しまったなあ
「あの、マージお姉様、私、ミリナ様の下僕として行った方が」
「あらあら、ミリナ様の救出でしたら、イーリア様が行ってくださいますわ」
にこにこ。
「マージ。お前にミカの行動を制限する権限はないぞ」
「ええ承知しております、イーリア様。ですが、不敬を承知で申し上げさせていただくならば、そのような権限、この場のどなたにもございませんわ。この方は本来、そういうお立場なのですから」
そう言いつつ私の腕を離さないマージである。
「リア、リア。マージは何を怒っているんだい」
コソコソ。
「全部にだ」
「全部!? やっぱり僕のことが嫌いなのかな!?」
「お前がというか、ミカに負担をかけ、ザコルとの時間を奪おうとする全てが気に食わんのだ。私も含めてな」
コソコソ。どうするどうする。
慎重だな。領主夫婦といえど関所町の機嫌は取っておきたいらしい。こと今のシータイにおいてこのマージの人望は絶大だ。
「ええと、そんなことを言っている間にミリナ様が滝行を始めてしまうので離してくださいマージお姉様。ミリナ様はあれで思い込んだら一直線なところがありますから、止める人数は多いに越したことはありません。ズカズカ入り込むなら、それこそ私のような立場の人間の方がいい、場面もあるかもしれませんし」
今こそ異界娘の出番、かもしれないのである。私ならば、イーリアに比べて山に忖度すべきしがらみもない……表向きは。
「ミカ、深く訊くつもりはございませんが、もしや山の民の里に行きにくいご事情があるのではないかしら?」
「………………」
するどい。
「やはりね。わざわざ先触れを出すなんてと思ったのよ。しかもそうそうたる顔ぶれの『先触れ』ですわね。牽制としか思えないほどの」
サカシータ家当主オーレン、ツルギの番犬ジーロ、魔獣の女王ミリナ、山の民の間諜シシ。確かにカードが強すぎだ。明らかに『先触れ』で寄越すメンバーではない。
「ミカさんミカさん、さっきはつい来てほしいって言いかけたけれど、無理はしなくていいよ」
「そうだな。急な話でもあるし、今日のところは私がひとりで行こう」
オーレンとイーリアもマージに同調し始めた。
「ほら、お二人もそうおっしゃっておりますわ。今日に限らず行かなくてもよろしいでしょう。……みすみす、思惑に乗ってやる必要はございませんもの」
マージはラーマを横目で一瞥する。ラーマにも反論の一つや二つくらいあるだろうが、この場でそれを口にしないだけの危機意識はあるらしい。というか殺気がダダ漏れですお姉様。
「違います、マージお姉様。そうじゃありません。山の民の里に行くのは、私が自分のために行くんです。謎を謎のままにしておけないから。それだけなんです。ラーマさん達は関係ありませんよ」
「ですが、こうしてわたくしが腕を取っていてもコリー坊っちゃまは何もおっしゃいませんわ。他のテイラーの方々だって。きっとわたくしに賛成なのね」
「そんなことは」
そんなことは……あるな。みんな私を山の民の里に行かせずに解決しようとしていた。たぶん今も内心ではそれがいいと思っているのだろう、誰もマージの行動に口を出さない。何なら適当な方向を向いて口笛を吹いているまである。タイタ、頑張ってるけど口笛できてないな。
「ですが、ミリナ様が、先に行ってくださるっておっしゃったんです。私のために。あそこはまだまだミリナ様にとってはアウェーなのに……」
そんな彼女のピンチなら駆け付けねばならない。本人はピンチだと思っていないかもしれないが。
「ミリナ様が何に感化されたかは分かりませんが、滝行は彼女には負担すぎます。サカシータの子息として教義に身を染めるのは結構ですが、最悪滝行だけでも止めた方が」
…………。止めるのは滝行だけでいい、本当にそうだろうか。
「ミカ?」
ザコルが私の顔を覗き込む。
「それにしても、どうしてミカさんを迎えるために修行だなんて言い出したんだろうね」
「さあな。お前はどう考える、ラーマ」
「それが、私にもさっぱり……。そもそも、ミカ様を聖人にとは私ども男衆が言い出したことですが、女衆は反対しておりましたので」
「僕、ミリナさんが修行するしないは、ミカさんが聖人の話を受ける受けないとは関係ないと思うんだけどなあ……」
「それだ、私もそれが納得できんのだ」
オーレン達の会話が耳をすべっていく。
「……しまったなあ」
「何すか、姐さん」
ピーヒョロロと吹いていた口笛をやめ、チャラ男が振り返る。
「……マージお姉様。お願いがあるのですが」
「何かしら。林檎でもご用意いたしますか」
「お忙しいのは判っているんですが、私と一緒に来てくださいませんか」
「? まあ。どちらへ?」
「山の民の里です」
「えっ」
わたくしが!? と目を丸くするマージの手を私はガシィ、と握った。
「ミカ、本当に行くつもりですか。僕は反た」
「これは、来いってことですよ。今すぐに」
女王を人質に取られた。ネガな意味かポジな意味か判らないが、そういうことだ。
つづく




