――異世界書紀―― 第三章 第七節 表舞台の魔女と悪霊⑤
俺の考えは決まっている――。
この薄幸の女性の運命を上書きするのだ。
彼女という物語に綴られた悲運の歴史を塗り替えるために……そして、この惨たらしい運命の悪戯を独り牢獄で耐え抜いた強い精神こそ、この世界には必要だ。
などという考えよりも先に、俺はその言葉を口にしていた――。
「“管理代行権限、同行者編成――ネメア・ラ・モルテ・チャダルヌーク改め、ネメア・ディミオス・ユーカリアを同行者として認め、新たな運命と力を与える――新生解放――!!”」
和甲冑のアンデッドの刀身を念力で受け止めていたネメアの姿が光に包まれる――。
ネメアを包む光が螺旋を描きながらその精神だけの存在を色濃く染め上げていった。まるで受肉をしたかのように鮮明に、しかし、その蒼白な肌からは血色を感じられないが、その少女の存在がはっきりと映し出されている。
まるで、渇きに疼くヴァンパイアがうっとりと獲物を品定めしているかのような艶やかな視線と表情が恐ろしくも魅力があり、その視線を合わせれば命まで吸い取られそうなほどの妖しさを兼ね備えていた。
異様なのは、それが精神体であるということだ。
まるで質量を感じさせる妖艶なプロポーションを持ちながら、その末端はやはり透けている。透けてはいるのだが……その失われていた腕と足は、確かに彼女の体から伸びていた。新生解放の影響を受けて、ネメアのフォームが変わったことにより腕や足が再生されたのだろう。
しかし、奇抜なのはそのファッションである。
踊り子のように際どい胸回りや腰回りであるものの、重厚なマントを身に纏い、その背には自身の白骨化した亡骸を背負っているような装飾だった。
ネメアは自身に起きた変化を感じてはいたものの、その表情には戸惑いの色はない。むしろ、高揚にも似た微笑みを浮かべ、久方ぶりに感触するその両手を存分に振るおうとしているのがわかった。
光の螺旋が消えた時、和甲冑のアンデッドは抵抗すら許されないまま粉砕されていた。
他愛もなく、味気もなく、ほんの一瞬の出来事だった。
ネメアのその片手が和甲冑のアンデッドへと差し向けられたことを視認した時すでにそいつは粉々に霧散していった。
霧散した粉塵は光の粒子となって消えていったのを見ると、ネメアの持つ力にも浄化の作用があることが確認できたのは良かったが……。
いや、強すぎない……?
なんでこの一瞬で自分の力量を判断できて、しかも使いこなせてるの?
「――ウフフフ……アハハハハ……ハハハハハ!!」
「ど、どうした……?」
「――いいえ!! 神様ァ……あなた様は私に素晴らしい力を授けてくださいました! 百年ぶりに生き返った、いえ、それ以上の開放感と幸福感……こんなにも力を感じたのは初めて……」
ネメアは自身の力に完全に陶酔していた。
そう、若干引くくらい……。
「そ、そっか! そりゃあ良かった。っていうか、その……ごめんな! 勝手に神の同行者にしちまって」
「――いえ! 何をおっしゃいますか! こんなにも酔いしれるほどの力をいただけたのよ! これが幸福であって不幸であるはずがないわ!」
ネメアの蒼白の肌が少し紅潮しているように見えるのは気のせいだろうか……。
いや、これは気のせいじゃないな……なんというか、やはり怨恨を残して亡くなった霊なのだから、どこか歪んでいるのは仕方ないことだと思うが……。
「――私はもう霊体だけど、この身が神様のお役に立てるのなら喜んでお供いたしますわ。いえ、神様の一生を添い遂げる覚悟はできております。……むしろ、私を伴侶に……」
「は、伴侶はちょっと……。俺、まだ子どもだし」
「――愛に年齢は関係ないのっ!」
「お前、キャラがブレブレだぞ……」
◇
「そんなわけで……」
「――はーい! 旅の一行のお色気兼暑い時には霊気で涼しくさせるスーパーアイドルのネメアちゃんでーす! よろしくねっ!」
「……ということなんだが」
「ず、随分と明るい……ですね。その……」
「……あぁ、幽霊だ。こいつ」
ぽかんとした表情でネメアを見つめるシロナの頭の周りをネメアはぐるぐると回りながら、まるで品定めでもしているかのように観察していた。
「――うーん! この子もすっごーく可愛い! トウカ様! 私このシロナちゃんもとっても気に入りましたよー!」
「あ、あははは。気に入っていただけて良かったです。こちらこそ、よろしくね。その……」
「――ネメア! ネメアって呼んでね」
「はい! ネメアさん」
「さてさて、仲間同士打ち解けたみたいだし、早速本題に入りたいんだけど……」
そう、本題とは――。
これまでこの場所で戦っていたはずのシロナなのだが、俺とネメアが城から出てきた時には既にシロナは戦闘を終え、中庭の真ん中で座っていたのだ。
しかも正座で、大量の骸骨たちと一緒に……。
「はい……実はですね――」
話は数分前に遡る――。




