第3話 劇場のチケットの「後出し手数料」をやめてもらっただけなのですが
ある日のこと。私は侍女と一緒に、来月上演されるという舞台の案内を眺めていた。
「へえ、今度の公演はなかなか面白そうね」
「はい。王都でも評判の劇団だそうですよ」
演目は、とある貴族の娘と平民の青年による恋物語。
身分違いの恋という、なんとも王道な内容である。
でも、こういうベタな話も嫌いじゃない。
「チケットは……銀貨二十枚か。じゃあ、二人分お願いできる?」
「かしこまりました」
侍女と一緒に観に行くことにして、私はそのまま案内を彼女に渡した。
ところが、翌日のこと。
「お嬢様、チケットの手配ができました。こちらが代金の明細でございます」
「ありがとう。ええと……あれ?」
私は思わず首を傾げた。
「一枚、銀貨三十枚?」
「はい」
「でも、昨日の案内には二十枚って書いてなかった?」
「そちらは観劇料でございます。実際にはほかにも、いくつか手数料がかかりますので」
そう言って侍女が指さした明細には、確かに色々と書かれていた。
観劇料、銀貨二十枚。
販売手数料、銀貨四枚。
チケット印刷手数料、銀貨三枚。
劇場維持費用、銀貨三枚。
合計、銀貨三十枚。
……うわあ。
私は思わず、前世のことを思い出していた。
そういえば、あっちの世界でもあったなあ。こういうの。
コンサートや舞台のチケットを買おうとすると、最初に表示されていた金額から、購入手続きを進めるたびに料金が増えていくのである。
システム利用料だの、発券手数料だの、決済手数料だの。
気づけば、最初に見た値段より千円くらい高くなっていることも珍しくなかった。
もちろん、手数料がかかること自体は理解している。
劇団だってチケットの販売を業者に任せているのだろうし、その業者も慈善事業で働いているわけではない。
ただ……ねえ。
それなら、最初から全部込みの値段を書いておいてほしいのだ。
特に、二千円だと思っていたものが三千円になると、なんだか妙に損した気分になる。なにせ当初予想していた出費より1.5倍なのだ。
これが最初から三千円だと言われていれば、別になんとも思わなかったかもしれないのに。
「……お嬢様? 何か問題がございましたか?」
「あ、ごめんなさい。別にあなたが悪いわけじゃないのよ」
不思議そうにこちらを見ている侍女に、私は慌てて首を振った。
「ただ、これってちょっと不親切だなあと思って」
「不親切、でございますか?」
「ええ。銀貨三十枚かかるなら、最初からそう書いてくれればいいのにって」
すると、侍女は少し考えるような顔をした。
「確かに……。私も初めてチケットを手配したときは、案内に書かれた金額と違っていて驚いた覚えがございます。思わず買い間違えてしまったのかと二度見してしまいました」
「でしょう?」
「ただ、昔からこのような仕組みですので、今ではそういうものだと思っておりますが……」
うん。それも分かる。
昔からそうだったと言われれば、いつの間にか疑問にも思わなくなるものだ。
でも、慣れてしまったからといって、不便じゃなくなるわけではない。
というわけで。
私はこの機会に、チケットの販売方法について少し調べてみることにした。
◇
後日、我が家にチケット販売会社の責任者を招き、話を聞いてみた。
ちなみに、今回の劇団は我がコモッセンス伯爵家とも付き合いがあり、過去に何度か公演を支援したことがある。
その縁で劇団の方にも声をかけたところ、ちょうど販売方法を見直す機会にしたいとのことで、快く業者への仲介に応じてもらえた。
「――なるほど。つまり、チケットの販売には、どうしても手数料収入が必要不可欠というわけですね」
「おっしゃるとおりでございます」
販売会社の責任者が頷いた。
「我々としても、チケット販売には人手や設備が必要ですので、どうしても手数料を頂戴することになります」
「ええ。それは構わないと思います」
「……はい? とすると、今回はどのような……」
「私、別に手数料をなくしてほしいわけではないんです。ただ、最初から全部込みの値段を表示した方がいいんじゃないかなって」
そう告げると、責任者は少し驚いたようだった。
「と、申しますと?」
「例えば今回のチケットなら、案内には銀貨三十枚と書いておくんです。それで、その下に内訳として観劇料二十枚、手数料十枚と記載する。どうでしょう?」
