第2話 業務の手紙から「季節の挨拶」をなくしただけなのですが
ある日の午後、侍女が机に向かって頭を抱えていた。
「どうしたの?」
「あ、お嬢様。実は、お手紙の書き出しに悩んでおりまして……」
覗いてみると、机の上には何枚もの便箋と、分厚い辞書が広げられていた。
「なんのお手紙なの?」
「来月のお茶会の日程をお知らせするものです。ただ、季節のご挨拶がなかなか決まらなくて……」
「季節の挨拶……」
聞けば、今の季節にふさわしい表現で、なおかつ相手の家柄にも失礼にならない言葉を選ばなければならないらしい。
おまけに、招待状なのか、お礼状なのか、単なるお知らせなのかによっても、使う表現が変わってくるという。
……うわあ、面倒くさい。
私は前世のことを思い出していた。
そう、ビジネスメールである。
『いつも大変お世話になっております』
『平素より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます』
『ご多忙のところ誠に恐縮ではございますが』
前世では、毎日のようにこんな文章を書いていた。
もちろん、相手に敬意を示すのは大切だと思う。でも、単に日程を確認したいだけなのに、どうして毎回こんなに気を遣わなければならないのだろう。
しかも、相手や状況によって微妙に言い回しを変える必要がある。間違えれば失礼だと思われるから、慣れないうちは何度も調べたものだ。
それが異世界でも続くとは。
「お嬢様、こちらの表現はいかがでしょうか?」
「ええと……」
差し出された便箋には、庭の花々がどうとか、麗らかな季節がどうとか、美しい文章が並んでいた。
確かに、こういう表現は素敵だと思う。季節の移ろいを言葉にするのはお洒落だし、上手に使いこなせる人には憧れる。
でも、単にお茶会の日程を知らせるだけなのに、そこまで考える必要があるのだろうか。
詩的な表現を楽しみたいなら、それこそ詩を書けばいいのでは?
そんなことを考えていた私は、ふと思いついた。
そういえば、前にお茶会を開いたときも、似たようなことがあったっけ。あのときは、招待状に欠席の選択肢を設けただけで、思いのほか好評だった。
今回も、自分宛ての手紙くらいなら好きにしていいんじゃないだろうか。
ただ、相手に断りもなく簡素な手紙を送れば、さすがに失礼になる。ならば、まずは親しい令嬢たちに相談してみよう。
そう考えた私は、次のお茶会で話をしてみることにした。
◇
「皆さん、ひとつお願いがあるのだけれど」
お茶会も半ばを過ぎた頃、私は令嬢たちに声をかけた。
「これから私にお手紙をくださるときは、季節のご挨拶を省いていただいて構いませんわ」
すると、令嬢たちは驚いたように顔を見合わせた。
「えっ、季節のご挨拶を?」
「それは……本当によろしいのですか?」
「ええ。お手紙をいただけるだけで嬉しいですし、用件が分かれば十分ですから」
私がそう答えると、一人の令嬢がおずおずと口を開いた。
「実は私、お手紙のご挨拶を考えるのが苦手で……」
「あら、あなたも?」
「ええ。いつも辞書を引きながら書いているんです。先日も、今の時季にはどの表現がふさわしいのか分からなくて、母に相談してしまいました」
「分かりますわ! 私も季節の変わり目には、いつも悩んでしまいます」
「お礼のお手紙とお願いのお手紙では、書き出しも変えなければなりませんものね」
どうやら、今回もみんな同じような苦労をしていたらしい。
「でも、皆さんもお手紙を書くのは慣れていらっしゃるでしょう?」
「慣れてはおりますけれど、得意とは限りませんわ」
そう答えた令嬢に、周りの皆も笑いながら頷いた。
「私なんて、本文はすぐに書けるのに、ご挨拶だけで何度も書き直してしまうんです」
「そうそう。先に用件を書いてしまって、あとからご挨拶を考えることもありますわ」
「でしたら、もう最初から用件を書いてしまえばいいのでは?」
