次期神官長!!
こっからは俺が案内してやる、と立ち上がったコマの後ろを皆でぞろぞろとついていく。コマがいた小部屋の奥に扉があり、そこからはまた狭い通路がのびていた。
「コマさんって酒は酔わねえんすか」
「酒はうまい」
「うまい、ってどっちだよ。つーかあんなに飲んでて大丈夫すか」
さっきまでコマの横にあったサイドテーブルには、マグカップと大量のワイン瓶が並べられていた。決して広いとは言えないテーブル面に、それはもうギッチリと。
「俺様があの程度で酔うわけねえだろがこのボケカス金髪」
「だから酔わねえのかって訊いてんだろがこの酔っぱらいロリジジイ」
通路には先頭を歩くエビーとコマのやり取りだけが響く。緊張感は皆無だな……。
「ミカ。用心しろ」
「イーリア様」
さっきから気配を絶っている女帝が小声で話しかけてきた。
「マージを連れてきて正解だったな。あなたの言う通り、これは罠だ」
「………………」
罠というか、何らかの思惑があって呼ばれたんだろうとは思う。
イーリアだって、ミリナが滝行するというギャグを百パーセント本気にしていたわけではあるまい。問題は、何故ギャグをかましてまで私をおびき寄せようとしたか、である。
まあ、罠なら罠でもいい。その時は爆弾ミカ坊の出番というだけだ。
「お姉さん、いえ、ミカ様。ごめんなさい!!」
「もう謝らなくていいよ。でも、シリルくんが張った罠なら急ぐ必要なかったかな。どうせそのうち行くんだし、やっぱり今日いきなり来なくても」
「えっ、どうせ行く? 来るつもり、だったの?」
きょと。少年は首を傾げた。
「? そう聞かなかった? 先触れの皆さんに」
「先触れって、あれでしょ。こないだの、あの町医者の人と、自称ジーロ様が二人で来たやつ」
自称ジーロ様……。シリルもまたラーマと同じく仙人モードのジーロを見慣れていたようで、小綺麗になった美男子ジーロをジーロと認識できていないようだった。
「あれは先触れの先触れだよ、ややこしいけど」
「先触れの先触れ……? で、でもさ、今回は来るのかと思って楽しみにしてたんだよ俺。なのに、子爵様やミリナ様はいても二人はいないし、てっきり、もう来るつもりないのかと思って……」
あの二人、どうしたら来てくれるかな。そう、彼はこぼしたのだろう。そのつぶやきに『あの聖女のことなので、誰かのピンチだとでも伝えさせれば心配して飛んで来るに違いない』と答えた者がいる。
今のところ事件関与が疑われるのはあそこでうちのチャラ男としょうもない喧嘩をしているジークの酔っぱらい工作員だ。教唆したかどうかは知らないが、確実に共犯ではある。
「やだなあ、会いに行くって約束したでしょ。直接文句も言いたかったしね」
「文句……えっと、勝手に像を作ったのも、ごめんなさい!!」
勝手に像。
私は、ヌマの町長令嬢マリモの『こちらせんじつやまのたみのじきしんかんちょーさまがほうのうされたぞうです』、『じきしんかんちょーさまは、これをせいじょさまとおもって、よくあがめるようにとおっしゃいました!』という、無垢なる台詞を思い出していた。
「……うん。それはね、もうね、本当に……っ、あーもう! 何してくれてんの次期神官長!! よりによって山神様の隣に置かれてるし! もう供物とか捧げられてて回収もできないし! 私は自分を聖女だなんて名乗ったことは一度もないのに! もーっ!!」
私は拳を上げた。そしてやり場を失って漫画のようにブンブン振る羽目になった。私は主人公の所業にキレる某猫型ロボットじゃないんだぞ。
「やべ、めちゃ怒ってるどうしよう」
「シリル。詫びるつもりがあるなら、あれをもう一体彫って僕にください。ミカは僕の方でなだめておきましょう」
「ザコルは黙っててくださいよっ」
むっ。ザコルの眉間に皺が寄る。
「僕だってミカの人形が欲しいんです。ミカは僕の人形を持っているんだからいいじゃないですか」
「私の偶像がこれ以上増えたら発狂しますから!!」
「それは僕の台詞です」
ザコルと私まで喧嘩し始めたせいで、狭い通路は一気に賑やかになった。
「ねえ、リラちゃん。僕の母さまに会った?」
「うん! ミリナさま、でしょ。やさしくてキレイなひと!」
「そうなんだ! 僕の母さまはとってもやさしいんだ。くふふっ、ありがとうリラちゃん。そのふく、ステキだね。ミカさまがよくはいてるスカートとにてる」
「ミカのスカートはね、リラたちがえらんであげたんだよ! チッカのやたいでね、いーっぱいかってってくれたの!」
「いいなあ、僕もチッカにいってみたいなあ」
イリヤは信頼するコマから母親の無事を聞いたことで、気持ちがかなり楽になったようだ。
「ていうか、あのジーロ様って本当にジーロ様なの? タイタさん」
シリルは言い合う私達を放置してタイタに質問し始めた。本当に詫びる気があるのか次期神官長。
「ええ、ジーロ様でございますよシリル殿。ザコル殿とミカ殿が入浴を促し、髪を整えて差し上げたと聞いております」
「入浴と髪……そんなことであんな別人になる? なんかいい匂いとかするし、すげー貴族みたいだったよ?」
「ジーロ様は貴族の子息でいらっしゃいますが」
ジーロは自分でも『世辞にも無臭ではなかったはず』と言っていた通り、子爵邸に参上した当初は獣臭のような腐敗臭のような、強烈なにおいを発していた。そして騎士団所属の人々にも汚れた猪だの薮そのものだのと言われていた通り、人としてのフォルムを忘れ、山と同化しているという表現がぴたりと当てはまっていた。
「俺を噂したかシリル。照れるじゃないか」
「そうっ、そんでめっちゃキザなこと言ってくんの! あの顔で! 知ってるオッサンだって分かっててもどきどきするから嫌なんだけど!」
「そうかそうか。そんなに俺の顔が好きか。特別に愛を囁いてやってもいいぞ。ん?」
「……ん? 愛?」
シリルは、背後から顎を取って顔をのぞき込まれ、目を丸くした。
「わあああああああ!? ジーロ様!! やめてよびっくりするだろっ!!」
「ははは。愛いやつめ」
いつの間にか列に加わっていたその人に、少年は飛び上がった。
つづく




