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彼女が現実逃避しすぎて異世界の神になった  作者: 青我
Another World――第三章――
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――異世界書記―― 第三章 第十節 表と裏④

 城内の侵入者を討つべく現れる兵士や騎士たちの姿――。

 しかし、この兵士たちは外にいる面々とは何かが違っていた。


「おいおい……どうなってんだよこれ」


 俺はついそう呟いたが、なんとなくだが状況は見えている。

 外の兵士たちと違うのは、皆意志のない人形のように無表情であり、まるで生気を感じないというところだ。


「自我を奪われた隷属(エス)たちというわけか」


 落陽で市民たちが隷属に変えられ、まるで操り人形のように手駒にされていたのを思い出した。こいつらも魔女によって自我を奪われ、感情のない戦士として向かわされたのだろう。落陽の市民たちとは違い、こいつらは職業軍人なわけだから、感情が無い分ストイックに戦力をぶつけられるというわけだが……。


「――それはつまり、もう遠慮はいらないというわけよね?」

「え……あ、うん」


 いや、元は自我のある人間なわけだからどうにか解放してやりたいし、気持ちとしてはやりづらさはあるのだが……。

 うちの新しいメンバーである幽霊の狂戦士はそこのところは容赦ないようだ。


 新しく手に入れたその断頭鉈を存分に振り回し、自我のない兵士たちを弾き飛ばしていく。まるで、空想上の三国志の武将だな……。


 まぁ、おかげで俺は道を歩きやすくなったのだが、幽霊というのは味方にするとこうも心強いものなのか。

 向こうからの物理干渉は全く受け付けないくせに、自身の物理干渉は鬼神の如く発揮している。質量のある物体を握力ならぬ念力で掴んで振り回しているのだろうが、非常にたちの悪い戦力であることに違いはない。


 と、考えている間にもネメアは兵士や騎士たちを掃討したようで、とても満足げな表情をしていた。


「――うふふふ……こんなにも両手を使って遊べるなんて、私ったら幸せ者だねぇ。トウカ様」


 血飛沫のついた断頭鉈を担いで影のある微笑みを向けるネメアは正直怖いな……。一応幽霊だから、怖いものであることには違いないのだろうが。


「――さぁどんどん行くわよ! もっともっと私を楽しませて欲しいなぁ……」

「力を振るいたいのはわかるが、暴走しすぎるなよ?」

「――んもう、わかってるって。トウカ様の迷惑にならないようにならいいでしょ?」

「お前……本当にわかってる!?」


 上機嫌な幽霊とともに回廊を行く。

 その廊下の端々には無数の兵士たちが横たわっていた。

 謁見の間へと向かう回廊に敷かれた赤い絨毯を辿って進んで行くと、城のメインエントランスが見えてきた。天井の高い西洋建築美を思わせる造りは、ユカリと一緒に来たときと変わらない。

 あれからこの街に一体何が起こったのだろう。

 その一から十までを知らないまま、俺たちは元凶と思しき魔女を倒そうと動いているが、きっと、その魔女を倒したとしても根本的な解決にはならないのはわかっているつもりだ。


 しかし、あれから百年近い時が流れていて、その時の流れの中で起こった出来事は少しずつ紐解いて行くしかない。

 この街を足がかりにして、色々と情報を得なければならない。


 まずは、俺の心に沸き起こるこのなんとも言えない怒りをぶつけなければきっと治らないだろう。


 俺たちの世界を、創った住人たちをゴミのように扱うやつ(バグ)らに。



 もはや兵士や騎士たちの姿はどこにもいない。

 メインエントランスを正面に捉えて、二階へと続く大きな階段がそこに構えているだけだ。しかし、どこか重々しい雰囲気を感じさせるのは、ゲームでボス戦前の緊張感ある演出を見て、手の汗を拭っているときのような感覚に近いのかもしれない。


