ニセモノ
シリルいわく『知ってるオッサン』ことジーロが現れました。
「どうしてこんなところにいるんですか、ジーロ兄様。姉上はどうしたんです」
「俺とコマ殿は締め出されているのだ。男子禁制だとか言われてな。それよりザコル、なぜ異界姫を連れてきた。父には母上を連れてこいと言ったはずだが。というか父はどこだ」
「連れてきても役立ちそうにないので、町長代理としてシータイに置いてきました」
ぶっ、とジーロが小さく吹き出す。
「当主を役に立たんから置いてきたとは。相変わらず最高だなお前は……。で、町長代理だと?」
彼はキョロ、と見回して列の中にマージがいることを認めると「ふむ」とうなずいた。
「護衛の補助か?」
「ミカが指名しました」
「なるほど、いい人選だ。お前ら男ばかりだしな。しかし、シータイの民は迷惑していないのか」
「モリヤとララとゴーシが面倒をみてくれるそうですから、書類に判くらいは押せるでしょう。民も物珍しさで喜んでいましたよ」
姿を現すだけで幸運の兆しと喜ばれる。これぞサカシータ名物、妖精領主なのである。
「それならいい。で、なぜ異界娘を連れてきた。今は正直……いや」
迎えるには万全と言い難いぞ、と彼は言外ににじませる。
「それはくだんのクソ父が、ミリナ姉上が修行と称して三日三晩水浴びをするらしい、と騒ぎ立てたからです」
「はあ? 水浴びだと? 何だそれは、そんなことをしたら姉上が死ぬではないか。というか俺はそんな話聞いていない!」
「そうですか。クソ父はそこのクソコマに聞いたようなことを言っていましたが」
じっ、兄弟の目がコマの方を向く。
「俺は次期神官長の命令で言わされただけだ」
「……ほう? シリルお前」
「え、ちょっ、違うって!」
ジーロににらまれたシリルが慌てて否定する。子供にしては勇気と決断力にあふれる彼だが、知ってるオッサンに怒られるのは怖いのか。
「へっ、何今更ビビってんだ。一応チベトにもチクっといてやろうと思ったんだがな、さっさと奥に引っ込みやがってあの女」
「………………」
共犯だとゲロっておいてケロッとしているコマにジーロが目をすがめる。
「……ふん、まあいい。それで、異界娘は姉上を心配して来てくれたのか?」
ん? とやけに優しい声音で問われる。なんとなく、シリルよりも子供扱いされているような気が……。
「まあ、そうですね。本当に滝行なさるおつもりならシャレにならないので。それに、なぜそんなギャグをかましてまで私を呼びつけたかったのか、その理由も気になりまして」
「ギャグ……。釣りだと解っていて来たのか? 相変わらず強気だな。まあ安心しろ。何かあったらこの俺が壁をぶち抜いてでも逃がしてやる」
「いいんですか。山の民の皆さんやジーロ様にとっては『壊すとマズい壁』だらけでしょう?」
壊してもいい壁と壊すとマズい壁は覚えておけよ、とは、ジーロが真面目な甥達にした助言だ。
「今を生きる人間の無事以上に優先される壁などないさ」
そう言ってジーロは穏やかな笑みを私に向けた。
「ちがう」
じと。
「なんだ、シリル」
「やっぱりあの隊長……ジーロ様は、ニセモノだと思う」
「だそうだ、ラーマ」
「は? え、い、いやあ、はは」
話を振られ、つい一昨日ジーロがジーロじゃないと騒いでいたラーマは目を泳がせた。
「シリル、この方は確かにサカシータ騎士団第一歩兵隊隊長のジーロ様です。ご家族であるザコル様や子爵夫人様もそうおっしゃっていますから」
「でもさラーマ、言ってることがぜんぜん違うよ。いつものジーロ隊長なら、俺らがちょっと古い建物とか石像とかにモノぶつけただけで『お前らガキは怪我しても治るが遺跡は失われたら元に戻らん』とか言って怒るじゃん。それなのにあの人、俺が壁ぶち抜いてやるからな、キラーン、ってカッコつけてんだけどなにあれ」
「それは、まあ……」
