――異世界書紀―― 第三章 第七節 表舞台の魔女と悪霊③
城門をくぐり、俺とシロナは城へと辿り着いた。
何かと戦った跡なのだろうか。街や城の至る所で戦闘の跡らしき痕跡が見受けられた。それは路傍で白骨化していた死体の有り様が、確実に自然死ではないのが窺い知れたことから推測できた。何か強大な圧力によってへし折られたような、潰されたような、そんな様子であった。
城壁も普通ではない方法で壊れていた。いや、穴を開けられていた、というのが正しいだろうか。
まるでバターやチーズでも切り取るように、粘土から型を抜くように、城壁の一部が切り取られていた。それも、綺麗な円形で。
「(どうやったらこんなことになるんだ……? 断面が焦げ付いているから、何かの熱線だろうか……それにしても、一体誰が……?)」
どうやら、自然死だけでは説明できない何かがこの街に起こったことは間違いない。
俺はそんな城の様子に気を取られていたので、徘徊しているゾンビやスケルトンたちには目もくれていなかったが、シロナはこの墓場と化した城と街を見ながら、どこか悲しげで寂しげな表情を浮かべていた。自分の故郷である落陽のことを思っているのだろうか。それとも、純粋にこの街を包む悲惨な雰囲気に哀悼を示しているのだろうか。
なぜかはわからないが、時折見せるそんな表情がユカリに似ているような気がした。
ビギナポストは街の城門を潜るとすぐに市場街に出る。この街はもはや市場などと呼べるものは存在しないが、その広場を抜けると左右対称に12区画ほどの集合住宅が立ち並んでいる。それぞれが三階建てで、ピンクや赤の煉瓦で彩られている。
その街並みを真っ直ぐに抜けると大きな屋敷の建ち並ぶ場所へと出る。ここが貴族たちの住む区画なのだろう。そして、そこから坂道を登り、小高い丘の方へと進むと再び城壁に囲まれた場所がある。
そこがビギナポストの城だ。
街の様子も凄惨だったが、城はさらに熾烈を極めていた。城壁はあちこち崩れ落ちており、その崩れた瓦礫に埋もれたであろう亡骸が無惨にも打ち捨てられたままであった。
「シロナ、この城の中庭を越えたら、そこが目的地だ」
昼間見た中庭はまるで花園であった。様々な花や植物が植えられ、手入れの行き届いた背の低い木々が並べられ、使用人や王族たちが茶を嗜む楽園――。
それが今ではここは――。
木々は朽ち果て、花も緑も存在しない、血と腐敗した臭いの立ち込める地獄……。
アンデッドたちの巣窟と化していた。
その数はざっと見ても数百体はいた。生者である俺たちに反応して、一人、また一人とゆっくり立ち上がってくる。
その一人一人がかつて名を馳せた戦士たちだったのだろう。立派な鎧を纏い、武器を引きずりながらこちらへと向かってきた。街にいた奴らとはレベルが段違いだろう。歩くスピードも素早そうだ。
生前は隆々としていたであろう細身の腕で、今では自分よりも重たいかもしれないその大物を思い切り振り回し、俺に斬りかかってきたのをシロナがすかさず止めに入った。
「トウカ様、ここは私に任せてください!」
そう言うと、アンデットの大剣を弾き返し、アンデッドを即座に分解してみせた。
確かに、シロナの実力であればこの場に残しても大丈夫だろう。ここで大暴れをしてもらい、アンデッドたちを引き付けてくれれば安全に城内を移動できる。
何せ、俺は確かにチート級の神技を使えるもののレベルでいうと5の駆け出しプレイヤーそのもののステータスなのだから、安全第一に行動しなくては。
「じゃあシロナ、頼みがある。俺をこの中庭の反対側……そうだな、ちょうどあの中庭の外壁の上あたりに飛ばしてくれないか? あそこから中に入れそうだ」
シロナは頷き、俺を抱えるとぐるりと一周回るようにして中庭の反対側へと投げてくれた。
俺は管理代行権限を使って光の壁を展開し、滑り台状にして城壁へと降り立った。さすがに格好良く着地はできそうになかったからな……。
さて、ここからは別行動だ。
城壁のところにもアンデッドたちが倒れているのは予想外だったが、中庭にいる奴らほどではない。俺は素通りしながら城内へと入っていった。
◇
「さて、トウカ様に良いところを見せようと思ったけど……さすがにこの数は、勝てる……よね」
シロナはそう呟いて見せたが、その目には既に闘志が宿っていた。街を眺め、亡骸に哀れみを向けていた少女はもうそこにはいない。
「ご期待に添えるように頑張らなきゃね、私」
そう自分に言い聞かせるように再び呟いたとき、シロナはほんのわずかな時間目を閉じた――。
ビギナポストに眠る戦士たちよ――。
あなた方の無念を切り捨てることを許したまえ――。
そして、再びその鋭い眼光を彼らに注ぐと、シロナは収めた二本の剣を再び抜きながら一気に切りかかった。
第一陣である数十のアンデッドはものの数秒でただの骨のパーツへと変わっていた。第二陣、第三陣と次々に斬り伏せていくシロナだったが、大半を倒したところでその異変に気づいた。
「おかしい……数が減っている気がしない……」
中庭の左翼部にある木の上に飛び乗ったシロナは、自分が斬り伏せたアンデッドたちが次々に起き上がっているのを見た。
アンデッドたちは、斬られてもすぐに再生され元の個体へと戻る性質がある。
「ただ斬るだけでは徒労に終わりそうね……」
アンデッドたちはおぞましい声を上げながらシロナの元へと集っていった。
◇
城内は表と違って静けさに包まれていた。
外からは呻きを上げる声と剣戟の音が響いている。きっとシロナが戦っているのだろう。シロナが引きつけてくれている以上、さっさと目的を達成しないとな。俺は、目当てである地下監獄へと足を向けた。
城壁から城内へ入ると、螺旋状の階段が続いた。そこから2階フロアへと出て、フロアから大階段を経て一階へと降りる。
降りる途中、階段の踊り場が目に入ったとき、不自然に置いてある台座が目に入った。
「(あれ……なんだろう、この台座妙に見覚えがあるんだけど……)」
そこに何かが置いてあったに違いないのだが、すぐには思い出せなかった。踊り場に気を取られはしたものの、あとは1階フロアへと行って地下監獄への回廊を行き、重たい扉を開くのみだった――。
この時の俺はあまり気に留めていなかった。
あそこの台座に置かれていた……いや、座っていたであろう、あれの存在を――。
今思えば、俺はあの時、フラグを立てていたのかもしれない……。