 俺はこの世界では、個としてのステータスは低い。

 管理代行権限を持っているので、通常の同じレベルのプレイヤーよりはやや強めな設定だが、それでも低レベルのキャラクターにすぎない。


 致死的な攻撃を受ければ……今度は復活できるのだろうか。


 そんな心配をよそに、絨毯の敷かれた階段を踏みしめ、ついに謁見の間までと辿り着いた。


「ここまで、長かったか?」


 俺はネメアに尋ねていた。


「――そうねぇ……もう、時間の感覚なんて私にはないけど」


 ネメアはこれまでの愉悦に浸っていたような雰囲気から、急に真面目な顔に戻っていた。


「――長かった……永遠にも感じる孤独を、苦痛を……ううん。言葉にはきっと、できないんだろうなって思う。でもね、それでも私は……」

「……? 何か、思うところがあるのか?」

「――わからない。でも、複雑な気持ち。一生を呪い尽くしても足りないくらい恨んでいることは間違いないの。でも、でもね? 今でも思うんだ。あの子を変えてあげられなかったんだって」

「そっか、ネメアは元々あの魔女と知り合いなんだもんな」

「――きっとね、あの子も孤独だったんだと思うの。私の孤独とは違って、生きているからこそ味わう孤独……。不器用で、愛情表現の下手な……」

「なるほどな……まぁ、そういうことなら、この戦いが終わったらネメアに紹介したいやつがいるよ」

「――紹介……?」

「あぁ。きっと、この扉の先にいるやつはお前の話をまともに聞けないと思うからな」


 俺は、その重たい扉を開いた――。



 ◇



 ヴァンドレイクは一流の剣士だ。

 元々は帝国の騎士の一員であったが、任務で訪れた高山にある都市への遠征にて命を落とした。


 山王国 空中都市 パレス・アテネ。

 ビギナポストより南東にある港町ラ・ステラより山道を行くと辿り着く高山に作られた都市、そこに現れた二人の人物を討伐するために差し向けられた小規模の隊に所属していた。

 たかが二人相手に帝国の騎士隊が向かうなどと侮っていたが、結果はあっという間に壊滅という結果に終わった。

 パレス・アテネを襲った二人。一人は宵闇の魔女と恐れられている、人間で数えるほどしかいない魔法使い(カリン)、そして、もう一人が淡灰白色(アイボリー)のローブを身に纏った老剣士(カイン)であった。


 パレス・アテネが一時、国家としての機能を失いかけた戦乱を引き起こしたカインという剣士の謀反から全ては始まったのだが、それはまた別の機会に。


 パレス・アテネの救援要請に応じたは良いが、当時の騎士団長の考えは甘かった。いや、実際は200人規模の小隊をたった二人に向かわせるなど、騎士たちからすればありえない話であったが、現場において、200という数字は、ほとんど……いや、全くと言っていいほどいていないような数字でしかなかった。


 カインの一線に成す術なく倒れていく小隊のうちの一人……討伐すべき人物でありながらその剣技に心奪われたまま絶命した一人。それがヴァンドレイクだ。

 幸運なことに、彼の自我は保たれたまま新たな生を受けることとなった。

 しかし、それは人間という種族ではなく、大陸中央南北に連なる山脈エスト・レアムの北方にある薄闇の谷に住む魔族としてだった。


 彼の新たな人生の道しるべとなったカインはもういない。

 だが、それをも上回るほどの剣士が目の前に現れた。


 ヴァンドレイクにとって、もはやカインは敵ではない。魔族という種族はそれほどまでに人間を凌駕する力を持っているのだ。しかし、その種族という垣根を超えてなお、彼は人間であるその少女を討ち取ることは叶いそうになかった。


 空中での一線。

 シロナの両翼となる装備の機動力はもはや次元を超えていた。

 悪魔としての姿を解放し、身体能力を強化してなお届かぬ実力差にヴァンドレイクはかつての人間だった自分の矮小さを思い出した。


「……俺は、あの頃から何も変わっていないのか?」


 魔族の中でもヴァンドレイクの名は知られるほどの実力者である。

 それは、単に生まれの良さではなく血の滲むような努力の先に手にした知名であるのだが、もはやその自信を根っこから折られるほど目の前の少女の尋常ならざる強さを噛み締めていた。

