第8話 前方から人が来たので避けようとしたら期せずしてお互い同じ方向に動いちゃって「あっあっ」ってなる現象に「共通ルール」を設けただけなのですが
ある日のこと。
私は侍女と一緒に、領内の商店街を歩いていた。今日は特に急ぎの用事もないので、気になるお店を覗いたりしながら、のんびり散策しているところである。
……と、そんなとき。
向こうから、一人の紳士が歩いてきた。
このままだとぶつかりそうなので、私は少し右へ寄って道を譲ろうとした。
ところが。
「あっ」
「おっと」
相手も、同じ方向へ動いてしまったのである。
お互いに慌てて立ち止まる。
ならばと、今度は左へ。
すると、相手も左へ。
……あれ?
もう一度、右へ。
相手も、右へ。
「……あっ」
「……どうも」
結局、最後はお互いに苦笑いしながら、なんとかすれ違うことができた。
……いやあ、気まずかった。
別に、どちらが悪いという話でもないんだけどね。むしろ、お互いに相手を避けようとした結果なのだから、気遣いができる者同士だったとも言える。
でも、だからといって。
あの、妙なシンクロはなんなのだろう。まるで二人で反復横跳びでもしているみたいだった。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「ええ、平気よ。ちょっと恥ずかしかったけど」
そう答えると、侍女も小さく笑った。
「ふふ。私もたまにございます。相手の方となかなか道を譲り合えなくなって、互いにバスケットのディフェンスでもしてるのかとツッコミたくなるときが」
「ああ、やっぱり?」
「はい。特に、狭い通りなどでは……」
うんうん。分かる。
やっぱり誰しも経験あるわよね、こういう現象。向こうから歩いてきた人を避けたつもりが、そろって同じ方向に動いちゃって変な感じになるやつ。前世でも散々、あったあった。
で、お互いに「あ、すみません」と頭を下げながら、右へ左へ。ひどいときには、三回くらい続いてしまうこともある。
最終的には、どちらかが立ち止まって相手を先に通したりすることで解決するのだけれど……。
とはいえ、いざ起こると地味に恥ずかしい。
しかも今回は穏便に済んだけど、相手が急いでいたりすると「チッ」と舌打ちされたり……なんてこともある。
(……うーん。どうにかならないものだろうか)
と、そこまで考えて、私はふと気づいた。
「あ、そうだわ」
そういえば、これってお互いに避ける方向が分からないから起きるんだよね?
だったら、最初から決めておけばいいんじゃない?
例えば、
『迷ったら、どちらも必ず“右”に動く』
これを領内の共通ルールにしちゃうとか。
向かい合った二人が、それぞれ自分から見て右側へ動けば、自然と別々の方向に避けられる。
どちらが先に動くかとか、相手はどっちに行こうとしているのかとか、いちいち考える必要もない。
……おお。
なんだ。ずいぶん簡単な話じゃない。
まあ、こんなことでわざわざ領主権限を使ってルール化までするのもどうかと思うけれど。でもこれに関しては、みんなが知っていなければ意味がないし。
そんなわけで、私はさっそく試してみることにした。
◇
数日後。
領内の商店街にある掲示板に、一枚の新しいお触れが貼り出された。
『道ですれ違う際、どちらへ避けるか迷ったら、互いに右へ』
もちろん、我がコモッセンス伯爵家の名前で出された、れっきとしたお触れである。
……もっとも。
「……なんだ、これ?」
「迷ったら、互いに右へ?」
「これはまたなんとも珍妙なお触れだな……」
掲示板の前に集まった領民たちが、そろって不思議そうな顔でざわつく。
ただ、その一方で。
「けど言われてみれば、こういうことって結構あるよな」
「うん。案外良いかも」
「ちょっと面白そうだしな。よし、いっちょやってみるか!」
……というわけで。
最初こそ奇妙な決まりに戸惑われたものの、領民たちもすんなり受け入れてくれた。
ちなみに、これはあくまで道を譲る際の目安であって、絶対に守らなければならないというものではない。だから罰則などももちろんない。
無理に右へ動いて、かえって人にぶつかったりしたら本末転倒だものね。
ともあれ、こうして領内では『迷ったら右』という取り決めが、少しずつ広まっていったのである。
さて、気になる効果のほどはというと――。
これが、意外にも悪くなかった。
お互いに迷ったとき、「あ、右だ」と判断できるようになったことで、例の気まずい譲り合いが減ったらしい。
もっとも、即座に取り決めのことを思い出せなかったり、そもそも道幅や周囲の状況によっては右へ動かない方がいいことだってあったりするので、完璧とまではいかなかったが。
それでも、
「以前より、人とぶつかりそうになることが少なくなりました!」
「どっちに動けばいいか悩まなくていいのでありがたい!」
「最初はどうかと思いましたが、なかなか便利ですな」
などなど。街の人たちからも、まずまずの評判だった。
へえ。よかった。
まあ、そもそも大した手間のかかる取り決めでもないし、これで少しでも歩きやすくなったのなら十分だろう。
◇
そして、そんなある日のこと。
私は再び、例の商店街を歩いていた。
すると、向こうから一人の青年がやってきた。
年齢は私と同じくらいだろうか。落ち着いた雰囲気の、なかなか感じのいい青年である。
ちょうど道の真ん中あたりで、私たちは正面から向かい合う形になった。
あ、このままだとぶつかりそう。
……でも、大丈夫。
こんなときこそ、あの取り決めの出番だ。
私はすっと右側へ寄った。
すると、青年も自分の右側へ。
(おお……)
見事に、すれ違うことができた!
しかも、青年は通り過ぎる際に軽く会釈までしてくれた。私もそれに応え、そのまま歩き続ける。
ふふ。なんてスマートなんでしょう。
これよ、これ! まさに私が思い描いていた光景だわ!
あの気まずい空気もなければ、過ぎた後に恥ずかしさを感じることもない。
うんうん。我ながら、実に素晴らしいルールを作ったものだ!
――とまあ、こんな風に得意げになっているヘイミーなのだが。
ここで唐突だが読者の諸君に一つ、パラレルワールドの話をしよう。
今回彼女が作った『迷ったら右』というルール。もし、これが生まれなかった世界線では、今のシーンで彼女はいったいどうなっていたか?
その場合、実は先ほどの青年とヘイミーは、あの場所でぶつかっていたのである。そして、その際の反応がこちらである。
「あ、すいません!」
「いえ、こちらこそ……おや?」
「? どうかされましたか?」
「美しい……」
「え?」
よろめいた彼女を青年が優しく抱き留める。その際、青年はヘイミーに一目ぼれをしてしまう。そしてそこから二人の交流は始まり、やがて恋人同士に。
数年後には、めでたく結婚へと至るのである。
ところがどっこい。
彼女が設けたルールによって、二人は見事にすれ違い。恋が芽生えるきっかけは綺麗さっぱりなくなってしまった。
そう。期せずして、ヘイミーは自分の作ったルールで対面との衝突を回避した代わりに、なんと『自分の婚期』まで回避してしまったのである!
……もっとも、当の本人はそんなことなど知る由もなく、今も上機嫌で買い物を続けている。
「ふんふふ~ん♪」
まあしかし、おかげで領民たちは以前より気まずい思いをせずに歩けるようになったし、道端での衝突も減ったのだから……。
とりあえず、よかったということにしておこう。
100年後くらいに天国で神からこの事実を知らされたヘイミー「ええええ、そうだったの!?」
次回は10/26(月)です。
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