その幽霊は良く知る令嬢だった。
部屋に幽霊が現れた。
明るい栗色の髪と深緑の瞳をしたその幽霊は、僕が良く知る令嬢が成長したならばこの様になるのだろう、と思い至る姿をしていた。
『…殿下…?』
その鈴を転がした様な声色は、間違いなく。
「シトリー?」
僕の婚約者、ラグナート辺境伯家の令嬢、シトリー・ラグナート。
シトリーとは今日も共に庭園の散策等を楽しんだ、体調不良の様相も無かった筈なのだが、どうして彼女は幽霊となってしまっているのだろうか。
『今は、皇統歴何年ですか?』
「1365年だけれど…」
では、5年前にわたしはいるのですわね、とシトリーは言った。
幽霊には、時間の概念がないのだと亡き母上に伺った事がある。
つまり、5年後にシトリーの身に何かが起こり、シトリーは落命してしまうと言う事なのだろう。
「5年後の僕は、一体何をしているんだ」
シトリーは僕の婚約者であり、王子妃となる存在だ。
ラグナート辺境伯は国境線を守護する騎士団を統制する人材であり、父上の古い友人のひとりでもある。
僕とシトリーの婚約は、王家とラグナート辺境伯家との繋がりを強固にする為のものだと言う政略結婚ではあるが、僕がシトリーを愛おしいと想う気持ちに偽りはない。
『2年後に、王立魔法学園への入学が待っておりますわよね?』
王侯貴族は交友関係を広める意図もあり、15歳になると王立魔法学園に入学する。
『教会が聖女候補とする、フィルメランジェ様が入学されますわ。
―――入学から3年後、わたしは、魔法学園の卒業パーティーでフィルメランジェ様に対する虐めの疑いで悪役令嬢として断罪され、殿下から毒杯を賜り、そして、…死んだのです…』
フィルメランジェと言えば、教会が保護している聖女候補のひとりであるルーシャン準騎士の娘だったか。
虐め?
シトリーが?
淑女の鑑だと評判の高いシトリーに、どうしてその様な疑いがかかったと言うんだ?
しかも、僕が断罪した、と?
「未来の僕は、何を見ているんだ…?」
『仕方がありませんわ。死の間際、わたしにフィルメランジェ様は耳打ちなさいました。
―――教会の秘宝の効果は絶大ね、と。
恐らく、人心を惑わすものとして王家が主導し教会が封じた魅了の鐘を使用したのだと思いますわ』
古い時代に魔女がこの国を乗っ取ろうとした際に使用したと伝わる、あの秘宝か。
聖女候補などとんでもない、魔女じゃないか。
「では、君の無念を晴らす為に僕は証拠を集める事にしよう」
『信じてくださいますの?』
「シトリーの言葉を僕が疑う理由がないだろう」
だが、王家として動くには
「未来で落命した婚約者が部屋に現れて、未来を教えて下さいました」
では少し弱い。僕の気が触れたのだと、義母上は都合よく離宮に追いやるだろうし、シトリーとの婚約も白紙となる可能性がある。
「覚えている範囲で構わない。これからこの国で起きる出来事を幾つかあげて欲しい」
僕がそう言うと、『承知致しましたわ』とシトリーはニッコリと微笑んだ。




