第23話
「美咲ちゃん、またこぼれちゃったでしょう」
「ママが蓋だけ持って持ち上げたのが悪いんだよ」
リビングに入ると、いつものやり取りが聞こえてきた。
「叔父さん、こんにちは」
「お、おお」
いつもは大声で笑う叔父さんが、その日はやけに言葉が少なかった。
「使ったあとはね。ちゃんと蓋を締めてほしいの」
かあさんは小さく息を吐いた。
「ちゃんとしてるもん。決めつけないでよ」
ねーさんはソースの蓋を中途半端に締める癖がある。
僕は毎回、本体を持つようにしている。
かあさんは気にせず蓋をつかみ、何度も床にこぼしていた。
「美咲、ママに謝りなさい」
二人のやり取りを静かに聞いていたとうさんが、目を細めてねーさんを見ていた。
「……ごめんなさい」
ねーさんは視線を落とした。
「着替えて床を掃除しなさい」
「はい」
小さく頭を下げたまま、ねーさんは部屋を出て行った。
廊下から階段を上る足音が遠ざかっていく。
「ママも蓋だけ持たないように気をつけてくれ」
とうさんは、かあさんにも軽く注意した。
「すいません」
わずかな沈黙が落ちた。
「……美咲に厳しくないか」
叔父さんはポツリとつぶやいた。
ねーさんが着替えて戻った時には、かあさんが掃除をほとんど終わらせていた。
「ママ、片付けてくれてありがとう。あとは私がするから」
かあさんに代わり、ねーさんはてきぱきと掃除を始める。
とうさんは何も言わず、ただねーさんを見ていた。
テーブルには豚しゃぶが並べられていた。
ねーさんが掃除を終え、とうさんの隣に座ると、家族団らんが始まった。
何事もなかったように、ねーさんとかあさんが楽しそうに話している姿を見ると、先ほどのいさかいが嘘のように感じる。
「叔父さんは、いつまで日本にいるの?」
豪快に傾けていたジョッキをテーブルに戻した。
「夏休みが終わるくらいまではいる予定だ」
おかずに箸を伸ばしかけた手が止まった。
「理久、一緒に取材旅行に行かないか?」
体が少し前に傾くほど、気持ちが先に動いていた。
「どこに行くの?」
ねーさんの目の奥に、小さな火が灯ったようだった。
「山奥の温泉旅館だ」
僕でも知っている旅館名だったので、少し驚いた。
「私も行っていいよね」
ねーさんの目がキラキラしている。
「一室しか予約していないんだ……」
叔父さんが申し訳なさそうに答える。
「大丈夫だよね、理久」
「う、うん」
「じゃあ、決まり。楽しみだな」
叔父さんは、ねーさんと同室になることを気にしているようだった。
ねーさんは、時折笑みをこぼしながら、旅行のことを考えているようだった。




