度はあった方が暖かく感じるものと思い込んでいたが、気温が下がるほど、顔や手にまとわりつく湿気が体感的な寒さを加速させることも、文字通り『肌で』知った。


 水害の夜に人間達をいじめた冷たい雨を思い出す。水によって体温が奪われる現象は、固体でも液体でも、そして気体でも同じことが言えるらしい。


「ミカ様。その節は、夫や子供達ともども、大変お世話になりました」


 ランプを持って先導するカオルが、歩きながら私に一礼する。


「あ、いえいえこちらこそです。何ならこちらの方がお世話になったほどで」


 ラーマ達には荷馬車と人足をガッツリ借りた。女衆にはカリューからの避難民の世話に、当時は私の護衛補助までしてもらった。リラにもたくさん癒してもらったし……。お礼を言うのは明らかに私の方である。


「そんなことは……!」

「ミカよ。かの水害の件で山の民に礼をすべきは、あなたではなくサカシータ家だぞ」

「えっ」


 背後にいた侍女にツッコまれた。アカイシの女帝という二つ名を持った、大物侍女に。


「でも、女衆の皆さんには私の護衛補助も」

「その護衛補助とて、本来サカシータの者が担うべきだったのだ。緊急時ということで肩代わりしてくれた彼らには、私やマージ、ザコルからも謝意を示している」

「それはそうかもしれませんが……」


 そのことと、護ってもらった本人である私が礼を言う言わないは別問題な気もするのだが。


「このカオルの気持ちに立ってみろ。目の前で死にかけた夫と子の命が救われたのだぞ。妻として母親として、あなたとザコルにどれだけ感謝しているか。礼くらい素直に受け取ってやらんか」


 叱られた……。しかし、それもそうかもしれないな、と思い直した。


「すみません、つい言い返してしまって。感謝のお気持ち受け取りました。シリルくん達が元気になってくれて私も嬉しいです。リラちゃんも相変わらずっていうか、本当にいい子ですよね。会いにきてよかった」

「……っ、いいえ、いいえ。ミカ様こそ、相変わらず慈愛の塊のようなお方です」

「言い過ぎですよう」


 私は決して博愛主義ではない。山の民にしろサカシータの民にしろ、ザコルの故郷の人達と思えばこそ力になりたかった、それだけだ。


 背後のイーリアがふっと笑う。


「カオルよ。この姫は難儀な性格でな。感謝されたり褒められたりすると、どうしても腰が引けてしまうのだ」


 侍女の私への理解度が高いな……。


「えっと、すみません。お礼とかあまり言われ慣れてないもので」

「まさか。あんなに人に尽くす方が、お礼を言われないだなんてことがありますか?」

「うーん、元の世界ではボランティアとかする余裕はなかったので……。基本的に生活のための仕事や家事に追われて生きてきました。大人になると、して当然のことにお礼を言われることって少ないですよね」

「それはそうかもしれませんが……。尽くすばかりで、お疲れになってしまうことはなかったのですか?」

「自分を憐れむな、守られるより守る側になれ」

「……っ」


 カオルが息を飲んだ気がした。


「って、育ててくれた祖母の口癖だったんです。その教えのせいか、自分は人に何かしてもらうより、人に何かしてる方が正しい状態だと思っている節があって。だから、お礼を言われるかどうかは自分の中で重要じゃなかったんですよ」


 たまに仕事をはみだした『おせっかい』を焼くことがあっても、感謝されることは目的じゃない。

 だから、手助けしたと相手に気づかれないならそれでいいし、出しゃばりと鬱陶しく思われても仕方ない、やらないよりは自分の精神衛生上マシだから……などと内心言い訳しながら、親切を押し売りするのが私だった。


 そんな自分勝手な尽くし方で、人に感謝されようなどと思うだけでも図々しい。今もそんな意識を捨てきれていない。


「でも、山の民の皆さんもサカシータの皆さんもいい人ばかりで、こんな私にたくさんお礼や褒め言葉を贈ってくれます。嬉しいはずなのに、どうしたらいいのか分からなくなっちゃって。ふふ、コミュ障すぎますよねえ」

「守られるより、守る側になれ……」

「カオルさん?」

「っ、あっ、いえ。同じようなことを、うちの母も言っていたなと思いまして」

「お母さんが」

「ええ、少し頑固なところがあるんですよ。自分はお礼を言われるためにこうしてるんじゃないとか、当然のことをしているのを褒められるのは筋違いだとかって」


 それって……。


「頑固だと言われているぞミカ」

「ふへ、そうですねえ」

「ちっ、違います違います!」


 慌てて否定するカオルに、ちがうからね!? と必死で言い募るシリルが重なる。親子というのはやはり似るものなのだな、とぼんやり思う。


「……ミカ様?」

「あ、すみません脳がエコモードになってました。カオルさん、質問してもいいでしょうか」

「はい、何なりと」

「今から行く『女神の寝所』とは、どんな場所なんでしょうか。失礼があってはいけないので、予習しておきたいんですが」

「……予習ですって。ああ、なんて真面目でしっかりした方なのかしら。シリルもこんな子に育ってくれたらいいのに!」

「いえ、シリルくんは充分ちゃんとしてますし、というか十一歳はまだのびしろしかないですよ」


 二十六にもなった大人と比べてやらないでほしい。大人なので色々あって予習復習のメリットを切実に理解しているだけであって、今を生きる小学生にそれを説いたとて半分も響かないのが普通だろう。


 聖域まではそこからも随分と距離があったので、カオル先生からしっかり予習させてもらうことができた。




つづく

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