ラーマも言葉に詰まった。どこかで小さく吹き出す声がする。エビーだな。
「お姉さ……ミカ様も! あんなニセモノに騙されないで!」
「えっと」
私は仙人モードの彼をこの目で見ている。そこからのビフォーアフターも見届け、何なら手助けまでしており、この後に及んで騙されるのは逆に難しいのだが……。
「はあ、分かっとらんなあ、シリルよ。この異界娘こそは未来に遺る重要な史跡そのものなのだ。この娘の存在は、百年先や二百年先も必ずや語り継がれていることだろう。ヘタをすれば千年先でもな。それをつまらんことで台無しにすれば、こんな壁以上の損失になるとは思わんか」
「それも、まあ、確かに……」
うん、うん。ラーマが重々しくうなずく。いや、千年も語られるほどのことした覚えないんですけど……。というか私って既に遺跡扱いなのか。ジーロが優しいのもうなずける、ような気もする。
「俺ら山の民のガキだって重要なんですけどー? お前ら立場を自覚しろとか、血の義務を果たせとか、色々言うじゃんかー!」
「それは仕方ないな、聖域に生きるもののさだめというやつだ」
むうう、シリルは何を言っても響かないジーロにイライラしだした。
「あー分かった。ジーロ様が本物だっていうならさ、ミカ様がかわいい女の人だからヒイキしてんだ絶対! ひーいーき! ひーいーき!」
ついに小学生男子みたいなコールを始めた。というか十一歳はまだ小学生か。テイラー家の十一歳もこんなノリでザコルに絡んでいたなと懐かしくなる。つまり、シリルもジーロに構ってほしいのだ。
「ふふ。シリルくん。ジーロ様は熟女好きだから、そんな理由では優しくしてくれないよ」
せめて還暦くらいは迎えてからでないと。
「そんなのわかんないよ、だってミカ様かわいいもん! なんか守んなきゃって思っちゃうもん!」
「ほう、お前はそんな動機で異界娘を呼び出して囲おうとしているのか」
「ちっ、ちがうし!! ミカ様っ、ちがうからね!?」
「うんうん。君が、あちこちから狙われてる私を心底心配してくれてるのは知ってるよ、シリルくん。あと、どっちかといえばザコルのファンだよね君。ザコルに来てほしかったんじゃないの」
「あ、うん、ザコル様には絶対会いたかった!」
あっさり。
「ほおおう? 俺のかわいい弟を囲おうとはいい度胸だなシリル」
ギン。あれ、話をそらそうと思ったのに逆に目の色が変わったぞ。
「……っ、あーあ、ザコル様が隊長ならよかったなあ!」
「シリル、ジーロ様に失礼でしょう! 長年、山と同化するほど真剣に護ってくださる方に」
一瞬怯んだもののなおもへらず口を叩くシリルを、ラーマがさすがにと咎める。
「ああ、そこは俺が護りたくて護っているのだから構わんぞラーマ」
「しかしジーロ様」
ジーロはいい、いい、とラーマを制する。そんなジーロを見てか、シリルは咎められるよりも気まずい顔になった。
「シリル。あの通り、ジーロ兄様以上にツルギの番犬としてふさわしい者は我が家にいませんよ」
「……っでもニセモノだもん。ザコル様、後でドングリ砲投げてください! 俺、あれが忘れられなくて!」
「ドングリが減りますよ」
「もう投げすぎてみんなヒビ入っちゃってるよ。母ちゃんが今度、代わりに投げるもの用意してくれるって」
「それなら……」
「おいザコルに優しくされるな。俺の弟だぞ!」
「ザコル様はみんなに優しいもん!」
「いや、それはどーすかねえ……」
収集がつかなくなってきたところに、うちのツッコミ担当が参戦しようとしたところで。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
と、壁だと思っていた所が急に動き出し、ぽっかりと大きな口を開けた。
「ミカ様。お待ちしておりました」
その中で一礼したのは、シリルとリラの母、カオルだった。
つづく