「なるほど……。しかし、それですと、ほかの劇団より高く見えてしまうのではないでしょうか」
ああ、やっぱりそこか。
前世でも、商品やサービスの値段を少しでも安く見せたいという商売上の事情はあったのだろう。
「でも、結局は三十枚払うんですよね?」
「それは、もちろん……」
「だったら、後から値段が上がるより、最初から三十枚だと分かっていた方が、お客さんも安心して買えるんじゃないかしら」
最初の値段が安く見えたとしても、支払いの段階で高くなってしまえば、がっかりする人だっているはずだ。
むしろ、そこで購入をやめてしまう人もいるんじゃないだろうか。
すると、責任者が何かを思い出したように顔を上げた。
「……確かに、最終的な金額をご案内した際に、購入を取りやめられるお客様はいらっしゃいます」
「あ、やっぱり?」
「はい。それに、手数料についてのお問い合わせも少なくありません」
ほらね。
別に騙しているとまでは言わないけれど、お客さんからすれば、最初から分かっていた方がありがたいに決まっている。
「もちろん、座席や支払い方法によって料金が違う場合は、それぞれの合計額を分かるようにしてほしいですけどね」
「ふむ……」
責任者はしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくり頷いた。
「一度、試してみる価値はありそうですな」
おっ。
「幸い、今回の公演はまだ販売を始めたばかりです。次回の案内から、総額表示に切り替えてみましょう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「いえ。こちらとしても、お客様に気持ちよく購入していただけるのであれば、それに越したことはありませんから」
というわけで、まずは今回の劇団のチケットから、販売価格をすべて込みの金額で表示してもらうことになった。
◇
さて、それからしばらく経って。
販売会社の責任者から、思いがけず嬉しい報告が届いた。
なんでも、総額表示に切り替えたところ、お客さんからの評判がなかなかいいらしい。
『最初から支払額が分かるので安心できる』
『購入手続きの途中で金額が増えないのがいい』
といった声が寄せられているのだとか。
しかも、販売会社にとっても悪い話ではなかった。
これまでは購入直前になって値段に驚く人がいたのだが、総額表示にしてからは、そうした問い合わせや購入の取りやめが減ったという。
結果、販売会社の手間も少なくなったそうだ。
へえ。それはよかった。
「こちらとしては、別に値引きをしたわけでもないのに、お客様からの評判も上がってなによりです」
例の責任者の方は、そう言って笑っていた。
そしてその後、その評判を聞いたほかの劇団や販売業者も、少しずつ総額表示を取り入れるようになった。
もちろん、すべての業者が一斉に変わったわけではないけれど、少なくとも王都では、最初から支払額が分かるチケットが以前より増えたという。
そして、そんなある日のこと。
「お嬢様、こちらをご覧ください!」
侍女が嬉しそうに、一枚の案内を持ってきた。
「来月、また新しい舞台が上演されるそうですよ!」
「あら、いいわね。どんなお話?」
「一人の貴族男性とその愛人の恋愛模様を描いた喜劇だそうです。なんでも、主人公が愛人へ送った恋文がえげつないほど気持ち悪くて、ちょっとした恐怖体験みたいでおもしろいそうですよ!」
おお。今度はなかなかエッジの効いた物語だ。
でも、ちょっと面白そうかも。
「それで、チケットのお値段なのですが……」
侍女が指さした先には、大きな文字でこう書かれていた。
『観劇料・各種手数料込み 銀貨三十枚』
その下には、きちんと料金の内訳も載っている。
「あら、分かりやすいじゃない」
「はい! 私も、こちらの方がずっと親切だと思います」
侍女はにっこりと笑った。
うんうん。
繰り返しになるが、別に手数料を取るなとは言わない。
ただ、お財布から出ていくお金がいくらなのか、それくらいは最初から教えてほしいのだ。
「じゃあ、今回も二人分お願いしようかしら」
「かしこまりました!」
そう言って侍女が部屋を出ていくのを見送りながら、私は観劇の日を楽しみにするのだった。
次回は月曜日です。