私がそう言うと、令嬢たちは顔を見合わせた。そして、一人が楽しそうに笑った。
「確かに、それで済むならずいぶん楽になりますわね!」
「ええ! 急ぎのお返事でも、すぐに書けますもの」
「私も、できればそうしたいですわ」
どうやら、皆も賛成してくれたようだ。
「では、これから私宛てのお手紙は、そのようにしてくださいな。もちろん、私から皆さんにお送りするお手紙も、ご挨拶は省かせていただきますね」
「まあ、それは助かりますわ!」
「でしたら、私たちの間でもそうしましょうか?」
「ぜひ!」
こうして私たちの間では、事務的な手紙の季節の挨拶を省略することになった。
もっとも、季節の挨拶を書くこと自体が好きだという令嬢もいた。
「私、ああいう美しい言葉を考えるのは好きなんですけれど……」
「でしたら、もちろん書いてくださって構いませんわよ。省いても失礼にならないというだけですから」
「まあ、それなら安心しました!」
別に、書きたい人までやめる必要はない。大切なのは、書きたくない人が無理をしなくてもいいことだ。
◇
それからしばらくして、私のもとに届く手紙はずいぶん簡潔になった。
『来週のお茶会ですが、午後二時からでよろしいでしょうか』
『先日お話しした本をお貸しいただけませんか』
『お誘いありがとうございます。当日は予定があるため欠席いたします』
うん。実に分かりやすい。
うちの侍女も、手紙を書くたびに辞書とにらめっこする必要がなくなり、ずいぶん仕事が楽になったようだ。
「これもお嬢様のおかげです。本当にありがとうございました」
そして、この習慣は少しずつ社交界にも広まっていった。
私のお茶会に参加した令嬢たちが、それぞれの友人にも同じ提案をしたらしい。すると、やはり多くの人が季節の挨拶に苦労していたことが分かり、事務的な手紙は用件だけで済ませるという形式が、あっという間に広まっていった。
貴族同士の連絡だけではない。
商家との取引や、領地の管理に関する手紙でも簡潔な形式が使われるようになり、やがて王宮の事務文書にも取り入れられることになった。
なんでも書類を作る時間が減ったうえ、必要な情報がすぐに分かるので、役人たちからも好評なのだとか。
さらにはなんと国境を飛び越え、外交に関する書簡でも、儀礼的な挨拶を減らして要件を明確にする動きが始まったらしい。
こうして社交界では、事務的な手紙における季節の挨拶が次第に姿を消していった。
……とはいえ、これで詩的な表現そのものがすべて廃れたかというと、そうではない。
むしろ、思いがけないことが起こった。
お茶会で季節の挨拶を書くのが好きだと言っていた令嬢が、友人たちと詩を楽しむ会を立ち上げたのである。
そこでは、お互いに作った詩を披露したり、古い詩集を読み合ったり、美しい言葉の使い方を学んだりしているらしい。
これがなかなかの人気で、今では貴族のご婦人だけでなく、詩を愛する紳士たちまで参加するようになったという。
そして先日、私のもとにも、その会の招待状が届いた。
便箋には、季節の花を詠んだ美しい詩が添えられている。私は思わず、最後まで読みふけってしまった。
うん、こういうのは素敵だと思う。
ちなみに招待状にはきちんと出欠欄があり、開始時刻と終了時刻も明記されていた。もちろん、欠席しても構わないとのこと。
けどまあ――。
「……ちょっと面白そうだし、今回は参加してみようかしらね」
私は出席の欄に印をつけ、侍女に返事をお願いした。
もちろん、季節の挨拶は不要である。
お読みいただきありがとうございます。おかげさまで連載版はじめちゃいました。タイトルは短編から変えてないですが、今後もこんな感じで適当に日常の「ん?」と思うことをちょこまか取り上げていく予定です。
なお、更新は作品の雰囲気よろしく、「毎日12時(平日のみ。土日祝はお休み)」の予定です。よろしければ、ぜひブックマーク&★評価をよろしくお願いします!




