魔力の喪失
ルーシャン嬢が魔力を失った。
一般的な属性由来の魔法も、魔女に伝わる魔法も、全て使用する事が出来ない、平民と大差ない凡人に成り果てた。
医師の見解によると、魔力を操る為に必要不可欠な神経回路が全て焼き切れ、魔力を行使は不可能な状態である、と言う事だ。
そして、それ以前に魔力が空となっている為、これから機能回復を行おうとも元には戻らないだろう、との事だった。
意気消沈し、拠り所を喪った様なルーシャン嬢は魔法学園を退学し、自宅で療養する事となった。
つまり、僕やシトリーの学園生活に於ける不安要素は多少なりともあれど、かつてシトリーが辿った未来は決して訪れる事はない、と言う事だ。
しかし、何故突然ルーシャン嬢は魔力を失っのか?
『大魔女ウァルギリアの伝承を、殿下はご存知ですか?』
「怠惰の魔女の異名がある事と彼女の骨や血が魔道具の礎となった話ならば耳にした事はあるよ」
ウァルギリアと言う魔女は魔族に属する魔女で、建国したばかりの頃の初代国王アリギエーリを寵愛し、自らの骨や血液から様々な魔道具を生み出し与えた、と言う話が伝わっている。
そのうちのひとつが、シトリーが落命する要因ともなる魅了の鐘だ。
正しき心を持つ者が鐘を鳴らせば想い合うふたりに祝福を与え、悪意ある者が鐘を鳴らせば国に混乱を引き起こす。
それ故に、大魔女に関係する品は王家や教会が厳重に管理している。
『魔女の村に伝わる、言い伝えがあるのだそうです。彼女は深い眠りの中にあるだけ、彼女の眷属の末裔が道を誤った時、彼女は目覚め、道を正す、と』
過去、ウァルギリアが目覚めた事実はない。
『もしかすると、【めざめの霊廟】を隠していた教会に手を加えた事で、深い眠りについていらした大魔女様を目覚めさせてしまったのではないでしょうか?』
『正解』
僕達の会話に割って入ったのは、喪服の様な黒いドレスを身に纏った、夜の帳の様な黒髪をした女性だった。
『あたし、眷属の末裔が行き場所を失うのは少しだけ厄介だな、って思ったのよ。だから、フィルメランジェの魔力を奪ったの』
魔女の村が、ウァルギリアの眷属の末裔だと言うのならばルーシャン嬢もその血を引いている筈。
「ルーシャン嬢も、貴女の眷属の末裔では?」
僕がそう聞くと、ウァルギリアは昨日の夕食を思い返すくらいの軽さで
『そうねえ、あたしの後継となれるくらいの才覚を持っていたから勿体無いとは少しだけ考えたけど…』
と言った。
ルーシャン嬢がこのまま祖母の予測に従って行動を続ければ魔女の村は壊滅する。
魔女の村の壊滅を契機に、隣国が攻め入り、ウァルギリアの寵愛した王の守ろうとした国が滅びかねない。
だから、【めざめの霊廟】から数千年ぶりに外に出て、ルーシャン嬢の魔力を奪ったのだと言う。
『予言も予見も、外れたって構わないのに。貴方には理解出来るでしょう?ねえ、アリギエーリの末裔の子供』
「そうですね」
もしも、シトリーが殺される、等と言う予言や予見があれば、僕は全力でその成就を阻止するだろう。
未来からやって来たシトリーの為に、全力を尽くした事と同じ様に。
『殿下』
気が付けば、幽霊のシトリーの姿が薄くなっている。
運命が変わった事で、シトリーの生命が危険に晒される事が無くなった、つまり、未練が無くなった事による成仏、と言う事かな。
『シシィを頼みます。強がりですけれど、案外寂しがり屋さんなので、わたしがいなくなって暫くは気落ちしてしまうと思いますので』
「分かった。存分に甘やかす事にするよ」
シトリーは少しだけ寂し気に微笑んでいた。
『殿下、』
成仏する寸前、シトリーの口元が小さく言葉を紡いだ。
僕は、その姿が完全に消滅するのを見届けてシトリーの為に言葉を紡いだ。
「僕も愛しているよ、シトリー」




