第22話
カフェの後は、水族館で真琴と過ごした。
イルカを模したアイスを食べながらショーを見たり、ペンギンの餌やりを見学した。
真琴は昔のようにはしゃいでいたが、瞳から光が失われたままのように見えた。
僕は勘違いしていたのだと思う。
理由をつけて連れ出せば、元気になってくれると信じていた。
彼女が変わったのか。
それとも、僕が見えなくなっただけなのか。
答えはわからない。
宙をさまよう左手を握れば、すべて解決するような気がする。
それと同時に、大切なものが手から零れ落ちてしまうこともわかっている。
駅へ向かい、二人並んで歩く。
「今日は楽しかった、ありがとう」
真琴の目尻に、柔らかな皺が刻まれる。
踏切の遮断機が下り、電車の通過を知らせる。
まもなく、けたたましい音を響かせながら車両が通り過ぎていく。
遮断機が上がるのに合わせて、真琴は瞬きもせず、射抜くような眼差しを向けた。
「颯希ちゃんに頼まれたの?」
僕は、用意していた言葉を返す。
「違うよ。一緒に出掛けたかっただけだよ」
彼女はわずかに目を伏せる。
「理久は、嘘をつくとき目尻が細くなる癖があるの」
僕は息を軽く吐いた。
僕は、彼女の何を見てきたのだろうか。
「ごめん。真琴の言うとおりだ。落ち込んでいるから、慰めてほしいと言われた」
真琴は大空へ視線をそらし、再び口を開く。
「だましてごめんね。理久にそんな癖はないよ」
彼女はかすかに唇の両端を上げた。
「理久の意思で誘ってくれたら、うれしかった」
言葉にしようとしても、声にならなかった。
アスファルトの色が変わり始め、雨特有の匂いが辺りを包み込んでいく。
近くの軒下まで走り着いた瞬間、バケツをひっくり返したような雨に変わった。
「目を瞑って、かがんで」
意図が理解できない。
「早く」
言われた通りに目を閉じ、かがむ。
濡れた顔と髪を、真琴は丁寧に拭っていく。
我慢できず薄く目を開けると、真剣な眼差しがすぐ目の前にあった。
心臓の高鳴りが、聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「目を開けていいよ」
ゆっくり目を開けると、真琴は少し離れた場所で空を見上げていた。
「濡れたままだと風邪ひくよ」
ハンドバッグからは、赤いハンカチが見えている。
「そのハンカチは……」
濡れた人差し指が、僕の唇に触れる。
何も言うなと言っているようだった。
「次は理久の意思で誘ってね」
耳元で、ささやき声が聞こえた。
「雨やんだから、私帰るね。じゃあね」
そう言い残し、真琴は全速力で駆けていった。
僕の唇には、冷たい指先の感触だけが残った。




