第5話
ねーさんは、周りから自分がどう見られているのかを、あまり意識していない。
入学早々、上級生のクラスに下級生がやってくるだけでも目立つ。
それに加えて、容姿まで良ければ注目される度合いは段違いだ。
僕のクラスに現れたねーさんの行動は、翌日にはすでにクラス中へ広がっていた。
二年生の教室前を歩いていると、知らない女の子が僕の方を見て笑っていた。
このままでは、全校生徒に知れ渡るのも時間の問題だろう。
変な噂だけは、本当に勘弁してほしい。
しかし――
そんな騒ぎなど気にもせず、ねーさんは今も僕の前で美味しそうに弁当をつついている。
何度「弁当はいらない」と言っても、聞く耳を持たない。
最近では、届け終わっても戻らず、そのまま僕の席で自分の弁当まで広げるようになってしまった。
最初の一週間ほどは、男子が物珍しそうに話しかけ、女子からは陰口も聞こえてきた。
それでも、ねーさんは気にする様子もなく、いつの間にか誰とでも話すようになっていた。
気づけば、
クラスメートの方が僕より先に、この光景へ慣れてしまっていた。
窓際のカーテンがひらひらと揺れ、心地よい風が教室へ吹き込む。
窓の外では、校庭沿いの桜が春風に枝を揺らしていた。
叔父さんと山へ写真を撮りに行く約束をしている。
できれば、それまで散らずにいてほしいものだ。
そんなことを考えていると、目の前から不満そうな声が飛んできた。
「理久ってば、聞いてる?」
「うん、美味しい」
視線を伏せたまま、適当に相槌を打つ。
「ありがとう。でも、今その話してなかったよ」
しまった。
完全に聞き流していたことがばれてしまった。
「ごめん、考え事をしてて」
僕が謝ると、ねーさんは小さくため息をついた。
「どうせまた叔父さんと写真を撮りに行くことでも考えてたんでしょう」
何でもお見通しなんだなと、いつも驚かされる。
「それで、何の話だったの?」
話を戻す。
「ちゃんと聞いてよ。ねーさんの話なんだから」
窓から運ばれた春の匂いが、教室を満たしていく。
「最近ね、クラスで仲良くなった子ができたんだ」
ねーさんは楽しそうに続ける。
「その子ね、あまり自分から話しかけるタイプじゃないんだけど、すごく気が利くし、一緒にいて楽なんだよ」
ねーさんが、そんなことを言うなんて。
珍しいこともあるんだな。
どんな子なのか、少し気になった。
ねーさんは僕の弁当箱を覗き込む。
「理久、何が美味しかった?」
質問の意図が掴めず、僕は首をかしげた。
「さっき美味しいって言ってたよね」
「ああ、唐揚げ」
さっき食べた味を思い出しながら答える。
「はい」
箸に挟まれた唐揚げが、目の前に差し出される。
「美味しかったんでしょう。はい、あーん」
ねーさんの行動を受け入れていたクラスが、一瞬にして静まり返る。
「ちょっと、ねーさん。恥ずかしいって」
声を上げるが、
「さっき話を聞いてなかった罰。食べなさい」
まったく引く気がない。
どこからか、小さく「羨ましい」と呟く声が聞こえた。
これがルールなのか。
断るという選択肢は、最初から存在していなかった。
僕は諦めて、差し出された唐揚げを口に入れた。
……味なんて、もうわからなかった。