 何より、その強さの奥に見える、かの老剣士の影がヴァンドレイクの深層心理に眠らされていたあの時の恐怖や惨めさを思い出させていたのだ。


 もはや防戦一方となったヴァンドレイクに残された力は少ない。

 シロナは上段から一気に二刀を振り下ろすと、弾かれるようにヴァンドレイクは地面へと墜落した。


「……グ…ァ……」


 残された力を振り絞り、その身を起こそうともがいている。


「……神に魂を売った……愚かな人間ごときに……」


 シロナはゆっくりとヴァンドレイクの前に降り立った。


「あなたは、なぜ神を恨んでいるのですか?」

「……うる…さい……貴様などに……わかるものか」

「いいえ、わかります。いや、わかろうとしているのです。あなたの剣から感じる憎しみやおそれは、私に向けられたものでも、神に向けられたものでもないと思います。では、あなたは何を畏れているのですか? 何を憎んでいるのですか?」

「……俺は……俺は……」


 ――弱い自分が、無力な己が憎い。

 ――無力を知らしめたあの剣士が憎い。

 ――俺に力を与えてくれなかった神が憎い。


 故郷に残してきた、愛する者を――。

 生まれ変わった俺を受け入れてくれなかった女性(ひと)を――。

 殺させた運命が、憎い――。


「……だから、全てを壊す……人間を、世界を……神の創ったものを全て……!」


 残された力……ヴァンドレイクはそれを振り絞ってシロナへと持っていた剣を投げつけた。最後の攻撃としてはあまりにも芸がない技ではあったが、もはやそうすることしかできなかった。


「馬鹿ね……。せっかく魔族に生まれたのなら、魔法の一つでも覚えればよかったのに」


 ヴァンドレイクの投擲は、空中で撃ち落とされていた。

 投げた剣が水飛沫を上げながら打ち砕かれるのを目にして、ヴァンドレイクは視線をその魔法が放たれた方向へと向けた。


「……貴様……!? あの時の、宵闇の……」

「あら? あなたは驚かないのね。自分が仕えている主人と瓜二つの私を見て」

「……我ら魔族は魂を直視する。貴様と炎の魔女様は全くの別物だ、見違えるはずがない」

「……そう。なら、魂の質もしっかり見抜いて欲しいものね。だよね、シロちゃん」

「カリン、やっぱり来てくれたんだね」

「うーん……やっぱり、って言われるとなんかなぁ……まぁ、いいわ。さて、あんた、色々と憎んでいるようだけど、これだけは言っておくね」


 歯を噛み締め、必死に起き上がろうとしているヴァンドレイクへカリンは歩み寄っていく。


「それ、ただのワガママだから」

「……わが…まま……?」

「はぁ……。悪魔ってのは、これだから。自分の欲のままに生きられる種族っていいわよねー。まぁ、もう生きられないとは思うけど。ね? シロちゃん」


 シロナは真っ直ぐにヴァンドレイクを見据えていた。


「もう一度、あなたには歩み直して欲しいです。力だけではない、自分を認められる心を手に入れるために……」


 シロナは二本の剣を鞘に収めると、片翼から白銀のロングソードを引き抜いた。


「あなたの力への未練を断ち切る……断罪の聖剣――!!」


 シロナの剣に光が集約されていく。

 その刀身が輝きを集めきったとき、その光が解き放たれるように、ヴァンドレイクを両断する――。


 ――“神聖域へ捧ぐ御剣(サグラダ・イスパーダ)!!”


 ヴァンドレイクは光に飲み込まれながら、その身を光の粒子へと変え霧散していった。


「……今度は、神様を信じてみてくださいね」


 シロナは剣を掲げると、祈るように目を閉じた。

 カリンはその様子を少し後ろから静かに見守っていた。

第三章ももうすぐ終わりそうです。

だらだらと長く続いてしまいましたが……ご容赦ください。

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