幽霊のシトリーが歩んだ未来
春の祝賀祭の来賓の中に、フィルメランジェ・ルーシャン嬢の名前を確認した。
同行者は侍女のアマリア・フランメ。
「第1の未来は直ぐにでも確認する事になりそうだな」
聖印は聖女ないし聖人候補の証である。
兄上が額に土性の聖印を持っている様に、身体の何処かに必ず刻まれるものだ。
教会の歴史において、最初に確認された聖女ないし聖人候補の出現から10年以内に火性、土性、水性、金性、木性の性質を持った者達が誕生する。
全ての候補者の出現を持って、王国の要とされる5つの霊地で神へと祈りを捧げる。
そうする事で、神は我々人間に祝福を齎すと伝わっている。
土性の兄上、水性のマルード伯爵令嬢、金性のポニャック男爵令息、木性のヴァトゥール子爵令息。
此度の春の祝賀祭は兄上が聖人として覚醒して丁度10年となる。
貴族達は皆、春の祝賀祭には最後の候補が出現するだろうと何処か浮き足立っている。
その試しとして、凡そ全国民の集まる場で兄上が問いかける事で眠れる才覚を開花させると言うものがある。
王家がはじめの聖女ないし聖人候補である場合、そうする様に教会から通達があるからだ。
歴史書を見れば、10年以内に必ず全員が才覚を開花させた訳ではない。
700年前には才覚を開花させるまでに50年掛かった聖人も存在する。
そうした歴史の繰り返しで、教会は聖女ないし聖人は互いを認識する事で才覚の開花が速まると知り、王侯貴族に聖女ないし聖人が出現した際には春の祝賀祭で教会から定められた文言を告げる慣わしが生まれた。
だから、シトリーが言う様に兄上の発言後に聖女が出現するのは不可思議な事ではない。
シトリーが覚えている範囲で知る、僕達が13歳の年に起きる大きな出来事は春の祝賀祭でフィルメランジェ嬢が聖女として聖印を授かり教会から聖女候補として指名される事、北部で大規模な不作が発生し、多くの餓死者が出る事、兄上の婚約者であるカペリート公爵令嬢が参加する夜会で、カペリート公爵令嬢の毒殺騒動が起こる事の3つだ。
小さな出来事をも含めれば両の手足の指の数では足りない、とシトリーは言っていた。
その中で、春の祝賀祭からの1年の間に起きる国の大事ともなる出来事を教えて欲しい、と僕は頼んだ。
北部は既に不作の兆しが出ている。
兄上の婚約者候補として、カペリート公爵令嬢の他に義母上の派閥の令嬢が存在していた筈だ。
可能であればシトリーの知る未来を打ち壊してあげたい。
「殿下?わたしの顔に何かついておりますか?」
未来を知らない、今のシトリーはキョトンとした顔でこちらを見ている。
「今日もシトリーはとても愛らしいなあと思っていただけだよ」
「もう、からかわないでくださいませ、殿下!!」
顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまったシトリーの傍らには、5年後のシトリーがそっと佇んでいる。
『この頃のわたしは、こんな風に笑っていたのね…』
どうやら、照れ笑いをしているらしい。
非常に見たい。
『駄目です、絶対にお見せしません』
それは残念だ。
…さて、未来を変える為には手駒が必要だ。
餓死者は可能であれば減らしたいし、カペリート公爵令嬢の毒殺も防ぎたい。
兄上や父上は荒唐無稽な話を信じる口ではないから、まずはシトリーの父であるラグナート辺境伯に協力を仰ぐとしよう。




