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彼女が現実逃避しすぎて異世界の神になった  作者: 青我
Another World――第三章――
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――異世界書記―― 第三章 第七節 表舞台の魔女と悪霊⑥

[『異聞録 第十二項 炎の魔女と焔帝より』]


 一体誰が言い出したのだろうか。

 いつ頃からなのだろうか。


 この街は始まりの街と呼ばれ、旅人の出発点とされてきたのだが、はてさて、旅人の姿は非常に少なく、街に活気こそあれその光景は異様を極めていた。


 この手記をまとめている私も、男一人気ままな旅を続けているのだがこの街ほど妙な意味で印象に残ったものはない。


 先日手記にまとめたネメアという娘だが、おそらく貴族やあの冷酷令嬢に嵌められたに違いない。そもそも、なぜ町娘が貴族の養子になり王家に嫁ぐ話をもらうことができたのか。一般的には無理な話である。

 これは裏があるに違いない、と私は睨んだ。


 この街にしばらく滞在することにして、私は「炎の魔女事件」を詳しく調べることにした――。



 +*now Loading...+*



 ――数分前。


「(強く……強くならなくちゃ……誰にも負けない、大切な人を守れるくらい、強く……)」


 落陽の神の祭壇で見た、手を差し伸べる少年の姿が脳裏から離れない。

 この広い世界を見るために差し伸べられた小さな手とビジョンが重なり、トウカ様にあの少年を見出している。

 いや、あの温かさはきっと本人に違いないのだろう。それを確信できるほど、今ではトウカ様との繋がりを濃く感じている。

 盲信的に決められたことだけを決められたままに過ごす時が終わりを告げ、私の内側で爆発的に覚醒する自我の鼓動が様々な思考を私に与えてくれる。


 もう、決められた通りに生きなくて良いのだ。

 自分の意思で、自由にこの世界で息をして、体を動かして、頭を使って、自分という存在を動かせる。

 私は……うまく説明できないけど、何かの操り人形のようだったかつての私がとても怖く思えるのだ。


 落陽の街を出ようと思えば、いくらでも出られたはずだった。

 しかし、その一歩先を踏み出す思考が私にも、他の人たちにも存在しなかった。――その門は何のためにあるの?

 ――誰も来ない街で何を守っているの?

 そう思えるようになったのは、トウカ様と出会うほんの数日前くらいだった。

 そんな違和感を断ち切る神の姿が、私にはとても魅力的に思える。また、盲信的だと言われるかもしれない。でも、これは確実に私の意思なのだ。

 私の自由思考による意思決定であり、私は私のように違和感に囚われた人たちを解放したい。そのためにトウカ様と旅に出たのだから――。


 しかし、今目の前にあるこの現状はどうだろうか。


 操り人形どころではない。魂をこの地に縛られて、死ぬことさえ許されない不自由に囚われた悲しき亡者たちが恨みの声をあげている。

 その声に一つ一つ耳を傾けたいと願っても、この場にいる死兵の数があまりも多すぎた。


 ――せめて、楽にしてあげられれば……。


 そう思い剣を振るった。剣を振るたびに私の胸は締め付けられていく。


 ――違う、そうじゃないのだ……。


 私がしたいことは、そうしてただ沈黙の安らぎに還してあげることではない。

 巫女姫であった自分が願っていたように、私の願いは今も変わっていない。

 多くの人の心を癒し、多くの人の幸福を願う――。


 ――なら、なぜカインを殺したのか?

 ――なぜそんな物(ショートソード)を持っているのか?


 私には、その答えが出ないでいた。幸せのために人を殺めて良いものなのだろうか。あの時は感じなかったそんな矛盾が、今では私の罪悪感を責め続ける。


 でも、これだけは言える――。

 私が握っているのは、運命の糸を断ち切るための刃物でありたい――。


 でも――そんな矛盾――……。


 木の上から降り立った私は、剣を構えることができなかった。

 迫り来る死兵の群勢を目にしながらも、晴れない気持ちを振り払えずにいた。


「(どうしようもできないの……? 彼らのことを救うことはできないの……?)」


 目の前に現れた死兵の一体が私を斬り裂こうと錆びた剣を振りかざす。

 それでも、私の心は動かない。――どうして?

 私は自由思考を手に入れたはずなのに……。

 心を、思考を自由にするということは、こんなにも苦しいことなの?


 死兵が剣を振り下ろす刹那――私の目から涙が零れていた。


 ――ナゼ剣ヲ抜カヌ……?


 死兵の剣が私の眼前で動きを止めた。

 この死兵の群勢の中で、誰かが話しかけるのを私は耳にしていた。


 死兵は剣を下ろすと群勢の中から一際目立つ甲冑の死兵が歩み寄ってきていた。

 錆で朽ちている他の死兵たちと異なり、その死兵の鎧は未だ朽ちることなく、ボロボロのマントをたなびかせながら、ないはずの両目をこちらへと向けていた。


 ――我ラモ侮ラレタ物ダ。娘……何故涙ヲ流スノダ? 先程迄ノ鬼神ノ如キ強サヲ持チナガラ。


「……強さとは、剣を振るうだけの力とは違うのです」


 ――フン……。


 話しかけてきた死兵は、何かを考えるように顎に手を当てていた。

 私は、その姿をある人物と重ねていた。


「……カイン」


 死兵は生前であればおそらくその両目を顰めていただろう。

 それほどまでに、その名を聞いた死兵の視線のような圧力が感じられた。


 ――娘。其ノ名……。いや、成ル程……。


 死兵から放たれていた威圧感が少し薄れた気がした。

 代わりに、死兵は腰に差していたロングソードを抜き、正眼に構え始めた。


 ――我ガ名ハ、エノク。ビギナポストヲ守護スル者。此ノ者共ヲ指揮スル、敗軍ノ将。其方ヲ討チ倒シ、我ガ死ノはなむけトサセテモラオウ。抜ケ。


 高潔な死兵など聞いたことはなかったが、どうやら一騎討ちを申し込まれたのだということを理解した。

 カインと関係のある人物なのだろうか?

