第6話
「ただいま」
玄関を開けた瞬間、聞き慣れた笑い声が飛び込んできた。
――叔父さんだ。
帰国日を聞かされることはほとんどない。
だからいつも、こうして突然現れる。
リビングに入ると、ツンと鼻を刺すアルコールの匂いと、醤油が焦げる甘辛い香りが部屋いっぱいに広がっていた。
母の料理の隙間からカルパスをつまむ。咀嚼もせず、そのまま口に放り込む。
「叔父さん、いつ帰国したの?」と僕が言うと、父が険しい顔で口を挟んだ。
「おい、まず挨拶だろ」
酒のせいか、父の声はいつもより大きい。
「こんにちは、叔父さん。お久しぶりです」
「おう、久しぶりだな!」
げらげら笑いながら叔父が背中を叩く。
父から、妻を亡くした後しばらく塞ぎ込んでいたと聞いている。
今の姿からは想像もつかなかった。
叔父は世界中を飛び回る動物写真家だ。
小さい頃、叔父が撮った一枚の写真を見たことがある。
翼を大きく広げた鳥が、まるで次の瞬間には写真から飛び出してきそうだった。
その写真を見た時から、僕はカメラに夢中になった。
父の隣には、いつものようにねーさんが座っていた。
叔父さんの向かいだ。子供の頃から席順はほとんど変わらない。
眉間にしわを寄せ、いつも以上に不機嫌そうだ。叔父が買ってきた服を着せられているせいだろう。
叔父の帰国のたび、ねーさんは決まって“着せ替え人形”になる。
僕と母は、“着せ替え人形、美咲ちゃん“と呼んでいた。
僕がねーさんを見て笑いをこらえていると、母さんと一瞬目が合った。
母さんはいつも通り穏やかに微笑んでいたけれど、その瞳の奥には、どこか寂しそうな色が混ざっている気がした。
「お・し・お・き・す・る」と、ねーさんは口だけで言った。
「何枚か持ってこい」
叔父の言葉に、心が少し跳ねた。
大事にしまっていたとっておきの数枚を渡すと、叔父は真剣な表情でそれを見つめる。
その瞬間だけ、周囲の音がすっと遠のいたように感じた。
自分の心臓の音だけがやけに大きく響いている。
一枚一枚を確かめるように見つめるその目は、まさにプロの眼光だった。
最後の一枚を手に取った叔父は、静かに言った。
「一番最後の写真が、一番“被写体”を捉えていたな」
そう言って、写真をすべて返してくれた。
その一番最後の写真には、ポニーテールの少女が写っていた。
カメラの向こうで、彼女だけが現実みたいに笑っていた。
写真をのぞき込んだねーさんは、一瞬だけ僕をにらんだ。
そして何事もなかったように立ち上がる。
「母さん、手伝う」
そう言って台所へ向かっていった。




