フィルメランジェと言う令嬢
貴族の末席である準騎士のルーシャン家。
あの家は確か、火性では無かったと記憶しているのだが、何故未来のシトリーを死に追いやったフィルメランジェ嬢は聖女候補として指名を受けたのだろうか。
聖女ないし聖人候補は我が兄上オズワルド第1王子を含めて既に4名存在している。
東国の占術で言うところの五行思想の特性と、白魔法の遣い手としての才覚が選定基準である。
フィルメランジェと言う名前は古代語で
「火に愛されるもの」
と言う意味があるが、火性ではないルーシャン家の令嬢の名前としては適切ではない。
ルーシャン家本来の性質は水性。
しかし、水性には既にシャルロッテ・マルード伯爵令嬢が聖女候補として存在している。
フィルメランジェ嬢が聖女候補となるのは本来有り得ない事だ。
聖女候補として活動を始めたのは、未来のシトリーが語るに今時分の話。
兄上が春の祝賀祭を前に王立魔法学園入学前の貴族令息や令嬢に対して未だ見付からぬ火性の聖女ないし聖人候補についての憂いを零した時の事だと言う。
『フィルメランジェ様の右手の甲に、火性の聖女の証である聖印が現れたのです。故に教会は、フィルメランジェ様を火性の聖女候補として指名されました』
「…兄上、お伺いしたい事があるのですが、お時間宜しいでしょうか?」
「構わん。それで、何の用だ?」
兄上の手元にある数日後に迫った祝賀祭の来賓一覧に目を配りながら、僕は質問した。
「兄上が聖人として覚醒された時の話をお聞きしたいと思ったのです」
聖女ないし聖人候補は、その能力に目覚める時に未来を垣間見ると言う。
僕が覚えている話では、兄上は聖人として覚醒した際に東部に新たな金脈が見付かる事、永らく続いた隣国との戦争は春を迎える前に和平交渉を経て終結する事、僕が5歳になる前に母上が亡くなり、公然の秘密として魔法学園在学時から父上の愛人であったキュティレット子爵令嬢が後添えとして王妃の座に座る事を予見したと言う。
それらは全て現実のものとなっている。
「未来なぞ見えたところでロクな事にはならん。だが、お前が聞きたいのはそう言う話ではないな?」
兄上は手元の来賓一覧に目を落とす。
「フィルメランジェ・ルーシャン。アレは毒婦だ、決して近付くな」
「わかりました。では、ルーシャン嬢に火性の聖印が現れたならば如何しますか?」
「有り得ん。ルーシャン家は水性の気質だ。火性が生まれるとすれば醜聞は免れん」
確かに、ルーシャン家の当主は騎士を絵に描いた様な人柄だ。その様な事態はなんとしても避けるだろう。
「フィルメランジェ嬢の伯父にあたる男が平民との間に子を設けているそうだ。
その男は先の戦争で落命し、母親も後を追うように亡くなったと聞いている。
フィルメランジェ嬢の従姉妹にあたる娘アマリアを哀れに思ってルーシャン家の使用人として職を与えているそうだ」
ルーシャン家に火性が生まれる可能性があるとするならば、その娘の方だろう、と兄上は言った。
「…アマリア嬢、か…」
未来のシトリーから聞いた、フィルメランジェ嬢の傍に常に従っていたと言う侍女。
恐らくは、侍女のアマリアが本来の火性の聖女候補だ。
フィルメランジェ嬢では決してない。