 私は無意識に剣を抜いていた。


 ――断チ切ッテ見セヨ。


 エノクは正眼に構えた剣を脇に構え、一気に突進してきた。その脚力はやはりあの時戦ったカインの踏み込みに通じるものがあった。

 その逆袈裟薙ぎを身を引いて躱した……はずが、腹部に痛みと衝撃が走っていた。エノクは躱されたのと同時に後ろ蹴りを放っていたのだ。

 まともに蹴りを受けたが、トウカ様の言う通り相当レベルが上がっていることのよりさほどダメージは受けなかった。とはいえ、生まれて初めて受けた蹴りは、骨身に染みるほどであった。


 私は握力を込めた。

 蹴りに耐えた私に追撃を加えようと再び剣を振り下ろそうとしているエノクの姿を捉え、その剣を刀で受け止めた。


 ――斬レヌト云ウノカ? 怨恨二ヨリ此ノ地ヲ呪イ続ケテイル亡霊タル我ラヲ。


 私は歯を噛み締めた。

 その剣を弾き返し、エノクに斬りかかる。

 エノクはいとも簡単にその一振りを防いでみせた。

 ならば、と私はもう一本の剣を振るうも体捌きで躱されてしまった。

 それから剣撃の攻防が続いたのち、再びエノクは口を開いた。


 ――カイン……。奴ハドウシタノダ。


「……死にました」


 ――其方二殺サレタノカ?


「……はい」


 戦いの最中だというのに、相手から視線を外してしまった。

 もし、このエノクという死兵がカインの身内の者なのであれば、私は裁かれたいという気持ちになっていたからだ。

 しかし、私を待っていたのは、私の予想をはるかに裏切る言葉だった。


 ――礼ヲ云ウ。


「……え?」


 ――死デシカ救エヌ魂モアル。


「……でも、私は――」


 ――迷ッテイルノダロウ。


「……はい」


 ――……断チ切レ。其方ノ思考ハ呪イダ。


 呪い……?

 この自由思考が……?


 ――総テヲ救ウコトナドデキヌ。


 神から授かった力――それは、人を救うための魔法ではなく、人を殺めるための力であった。

 自分が力をつけていくにつれ、自分の力を恐ろしく思えていた。


 ――人ヲ憐レム強キ者ヨ……其ノ力ハ誰ニデモ得ラレル物デハナイ。其方ハ其ノ力ヲ己ノ為ダケ二振ルウ心算つもりデハ無イノダロウ?


「私は……守るために。大切な人を守るために、この力を……」


 ――断チ切ッテ見セヨ。其方ノ迷イト共二。


 再び剣撃が繰り返された。

 剣を打ち返す度に、その言葉が私の頭にこだましていた。


 ――断チ切ッテ見セヨ。

 ――死デシカ救エヌ魂モアル。

 ――総テヲ救ウコトナドデキヌ。


 全てを救えないのだとしたら、私は一体誰を救うのか――。

 そうだ、私は……守るべき者のために。


 強く、強くならなければならないのだ。

 力だけではなく、心も――。


 こんなところで迷っていたら、きっとあの時のように多くの笑顔を失っていく。


 では、この哀しき亡者たちを救うには――?


 ――断チ切ッテ見セヨ。

 ――死デシカ救エヌ魂モアル。



 亡者を蘇らせることなどできない。

 ならば、この地に根付いた恨みを断ち切って天に還してあげることしかできない。

 ――今は、まだ。


 ならば、せめて彼らが迷わないように。

 せめて清らかに安らげるように――。


 私は二本の剣を鞘に収め、腰に差していた宝剣を抜いた。

 宝剣天叢雲。トウカ様からいただいた、浄化の力を持つ剣。

 カインを斬り伏せたこの剣で――。


 ――断ち切る!!


 宝剣が光を帯びる。

 上段へと飛び上がりながら両手で宝剣を高らかに掲げ、全身に力を込めて叫んだ。


 ――“神聖域へ(サグラダ・)捧ぐ御剣(イスパーダ)!!”


 エノクが防ごうと構えたロングソードごと、宝剣はその光を集約した刀身を輝かせ足元まで一気に斬り裂いた。斬り裂いた断面は発光し、その剣の波動がエノクの背後へと貫いていく。


「……ありがとう」


 そう言うと、エノクは全身の糸が切れたかのようにその場へと崩れ落ちた。

 静まり返ったこの場所に風が強く吹いている。その風に吹かれて飛ばされていくように、やがてその身を光の粒子へと変えていった。


 エノクが消えてから、その場にいた死兵たちは皆武器を落とし、その場へと座り込んだようだった。その群れの中から一人の死兵がこちらへと歩み寄ってきた。

 その様子から察するに、私は彼らに試されていたのかもしれない。

 この群勢の中でエノクに次いで地位の高い将軍の一人なのだろう。


 ――我々に既に敵意はない。貴女を見込んで頼みがある。


 エノク――彼がカインの息子だと知ったのは、その彼から聞かされた時だった。

話がなかなか進まなくてすみません……。

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