第25話
「美咲ちゃん、機嫌がよさそうだね」
弁当をつついているねーさんに、佐藤が語りかける。
「いつも通りですよ」
ねーさんは、何でもないことのように笑ってみせた。
「最近、よく笑うって噂になっているぞ」
彼は、さりげなく僕の表情をうかがっている。
「恋人ができたんじゃないかって」
騒がしかった教室に、わずかな静寂が訪れる。
周囲の視線が、こちらへ集まっているような気がした。
僕は、手に持った箸を落としそうになる。
「彼氏を作る予定はありません」
ねーさんは、慌てて彼の言葉に被せるように答えた。
少しムキになっているようにも見えた。
教室中の張りつめていた空気が、ゆっくりとほどけていく。
「一ノ瀬から聞いたんだけど、写真撮影旅行に行くんだってね」
彼は、口元に小さな笑みを浮かべている。
「美咲ちゃんは、一緒に行くのを楽しみにしているのかな」
ねーさんは、目が合った瞬間、慌てて視線をそらした。
「旅行に行くのは、叔父さんと理久だけですよ」
その瞬間、ねーさんの視線がわずかに泳いだ。
「一ノ瀬が言っていたんだが……」
ねーさんが、凄まじい目つきで僕を睨んでくる。
「あっ、日直忘れてた」
ねーさんは、食べかけの弁当を片付け、そそくさと教室を去っていった。
その際、しっかりと僕の足を蹴飛ばしていった。
「すまない。やり過ぎた」
珍しく彼が頭を下げている。
「反応が面白かったから、ついな」
佐藤の悪い癖だ。
諦めるしかないのだろう。
「なんで分かった。旅行のことは話したが、ねーさんが一緒だとは話していないぞ」
僕は、驚きを隠せないまま問いかけた。
「美咲ちゃんを見ていたら、わかるだろう」
彼が何を見ているのかは理解できた。
それでも、認めるわけにはいかなかった。
「美咲ちゃんと何かあったのか?」
不意を突かれ、言葉に詰まる。
「ねーさんとは、何もない……」
「ねーさんとは、ね」
彼は、口元を歪め、薄く笑った。
僕は、何も言い返せなかった。
彼には、ねーさんと歩いた夕暮れ、真琴との雨宿り、朝比奈との校舎裏での密会――そのすべてが見透かされているような気がした。
「一ノ瀬、俺の言ったことを覚えているか?」
桜が舞っていた放課後の教室を思い出す。
「覚えているよ」
彼は、僕の反応を見るように、静かに問いかけた。
「今も気持ちは変わらないのか?」
僕の脳裏に浮かぶ選択肢は、どれも正しく思えて、同時にどれも間違っているように感じた。
「ああ」
僕は、感情を表に出さないよう、いつもの表情を作った。
彼は、どこか腑に落ちないような表情で僕を見ていた。




