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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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絵の中

 細く長く、カーブを描く狭い通路。同じ景色をひたすら歩き、たまに横穴に入る。

 ……なんというか既視感がすごい。


「シリルさん、シリルさん」

「ん? なんですか、イリヤ様」

「イリヤでいいです。ここは絵の中ですか?」

「絵? うーん、そうなのかなあ。俺、道順は分かってるけど、実はよく知らないんだよね」

「そうなんだ……。リアおばあさま」

「ああ、そうだなイリヤ。『絵』だ。おそらくな」


 絵の中。イリヤは敢えてそうぼかした言い方をした。


「あの子、やっぱり天才なんですかねえ」


 状況を見て、核心を突かずに事実確認ができる。あれで七歳だなんて。単純に口も固いし、ミリナの教育の賜物もあるだろうが、元々貴族としての資質が高いのだ。


「イリヤは天才ですよ。ゴーシもですが」


 彼らの叔父、もといザコルの背中が心なしか得意げである。私もゴーシはまた違った意味で天才だと思う。


 イリヤが空間を『絵』と表現したのはこれが二度目だ。一度目は子爵邸の地下、『深部』と呼ばれた場所でのことだった。


「何の『絵』なんですかねえ。闇っぽい気配は今のところ感じないですけど」

「さあ。今の時点ではおおよその大きさくらいしか判りませんね。それも『あの絵』よりは広く『あの絵』よりは狭いとしか」


 おおよその大きさ……。ここにはさっき入ったばかりだというのに。

 想像通りならこの施設は円形だ。ザコルは最初に入った通路のカーブ具合だけで、感覚で施設の規模を割り出したのだろう。野生並みの空間認識能力はもちろん、工作員として様々な施設に潜入した経験のあるザコルだからこそできる離れ業だ。


「今日もうちの彼ぴがしゅごい」

「ええ、ええ。それなでございます」


 独り言に背後の執行人がうんうんとうなずいた。


 ちなみに、ザコルの言う『あの絵』と『あの絵』とは、子爵邸地下の魔法陣機構と、そしてオースト国王都の地下にある魔法陣機構を指している。地上または地下に壁や通路を建設することによって、一帯に常設の魔法陣を形成するという大がかりな機構だ。当然、その機構の形成に携わったのは当時の王や領主などの権威者だろう。個人の手に負えるレベルではない。

 ……ギリギリ個人で王都の機構を勝手に手入れしていた大商会会頭もいるにはいるが。


「姐さんに、これ」

「エビーからです、ミカ殿」

「え、何これ。でかっ」


 後方のエビーからタイタを通じて、やたらと大きな風呂敷包みが届いた。持ってみるとやたらに重いし、やたらに冷たい。そして風呂敷の底は湿っている。


「……エビーはこれで雪合戦でもしろって?」


 包みを抱えた私の質問にタイタは困った顔になり、そして自分の懐を探ってみっちり膨らんだ巾着袋を取り出した。


「ドングリもございます!」

「ふっ、ふふっ。まだそんなに持ち歩いてたの」


 緊張はどこかへ行った。やはり私達はゆるゆるが丁度いいのだ。


「ミカ、大きい方の包みを貸してください。持ちますから」

「あ、はい」


 大きな雪の塊が入った風呂敷包みはザコルに引き取られた。なぜ雪とドングリを、とツッコむ気はないらしい。


「ドングリせんせー! リラもドングリもってます! まいにちなげてるよ!」

「俺もでーす!」


 リラもシリルもドングリが入った布袋をかかげている。ドングリ先生、もといザコルはうんうん、とうなずいた。


「素晴らしいですね、リラ、シリル。投擲は継続が肝要ですので。文字の練習もしていますか?」

「はい! オースト語とツルギ語と両方頑張ってます!」

「リラもー!」

「ツルギご、って何ですか?」


 イリヤがイーリアに質問している。いい質問だ。おしえておかあさま。


「ツルギ地方に伝わる古語だ。イリヤもオースト語が一段落したら挑戦するがいい」

「こご! かっこいいです! くふふっ、はやくならいたいなあ。ツルギ語を書けるようになったら僕、シリルさんと、リラちゃんにおてがみ書きますね!」

「っ、やべ、イリヤ様めちゃくちゃいい子じゃん。かわいいし。俺も勉強頑張るよイリヤ様!」

「イリヤ、でいいですよ」


 列の前方で友情が芽生えている。五年生と一年生の交流か。いいな。


 シリル少年は、都会から来て自治区の人間を差別する輩を嫌っている。だからこそなのか、王都から来たばかりなのに、ツルギ語の習得を心底楽しみにしているピュアピュア天使には一瞬で絆されたようだ。


「リラは、ミカに、はじめてのおてがみかくからね」


 コソッ、とリラが私に言う。分かった。ここにはいい子しかいない。


 シリルによる木彫り聖女像バラ撒き事件はいつ追及してやろうかと思案するうち、段々と廊下のカーブがキツくなってきた。中心に近づいている。大人達の緊張は否が応でも高まった。





「あれ、誰もいない?」


 そこは、今まで通ってきた通路同様真っ暗だった。

 シリルのランプを長身のタイタに持ってもらい、施設の中心部と思われる部屋の全体を照らしてもらう。


 部屋の中央にはまず直径にして十メートルほどの円形のくぼみがあって、その中にも魔法陣らしき紋様がびっしりと描き込まれていた。また、子爵邸の深部で見たのと同じような石板が並んでいるコクピット的なエリアが隅の方にあり、しかし誰もそこに座ってはいなかった。


「ゴールはまだなんだ。まず、この迷路抜けないといけないから」


 シリルがどこか申し訳なさそうに言う。


「そうなんだ……」


 いきなりこの巨大魔法陣の発動に巻き込まれるくらいの想定はしていたのに。拍子抜けだ。


「爆弾ミカ坊の出番はなかったすね」

「ああ、あの雪の塊ってそういうこと」

「そういうことすよ」


 もし魔法陣が動いて何かに巻き込まれそうになったら、物理で魔法陣を壊せばいいとエビーは考えたようである。


「流石にツルギの番犬たるサカシータの人らがここ破壊したらヤベーっしょ。その点、うちの爆弾娘なら治外法権なんで」

「確かに! エビーってば天才なの? さすエビだねさすエビ!」

「へへっ、久しぶりのさすエビいただきました」


 実験していないのでなんとも言えないが、水蒸気爆発を起こせば壁の一枚くらいは破壊できる可能性が高い。それで魔法陣が止まらなかったとしても、状況打破のきっかけくらいにはなるだろう。やはり物理はすべてを解決する。


「おい、ミカにあまり危ないことをさせるなエビー」

「女帝閣下は過保護すねえ。うちの護衛隊長は賛成してくれましたよお」

「僕はこの包みが重そうだから引き取っただけです」

「それ、雪のままだとかさばるので氷の塊にしておきますね」


 えい、と念じれば、雪解け水がしたたっていた風呂敷が小さくなり、そしてパキンと再凍結した。




つづく

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