第18話
僕は放課後、体育館裏で人を待っていた。
下駄箱には、時間と場所だけを簡単に書き記した手紙が入っていた。
彼女が僕を呼び出す理由はいくつか考えられる。
体育館からは、床にボールが跳ねる音が聞こえる。
バスケットボール部か、バレーボール部が練習を始めたのだろう。
「待たせて申し訳ない、一ノ瀬」
後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、右腕を肩から吊った朝比奈が立っていた。
「わざわざこんなところに呼び出さなくても、教室まで行ったよ」
「私が男の子と会っていると、周りがうるさいから……」
彼女は困ったような顔で言った。
人気者は、異性と話すだけでも大変なのだと、少し気の毒になる。
「今日呼び出した理由は?」
いくつか思い当たることがある。
できれば、あまり話したくない内容でなければいいのだけど。
「一ノ瀬、妹の様子はどうだ」
そのことか。
僕は胸をなで下ろす。
「どういうこと?」
「あの大会で、一ノ瀬の妹に負担をかけたから、精神的に疲弊していないかと思って」
ねーさんのことを真剣に心配してくれている。
そう思うと、彼女の優しさが胸にしみた。
「部活では、時々暗い顔で考え込んでいるから心配で」
彼女は怪我をしているのに、他人の心配ができるのか。
素直に尊敬できる行動だと思う。
「家ではそんな素振りは見せていない。気にかけてくれてありがとう」
「それなら良いのだが」
彼女の肩から、少しだけ力が抜けたように見えた。
朝比奈は視線を泳がせ、急に黙り込む。
「一つお願いがあるんだ」
左手で制服の裾を掴み、とても言いにくそうにしている。
「真琴のことを慰めてもらえないか」
彼女の口から、真琴の話は聞きたくなかった。
「僕と真琴の関係はもう終わっている。朝比奈も知っているよね」
「わかっている。それでもお願いしたい」
彼女の姿に、どこか覚えのあるものを感じた。
「真琴も大会に負けて傷付いている。一ノ瀬の妹と違って、慰めてくれる人がいないんだ」
体育館から聞こえる掛け声が、僕らの会話を外に漏らさないように遮ってくれているようだった。
それは、あの夕日の帰り道で見たねーさんの姿によく似ていた。
「……朝比奈、責任を感じる必要はないんだ」
彼女は目を丸くし、驚いた表情になる。
「あの怪我は仕方のないことだ。自分を責めるな」
相手がねーさんでなければ、優しく慰めることは難しくないのだと思った。
「真琴の件、受けるよ」
彼女は真琴に対して、何か償いたいものがあるのかもしれない。
伏せた顔が、ただ小さく頷いた。
「一ノ瀬、もう一つお願いがあるんだ。先に帰ってくれないか」
彼女の言葉に従い、その場を後にした。
ちらりと振り返ると、朝比奈はその場で小さくしゃがみこんでいた。




