第11話
暫くおとなしかったねーさんが、また、平和なクラスを壊しに来た。
「こんにちは」近くのクラスメートに声をかけるのも、いつものことだった。そこまではいい。だが、きょろきょろと辺りを見回す華奢な女の子を連れていた。
「理久、私の親友のことちゃん、紹介するタイミングがなかったから、連れてきた。」
ここは、ねーさんの教室ではない。それなのに誰も違和感を口にしない。
ことりちゃんは、ぎゅっと結んだ小さな口、耳にかかる程度にのばした髪、小動物のように落ち着かない視線を動かす女の子だった。
「…一ノ瀬先輩、こんにちは、…雨宮ことりです。」
少し遅れて、ことりは小さく頭を下げた。
「一ノ瀬理久です。美咲の兄、ではなく、弟です、よろしく」
ことりちゃん越しに強いまなざしを感じた。
この教室に来て彼女は初めて笑った。
「みーちゃん、どうやったらあんなに上手く打てるの?」
「最初はみんなそうだよ。今度一緒に練習にいこう」
ことりちゃんは嬉しそうに返事をした。
どうやらみーちゃんがねーさんのことらしい。
「可愛いぬいぐるみチャーム見つけたの、一緒に付けよう」
ねーさんも同じように返事を返していた。
二人には、最初から僕の存在が認知されていないようだった。
気づけば、僕だけが会話の外側にいた。
ねーさんに、こんな気分にさせられたのは初めてだった。
「…一ノ瀬先輩」ことりちゃんは、やっと吐き出せた言葉に安堵する様な表情を浮かべる。
「みーちゃん、すごいんですよ」
ことりちゃんは息をつく間もなく続けた。
「数学の小テストも満点で、それで、体力測定も……クラスで三位で……」
ことりちゃんは、先ほどまでの緊張が嘘のように饒舌に話し続ける。
ねーさんは視線を落とし、黙ったあと頬を染めた。
親友にここまで褒められて、少し戸惑っているようだった。
「いつまでも、美咲と仲良くしてくれるとうれしい」
自然と出た言葉に、自分でも少し驚く。
「はい。ずっと仲良くしたいです」
ことりちゃんからは気持ちの良い返事が返ってきた。
二人の関係が何時までも続けばよいと僕は思った。
今日は、平和なクラスを壊したのは一人ではなかった。
楽し気に話していた二人が急に静かになる。
「わっ」耳元で大きな声がする。
僕のすぐ横に真琴が立っていた。
「ことりちゃんと…美咲ちゃん、こんにちは」真琴が二人に挨拶する。
「こ、こ、こんにちは」ことりちゃんが挨拶を返している。
「こんにちは」ねーさんは笑っていた。
「理久、次の英語なの、教科書忘れたから貸して。」
肩で息をしている。走り回っていたに違いない。
「いつも落書きするからいやだ、僕はきれいに使いたい。」
「お願い」真琴は両手を合わせて、ウインクをする
頼まれては仕方がない。僕は机の中の教科書を探す。
「おいしそう。これ、もらうね」
真琴は返事を待たずに弁当へ手を伸ばした。
ねーさんの視線だけが、ゆっくりと真琴の顔に移動した。
理解しろと何かを訴えているように。
「ごめん、美咲ちゃんのお手製のお弁当だったのね」
真琴は申し訳なさそうな顔で教科書を掴み、逃げるように立ち去っていった。
数秒遅れて、ふくらはぎに鈍い痛みが走った。
痛みで、顔を上げることすらできなかった。




