第24話
梅雨の気配が残る、夏の始まり。
帰宅時にも暑さが残り始めている。
下駄箱で外履きに履き替え、家路につこうとした時、聞き覚えのある声に足が止まった。
振り向くと、そこには朝比奈が立っていた。
「すまない。時間はあるか」
申し訳なさそうに眉を下げ、こちらを見つめていた。
「構わないよ。僕もちょうど話したいと思っていたから」
「ありがとう」
彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
僕は彼女を、人の少ない校舎脇の中庭へ誘った。
隣を歩く彼女から、どこか花を思わせる淡い香りがした。
「ごちそうする。何がいい」
自動販売機の前に立った彼女が、僕に問いかける。
「悪いよ」
「いいんだ。相談に乗ってもらったお礼だ」
何度も断るほうが、かえって悪い気がして、僕は申し出を受けることにした。
渡されたペットボトルを首筋に当てると、体に残っていた熱が少しずつ引いていく。
彼女は左手だけでペットボトルを持ち、少し困ったように笑った。
「右手がうまく使えなくて……蓋を開けてもらえるか」
僕が蓋を開けると、彼女はほっとしたように一口飲んだ。
「雨宮について聞きたいんだ」
不自然にならないように、僕は話を切り出した。
僕のスマホには、ことりちゃんから一通のメールが届いていた。
「雨宮のこと?」
彼女は疑うように、僕の顔を見つめた。
「美咲が雨宮のことを心配していてな」
勉強会のことは話せない。
僕は彼女と目を合わせず、平静を装った。
「なるほど。あの二人はいつも一緒にいるからな」
彼女は一瞬だけ僕の顔を見た。
何かを探るような視線だった。
だが、すぐに小さく息を吐いた。
「少し前まではふらついていて心配だった。でも最近は見違えるくらい元気だ」
ことりちゃんは、佐藤からの言いつけをちゃんと守っているようだ。
無理をしないことで、結果もついてきているのだろう。
「ありがとう。十分だよ」
彼女は首をかしげた。
少しだけ沈黙が流れる。
「……真琴のことなんだが」
僕はやっとの思いで言葉を吐き出した。
「一ノ瀬、ありがとう」
予想していなかった言葉に、僕は一瞬返事を忘れた。
「僕は真琴のことがわからなかった……何もできなかった」
「そんなことはない」
彼女は震える手を握りしめながら、静かに話した。
「前と変わらず元気がないように見える。でも、目には光が戻ったように感じる」
「一ノ瀬、私が真琴にこだわることを不思議に思っているだろう」
僕は、思わず聞き返しそうになった。
「一年の頃、上級生に目を付けられて、何度も部活を辞めようと思ったんだ」
彼女は少し目を細め、遠くを見るような表情をした。
「その度に、真琴が私を慰めて守ってくれた」
しばらく、彼女は何も言わなかった。
「真琴には、いつまでも元気でいてほしいんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが重なった。
僕は朝比奈のことを誤解していたようだった。




