兄上の婚約者
豊穣の女神に愛された様な美しい金髪に、青みがかった灰色の瞳を持つ兄上の婚約者。
フローラ・カペリート公爵令嬢。
兄上の婚約者は亡き母上の派閥の人間と、義母上の派閥の人間との間で論争が起こっていたが、兄上が聖人として才覚を開花させた事により相生の関係性となるカペリート公爵令嬢が婚約者として内定した。
兄上は元々カペリート公爵令嬢に対して強い好意を抱いていた事もあり、カペリート公爵令嬢との婚約が内定したと聞いた時には顔の周りに花でも咲いているのではないかと考えてしまう程に喜色満面だった。
『フローラ様を喪った第1王子殿下は、見る影も無い程気落ちしていらっしゃいましたわ』
気落ちの病で伏せっている兄上の代わりに、僕が次期国王となるのではないか、と言う噂がまことしやかに流れたそうだ。
かつて婚約者候補であったとはいえ、義母上の手引きで王家の秘毒を持ち出し、毒殺に手を染めた侯爵令嬢はその場で捕縛された。
義母上は自らとの繋がりに気付かれる事を恐れ、貴族牢に繋がれた侯爵令嬢に
『貴族としての矜持があるのならば、これをお飲みなさい』
と、自害用の毒薬を差し出した。
心酔していた義母上が己れを蜥蜴の尻尾として切り捨て様としている事を悟った侯爵令嬢は義母上とのやり取りと、渡された毒薬を証拠として看守に差し出した。
侯爵令嬢の行動により、義母上は北塔に生涯幽閉される事となり、侯爵令嬢は法廷で減刑も可能、と示されたものの、兄上の最愛を奪った咎は受けなければならない、と処刑を受け入れたと言う。
春の祝賀祭の後にカペリート公爵家主催で開かれる夜会と言えば、公爵令嬢の誕生を祝う夜会と、公爵夫人の誕生を祝う夜会のふたつ。
兄上との婚姻が間近であり、兄上は外交でその場には居なかった、と言うシトリーの言葉からすれば、毒殺騒動が発生したのは兄上が外交で国を空ける日程と時期の被るカペリート公爵令嬢の誕生を祝う夜会だろう。
義母上がいつ、兄上の婚約者候補だった侯爵令嬢に王家の秘毒を渡したのかは分からない。
ならば、仕方ない。
兄上に直接聞いてみるか。
「失礼するぞ」
僕の部屋に姿を現したのは、丁度話を伺いに行こうとしていた相手である兄上だった。
「何用でしょうか、兄上」
「愚かにも己れひとりで、…いや、2人で全てを解決しようなぞと試みる弟の心配をするのは、兄として当然であろう」
兄上はソファーの上にどっしりと腰をかけた。
「春の祝賀祭以降に、我が国を揺るがす大事があると、予見の力を持つ我々でもないお前がその大事を未然に防ぐべく動いているのだ。
故に、お前を見た」
兄上は「幽霊なぞ、母上が夜遅くまで眠らず遊ぶ我ら兄弟を脅かす子供部屋の物語だと思っていたぞ」と少々、いや、かなり青い顔で言った。
そう言えば、兄上は母上の怪談話が苦手だったな、と思い出す。
「…ラグナート嬢は、何故落命する?落命したラグナート嬢が辿った未来はなんだ?」
これ以上隠しても無意味か、と、ラグナート嬢の落命の原因と、この1年で起きるとされた3つの出来事を、兄上に語る。
「…白魔法の遣い手は、魔女の生み出した呪具、魅了の鐘に触れる事は出来ない。ならば、フィルメランジェ嬢は絶対に聖女候補などではない」
「そう言えば、数日前にフィルメランジェ・ルーシャン嬢は毒婦だと、兄上は仰いましたね」
「私があの時点で見たのは、フィルメランジェ・ルーシャンが水性の特質を利用して本来侍女として同行するアマリアの右手の甲に浮かんだ聖印を自らに刻まれた様に見せる姿と、アレが聖女候補としての権限を悪用し国を混乱に陥れ、最期には首を刎ねられる姿だ」
教会は魔女を聖女候補として扱った咎を王家から詰め寄られ、王家と教会による内紛が起こる。
国が疲弊したところに、和平条約を結んだ筈の隣国が攻め入り、国内は壊滅的な被害を受ける事となる、と兄上は言った。
「しかし一度その未来を体験し、この時代に回帰したラグナート辺境伯令嬢の、……がいるのであれば、未然に悲劇を防ぐ事が出来る」
協力しない理由がない、と兄上は口にしながら、
「…あの忌々しき女、どうしてくれようか…」
と呟いていた。




