補給完了
突然壁が開いたところから出てきたカオルは、そこに集まった顔ぶれに視線を走らせた。
ゴクリ。騒いでいた男子達は、彼女の息子も含め、一斉に黙った。
「お久しぶりでございます、ミカ様、ザコル様、護衛の皆様。ようこそおいでくださいました」
改めて挨拶し直した彼女は、私達が突然来たことに驚いてはいないようだった。イーリアとマージは完全に気配を絶っており、おそらくカオルは感知できていない。まあ、見るからに戦闘員じゃなさそうだしな……。
どこかに潜んでいるであろうサゴシ、メリー、ペータの三人についてもまだ気付かれていない、と思う。
「それと、ラーマ、あなた……」
「言いたいことは分かります、カオル」
「はあ、何かしら」
全く温度のこもらない目つきのまま、カオルは返した。
「なぜここにいる、と言いたいのでしょう」
「解っているのならば即刻去りなさい。誰の許可を得てここにいるのです」
ヒュオオオ……。室内だし外は晴れているはずなのに吹雪の幻影が見える。
「えっと母ちゃん、あの」
「黙っていなさいシリル。ラーマ、あなたの存在は息子にも悪影きょ」
「すみませんカオルさん」
申し訳ないとは思いつつ割り込ませてもらう。
「私が同行をお願いしました。初めての場所なので案内がほしかったんです。勝手をしてごめんなさい……」
「まあ、そうだったのですね。ミカ様が謝られる必要などございません。どうぞどうぞ、お好きにお使いください!」
にこにこ。彼女は一転して笑顔になった。さっきとの温度差がエグすぎて風邪をひきそうだ。
ラーマは私の横で黙って一礼した。庇ってくれてありがとうと言いたいのだろうが、最終的に連れていくと決めたのは私だ。恩を感じる必要などないのに。
というか、最近は彼ばかりが酷い扱いを受けている気がする。私なんぞに関わらなければこんな目にも遭わなかったろうに……。
「ミカ様。早速ですが、どうぞ奥へ」
「その、奥の方は男子禁制とうかがったんですが」
「はい。その通りです。この先にあるのは『女神の寝所』。慣しにより、男性の方をお通しすることはできません。ですがご安心ください。奥にはミリナ様もいらっしゃいますから」
「私達、そのミリナ様の無事を確認しに来たんですよねえ……」
なのでミリナがいると言われても、私自身の安心材料にはならないのだが。
「ミリナ様の無事を? 何かご心配事が?」
キョトン、カオルは首をかしげた。
「私達、オーレン様から『ミリナ様が私を聖人として迎えるために修行をすると言い出した』と聞いて来たんです。教義で身を染めるため、三日三晩山のものだけを口にし、山神様がもたらす恵みの水を全身に浴びながら祈りを捧げるのだと」
「恵みの水を全身に……確かに、浴びるようにはなさっておりますが」
「えっ、浴びてるんですか!? 本当に!? 彼女最近まですごく消耗してたんです病み上がりなんです今すぐ止めなきゃ!!」
私は思わず走り出そうとしたが、ガッと腕を掴まれた。
「待ってください、ミカ」
「ザコル、ギャグじゃなかったみたいなので行かないと……っ、あ」
ぐい。急に抱き寄せられて、耳元に口を寄せられる。
…………魔法陣に注意を。
ごくごく小さな声で言われたが、彼の言葉はしっかりと耳に入った。
「補給ですか?」
私は小さくうなずきつつ、あえて聴こえなかったようなフリで声をかける。
「ええ、離れる前に補給させてください。僕は、ずっとここで待っていますから。姉上のことをどうかよろしくお願いします」
「はい。ちゃんとお止めしてきますね」
ぎゅー。せっかくなので私からもザコルを抱きしめ返す。
「よし、補給完了。イリヤくん、心配しないでね。もし本当に滝行なんかしてたら、その滝壺ごとお湯にしてすぐ温めてさしあげるからね」
「はい。ミカさまは、母さまをかならず助けてくれますから。僕、いい子でまってます」
信頼度めちゃ高いな。これは失敗できないぞ。
私はそんなイリヤの隣にいる幼女の方を向いた。
「リラは? 一緒に行かないの?」
彼女は幼いが、気配を絶っているイーリアとマージを除けば唯一の女性だ。というかお母さんと一緒にいなくていいんだろうか。
「リラ、おそとでまってるよ。シリルがおとこのこで、ひとりになっちゃうから、いっしょにいてあげるの」
『いい子か!』
思わず叫んだら声がハモリ、同じく叫んだエビーと顔を見合わせてしまった。
「ミカ殿。お子様方のお相手はお任せください。先ほどコマ殿がいらしたお部屋でお待ちいたしましょう」
テイラー家で幼いオリヴァーの遊び相手をしていたタイタが微笑む。
「シリル。迷惑をおかけしないでちょうだい」
「分かってるよ、母ちゃん。ちゃんと面倒みとくから」
実際のところ、母親から『一緒にいてやるように』と頼まれたのは、妹ではなく兄の方なのだろう。
少なくとも子供に聴かせられない話をするようだ。やはり滝行を止めるだけでは済みそうにない、と私は気を重くする。
カオルがいる穴の中へと足を踏み出すと、後ろから音もなくついてくる人がいる。
「……あら?」
「久しぶりだな、カオルよ。私の顔は忘れたか」
「こ、これは、サカシータ子爵夫人様。失礼いたしました。いつからそちらに」
「イーリアでいい。私も所詮は聖域を護る番犬の一匹だ。ただし本日は、こちらの姫の侍女として参った」
「侍女、ですか」
「ああ。ついていくが、問題はなかろう」
姫は侍女を連れ歩くものだ。単独で動くことは滅多にない。
カオルは一瞬考えるような素振りを見せたが「ご案内します」と一礼し、穴の中へときびすを返した。
つづく




