第5話
僕のクラスに現れた美咲の奇行は、翌日にはすでにクラス中に広まり、気づけば学年中の噂になっていた。
このままでは全校生徒に知れ渡るのも時間の問題だろう。
変な噂だけは、本当に勘弁してほしい。
当の本人はそんな騒ぎなど気にもせず、今も僕の前で美味しそうに弁当をつついている。
何度も「弁当はいらない」と言っているのだが、美咲は聞く耳を持たない。
最近では移動するのも面倒になったらしく、僕の席で自分の弁当まで広げるようになってしまった。
窓際のカーテンがひらひらと揺れ、心地よい風が教室に吹き込む。
窓の外では、校庭沿いの桜が春風に枝を揺らしていた。
今週末は叔父さんと山へ写真を撮りに行く約束をしている。
できれば、それまで散らずにいてほしいものだ。
そんなことを考えていると、目の前から不満そうな声が飛んできた。
「理久ってば、聞いてる?」
「うん、美味しい。」
適当に相槌を打つ。
「ありがとう。でも、そんなこと話してなかったよ。」
しまった。完全に聞き流していたことがばれた。
素直に謝ると、美咲は小さくため息をついた。
「どうせまた叔父さんと写真を撮りに行くことでも考えてたんでしょう。」
ねーさんは何でもお見通しなんだなと、いつも驚いてしまう。
「それで、何の話だったの?」
とりあえず話題を戻す。
「ちゃんと聞いてよ、ねーさんの話なんだから。」
「……最近ね」
美咲は少し間を置いて続けた。
「クラスで仲良くなった子ができたんだ。その子ね、あんまり自分から話しかけるタイプじゃないんだけど」
美咲は楽しそうに続ける。
「すごく気が利くし、一緒にいて楽なんだよ」
ねーさんが、そんなことを言うなんて。珍しいこともあるんだな。
まだ会ったことのないねーさんの友達に、少し興味が湧いた。
ねーさんは僕の弁当箱を覗き込んで、
「理久、何が美味しかった?」
ねーさんの質問の意図が掴めないまま、僕は首をかしげた。
「さっき美味しいって言ってたよね」
「ああ、唐揚げ」
さっき食べた味を思い出しながら答える。
「はい」
箸に挟まれた唐揚げが目の前に差し出される。
「おいしかったんでしょう。はい、あーん」
誰かの呟きがクラス中に伝播した。
「ちょっと、ねーさん。恥ずかしいって。」
声を荒げるが、
「さっき話を聞いてなかった罰。食べなさい。」
まったく引く気がない。
これがルールなのか。断るという選択肢は、最初から存在していなかった。
僕は諦めて、差し出された唐揚げを口に入れた。
……味なんて、もうわからなかった。




