釣りだからこそ行くんです
「ミカ、ミカ。本当に今から行く気ですか。何も準備できていないでしょう」
「私の準備なんかどうでもいいんですよ!」
「どうでもいいわけねえだろ、大体、なんで姐さんがいきなり行かなきゃなんねえんすか」
「町長様のおっしゃる通り、今回はイーリア様にお任せいたしましょう。ミリナ様も一時の気の迷いとすぐお気づきになるはずで」
「ううん、私が行かないとダメなんだよ、たぶんだけど!」
目の色を変えた私を、護衛達が本気になって止め始めた。
おそらく、さっきまでマージひとりで止められると思っていたんだろう。実際私も少し迷いかけていた。ミリナの滝行を止めるだけなら、イーリアが女性の部下を数人連れて行けば事足りる。果たして、わざわざ私が騒いで大ごとにする必要はあるのかと。
「ミカさん、今更だけれど、ジーロは母を呼んでこいって言っていたよ。一瞬ホッタ殿……と言いかけてはいたけれど」
何となく、そう言ったジーロの顔がリアルに思い浮かんだ。
責任感の強いジーロなら、私のための『先触れ』や『先遣隊』として行った立場からして、私自身を呼びつけることはしたくなかったのだろう。その結果ミリナがどんな目に遭おうと、家内の問題として処理した方がいいと判断したのだ。
「オーレン様。『私を聖人にするために』っておっしゃったのは誰ですか。ミリナ様ですか?」
「それは、山の民の女の人の誰かだよたぶん。ミリナさんが奥の間に連れてかれちゃって、追おうとした小鞠が言われたらしいから」
「さっきから、たぶんだとか、らしいだとか。何もかも人づてですか父上。仮にも当主でしょう?」
「ジーロはともかくコマ殿にまで任せっきりか。貴様、現地で一体何をしていたのだ」
「だ、だってだって」
八男と第一夫人ににらまれて涙目になる当主様である。
たぶん、オーレンは長老を始めとした女性達が怖くて近づけてもいないのだろう。だからジーロにせめて頼れる女手を呼んでこいと言われたのだ。
「コマさんは、何か言ってましたか」
「小鞠は、僕には何も言わなかった。ただ、長老に直談判するって言っ痛っ! なんで蹴るんだリア!」
「ミカ、この木偶の証言はあてにならん。だが、滝行を止めに行くだけならば私だけでもいいんだぞ。そこはマージの言う通りだ」
イーリアがオーレンのスネを蹴りながら割って入ってきた。
「私もそう思いかけたんですが、滝行を止める止めないは問題じゃないかもしれません。というか滝行は釣りじゃないかとも思います」
「釣り? 罠だとでも言いたいのか」
「罠といいますか……。コマさんとジーロ様、それにシシ先生までいるんですよ。ミリナ様の体調やお立場は、限りなく正確に伝わっているはずなんです」
あちらとて、国境防衛の要たるサカシータの命運を握る女性をみすみす害したりはしたくないだろう。というか、ミリナに何かあれば里に魔獣が直接襲来する可能性だってある。そこのところ、彼らがしっかり説明しているはずなのだ。
「釣り、と解っているのなら行かなければいいじゃないですか」
「釣りだからこそ行くんです。何かあるんですよ、私に今すぐ来いって言いたいけど言えないような何かが」
「だから、そんな思惑乗ってやる必要ねーだろが姐さん」
苛立ったように言うザコルとエビーにキッと視線を定める。
「利用するつもりならそれでもいいの。でも、あの長老様が今更そんなことすると思う? こうすれば私が飛んでくるって解ってて、敢えて騒ぎにしてるんだよ」
なんならコマあたりはグルの可能性まであるな。オーレンの話に出てこないシシの動向も気になる。私の焦りが伝わったのか、イーリアとマージはそれぞれ思案し始めた。
「……それで。どうしてマージを連れて行きたいんですか」
むす。ザコルが、意見を曲げない私をにらむ。
「うちの護衛陣は女子が一人しかいません。その男子禁制の間とやらに入れる護衛がもう一人ほしいです」
私の抱えるものを預けられる人で、影として確かな経験と実力がある女性を私は他に知らない。マージが無理なら、マージが推薦してくれる人でもいいが……。
「分かりました。許可が出るのであればご同行いたしましょう」
「お姉様……!」
「ちょ」
「町長殿」
マージの心変わりにエビーとタイタが顔色を変える。
「マージ、引き継ぎはできるか」
「は、ただいま」
イーリアの許可を得マージは、遠巻きに見ていた町民の方に合図を出す。女性の一人がササッとやってきてマージの指示を聞き、そして男性を含む数人に声をかけて町の中へと走った。
「あ、弓矢持ってきてない」
「取りに行かせましたわ」
「あ、ありがとうございます」
さっきの人達は、私やマージの装備を取りに行ったのか。護衛達は基本的にフル装備なのでこのまま発っても問題ない。
「穴熊さんを呼んでいいですか。コード・エムが宙ぶらりんになるので」
「ハンゾウも呼びましょう」
マージは懐から金属製の笛を取り出すと、ピピィッと鋭く鳴らした。
「あ、それマネジさんが作った笛ですね」
「ええ、導入させていただきました。便利ですわね」
数分も経たないうちに、目当ての物と人々は放牧場に集結した。
つづく




