時戻しの禁術
ラグナート辺境伯は婚姻を早める事を了承してくれた。
ただし、条件付きではある。
「我が娘が未来からこの時代に舞い戻ったのは、恐らく我が家に伝わる時戻しの禁術によるものでしょう」
異世界人の干渉により国が乱れた時にのみ、その禁術は発動するのだとラグナート辺境伯は説明した。
「時戻しの禁術は、本来自らの魂を過去の自分の肉体に戻し、国の混乱を防ぐ為のもの。しかしシトリーの魂はこの時代の自分の肉体に戻らず、幽体として存在している。
それは即ち、不完全な形で時戻しの禁術が発動した、と言う事です」
回帰したシトリーは、回帰する直前に王家の秘毒を口にして落命している。
王家の秘毒は、確実に死を賜る為に解毒が出来ない様に人間の持つ魔法を操る為に必要な身体の機能を破壊する性質がある。
その為に、不完全な形で禁術が発動したのであろう、とラグナート辺境伯は推測した。
「そして、もうひとつ。オズワルド陛下が予見したルーシャン嬢の行く末は、王国の法に則り裁きを受けたと言うもの。
長い歴史において出現した異世界人や、転生者の魂の宿った人間は天寿の全う以外で絶命する事はありません」
つまり、ルーシャン嬢は異世界人や転生者ではないが、未来でこの国に混乱が発生したのは紛れもなく異世界人か、或いは転生者の影響である、と言う事だ。
「それはつまり、国の混乱を招く種を撒いた者は既に帰天していてこの世にはいない、と言う認識で合っていますか?」
「左様でございます。異世界人か、或いは転生者であったのであろう人物には、見当がついております」
ラグナート辺境伯は、ルーシャン嬢の祖母、ナタリー・ルーシャンの名を上げた。
旧姓、ナタリー・ヴォディアノヴァ。
王国で忌み嫌われる魔女の村の出身の、魔女のひとりだったのだとラグナート辺境伯は語った。
「かつて、魔女が魅了の鐘を用いて王国を乱した、と伝承されている為に魔女の村の人間は肩身の狭い思いをしていますが、彼らの扱う黒魔法は王国の重鎮に望まれて生み出されたものが殆どです」
遠く離れた相手との会話を可能とする秘術、隠された思いを明らかにする魔法、最早対症療法しかない神の御許に旅立つ日を待つしかない人間を、眠る様に安らかに帰天させる為の術。
魅了の鐘は元々、内気で想いを伝えきらない婚約者に対して非難の声を上げる関係者に、自分達は間違いなく想いあっているのだ、と証明したい、と依頼した古い時代の王女の為に魔女が鋳造した魔道具だと言う。
「彼らが悪とされるのは、彼らの技術を悪用した者たちが全ての責を魔女の仕業であるとした為です」
そうなると、ルーシャン嬢の真の狙いは魔女と呼ばれる人間達の名誉回復であり、ルーシャン嬢のお祖母様の発言を曲解した結果、と言う事かな。
「それらを理解為された上で、成人までハグやチークキス以上の事はせず、王立魔法学園在学中から卒業後に至るまでシトリーを守ってくださる、と誓ってくださるのであれば、婚姻の時期を早める事を認めましょうか」
笑顔ではあるが、何処か背筋に冷たいものが走る様な声音で仰るラグナート辺境伯の条件を飲み、11の月、シトリーの14歳の誕生日を待って晴れて僕とシトリーは結婚したのだった。




