――異世界書記―― 第三章 第十節 表と裏③
「……よし、これで装備は完璧だな」
シロナに渡した新装備。
それは、本来俺が元のガイコツの姿だったときに使おうと思っていた俺オリジナルの武装だ。
「すごいです……まるで、天使になった気分……」
シロナの両肩を浮遊するように追従する片方六本の鞘の翼――。
長短ある六本の宝剣を一対。つまり、十二本の剣を備えたブルジョワジーの溢れるデザインとなっている。無論、仕掛けはそれだけではないが――。
「じゃあシロナ、手筈通り頼む。それと……」
「大丈夫です。信じてください!」
「……あぁ、わかった」
シロナは城から現れた仮面の男と角を生やした男たちを捉えると、一気に地面を蹴って間合いを詰めて行った。
六王星の片翼。これは三次元移動を可能とする推進力を兼ね備えている。つまり……あの装備を二つつけているだけで、機動戦士並みの機動力を発揮できることになる。
仮面の男も、角を生やした男も、瞬時に間合いを詰められたこの状況を理解できないまま、唖然としていた。
「あ、あれー……?」
そう、あまりにも早すぎて……シロナは二人を越えて城壁を突き破り、城内へと飛び込んで行ってしまった……。
「あ、あちゃー……」
「――何事も、過ぎたるはなお及ばざるがごとし……ということ、かな?」
「と、とにかく……あいつらの注意は引きつけてくれたみたいだから、俺たちは行こうか」
「――シロナちゃん……かわいそうに」
「後で謝ろう……」
そう言いながら、俺たちは城内へと入って行った。
シロナはその機動力を生かして――生かしすぎて持て余してはいるが――外の敵を相手にする。俺とネメアは、黒幕の魔女の元へと向かうことにした。
◇
「今、何が起こったんだ? 何かが飛んでこなかったか?」
「……壁に突っ込んだようだな」
「あの位置からの投擲物で城壁を崩せるものか。どれ、あっしが様子を見てくるとしよう」
崩れた城壁を前に立つ二人の魔女の僕。
表情が上下逆さになっている仮面の男が土煙の立ち込めるその崩れた城壁へと足を向けようとしたとき、もう一人の角の生えた男が制止した。
「……よせ、ギド」
その寡黙そうな男の口から出た言葉に不快感を露わにするギドと呼ばれる仮面の男は、その角の男の鋭い目つきに冷静さを取り戻した。
「すまぬ。あっしの気が緩んでいたようだ。許せ、ヴァンドレイク」
「……構わない。だが、用心しろ」
ヴァンドレイクは背負っていた大剣を引き抜くと、その黒い刃を脇に構えるようにして腰を落とした。
ギドはヴァンドレイクのその目に捉えている何かに対して警戒していた。まさか、この男がすぐに剣を抜き身構えるような行動を取ると思っていなかったからだ。
「いつも余裕そうなお前さんが……らしくないねぇ……。ただ、その目を見ていると、嫌でも感じるわな。いるんだろ、そこに」
「……あぁ」
「ふぅむ。なぁ、興味ついでに聞きたいんだが、そこにいると思われるやつは、あの髭の老剣士とどっちが強そうなんだい?」
「……すぐにわかるさ」
ヴァンドレイクの目つきがさらに鋭くなる。
そして、それと同時に脇に構えていた大剣を掬い上げるように振り上げると、土煙の中から白い衣を身にまとった少女が目にも留まらぬ早さでヴァンドレイクへと剣を突きつけていた。
ヴァンドレイクが振り上げた剣を受け流すように捌くと、白の少女剣士は体を捻らせて追撃をする。ヴァンドレイクはその追撃を体を反らせてかわしつつ、少女の姿をしっかりと捉えていた。
無茶な姿勢であることは、常に行動をともにしているギドの目から見ても明らかである。体を反らせるとはいえ、膝から上半身にかけてまっすぐ避けているわけだから、並大抵の筋力ではない。
まして、大剣を振るいながら相手の攻撃をかわし、その脹脛と足の握力だけでその姿勢を保っているのだから。
ヴァンドレイクは地につけていた片足を少女の腹部へと向けて蹴り上げたが、少女は回転しながらそれを避け、地面に降り立った。ヴァンドレイクも蹴り上げた勢いで後方に宙返りをしながら距離を取ると、今度は黒刃を少女へと向け、突撃姿勢で構えながら一気に間合いを詰めた。
ヴァンドレイクは真っ直ぐに黒刃を少女に突き出す。少女はいとも簡単にそれを避けたが、ヴァンドレイクはそれを予見していたかのように体を回転させながら突き出した黒刃を大きく振り回して斬りかかる。
しかし、その攻撃を予想外の物が防いでいた。
少女の付近を先ほどから飛び回っている鞘の束のようなものだった。
予想外の行動に気を取られたのか、ヴァンドレイクは判断が一瞬遅れていた。少女の剣がヴァンドレイクの体を掠めていた。
「……くっ」
涼しげな表情で二本の剣を操る少女……。
その二人の戦いを見定めるように腕組みをしながら座り込むギド。仮面をかぶっているため表情がわからないが、すぐに喋り出す癖があるようだった。
「すごいねぇ。すごいねぇ。で、あの爺さんとどっちが強い?」
「……間違いなく、この女だ」
「おっと……それはどえらい女と出会ってしまったなぁ」
妙にはしゃぐ仮面の男を他所に、ヴァンドレイクはずっと視線を逸らすこと無く少女を見つめていた。
「……女、お前の名を聞こう」
「私は、シロナ。シロナ・ソーサレス・ユーカリア。この世界の創造主たる神の片腕です」
「……神?」
ヴァンドレイクは不快感を剥き出しにしながら、その緋色の瞳を歪ませる。
「……そうか。それは上々」
「あちゃー……ネェちゃん、こいつに言っちゃぁいけねぇ話をしちまったなぁ。いけねぇ話をしちまったよぉ。こいつ神のことが大っ嫌いでヨォ……神の像を見つけては破壊しないと気がすまねぇほど憎んでいるんだよなぁ」
「神の像を、壊した……?」
「……我らに辛酸を嘗めろ、というのが神の教えだ。敷かれた線の上でしか人々は生きられぬ。そのような生命に生きる価値はない。自らその線より逸脱できる者のみが選ばれし者。神の手の内より逃れられた我らこそがこの世を支配するべき民だ。この地はもはや神のものではない。我ら超越した自我が治めるべき聖地!」
ヴァンドレイクの潜在的な力が一気に膨れ上がっていた。
もはや理性さえ失われたように憤り、その肉体をも変貌させていった。
その姿はまるで山羊の化身ともいうべき、悪魔であった。
そんなヴァンドレイクの変貌を目の当たりにしながら、少女の表情は一つも変化が見られなかった。
ただ、シロナも心の内側に怒りの炎を灯していたのだ。
八つ当たりのように壊されたその神の像への所業を罰することこそが己が使命であるかのように。
悪魔と天使のような二人の闘気がその場の空気を支配していた。
シロナは握っていた二本の剣にさらに握力を込めると、ヴァンドレイクへ一気に斬りかかった。ヴァンドレイクは硬質化した腕でその剣を受け止めると、もはや片腕で振るえるようになったその黒刃をシロナに叩き込む。
シロナの鞘がそれを受け止めると、尋常ではない力が加えられ、シロナは弾き飛ばされていた。
体勢を整える。そしてシロナは鞘の推進力を操って上空へと浮かび上がった。
それを追いかけるようにして、ヴァンドレイクも背中に生えた翼をはためかせる。
そんな二人の対峙を見ながら、仮面の男は企んできた。
ヴァンドレイクには悪いが、あのネェちゃんの実力はとんでもない。
あとでどやされることを承知で、早めに手を打たなければ今度は俺が危ない。
「気が進まねぇが、あっしの魔法で弱らせるとしますかねぇ」
シロナとヴァンドレイクはお互い引かぬ攻防を繰り広げていた。
ギドが狙うのはその猛攻が止んだその一瞬。
猛毒の魔法の矢をシロナへと――。
「まったく、見てられないねぇ……」
いつの間にか、ギドの背後に立つ女の姿があった。
「騎士道ってのはあたしもよくはわからないけど、水をさすのはよくないと思うなー。……まぁ、水を刺すのはあたしの方なんだけどね」
女の頭上に浮かぶ無数の水槍が、仮面の男をめがけて降り注いだ――。
声にならない悲鳴が大量の血飛沫とともに上がる……。
仮面の男は、大した出番もないまま、自分が一体どのように殺されたのかさえわからないまま絶命した。
「さて……お手並み拝見だね。シロちゃん」
そこには、もう一人の魔女。
カリンの姿があった。




