――異世界書紀―― 第三章 第七節 表舞台の魔女と悪霊①
[*Topicks*]〈クe2t〉
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門扉が開く音が聞こえる――。
この音が聞こえると、決まってその後に鉛の鎖を引きずる鈍い音が目の前にやって来る。
まただ――。
こうやって僕は何度も――何度も殺されている。
逃げたいと思ったことは何度もあった。監獄の処刑人によって、自由の証でもある腕と足を切られてからも……。
思えば、どれだけ前だったかわからない、気が遠くなるような昔――。
彼が投獄されているのを眺める髑髏の顔をした騎士と目が合ったのを思い出した。
あれは間違いなく、自分にこのような運命が訪れることを告げにきた死神だったに違いない――。
数十年以上に渡る死のループによって、僕の精神は襤褸雑巾のようにズタズタに引き裂かれていた。
しかし、今日はいつもと違った。
門扉を開ける音が聞こえたが、鎖を引きずる鈍い金属音が聞こえない。
代わりに、白く光る何かが目の前に現れた。
その顔には見覚えがある――あの死神と一緒にいた、神々しい姿の女性――姿は子どもだが、その目つきや表情は脳裏に焼き付いていた。
その子どもが彼に近づいてきた。
ここは牢屋だ。入ることなど許されないはず。
そしてあろうことか、僕に向かって話しかけてきたのだった。
「なぁ、お前に話がある。お前の名前は……ヴァジアか?」
ヴァジア――あぁ、そうだ、その名前に聞き覚えがある。
気の遠くなる程昔に、そう呼ばれていたような――。
「お前を助けにきた」
「た……すけ……?」
とっくに声の出し方は忘れていた。
辛うじて掠れた声が出たのだが……。
「あり……がたい……おは……なしです……が、ぼ……くは……ここ……から、はな……れ……られない」
「なぜ?」
「……ぼ…くの……もうひ……とりの……」
「もう一人の? 僕?」
「たす…け……て……あげ……くだ……い」
◇
ノイズが走る――。
この青年と言葉を交わすたびに視界が歪む。間違いない、ここがバグの原因だ。しかし、一体どんなバグが彼に起きていると言うのか。
「助けてあげてください」と言う言葉を最後に、彼は喋らなくなった。
意識を失ったのか、それとも事切れたのか……。
俺がその場を離れようとした時、再び大きなノイズが走った。
ノイズと共に、青年が再び意識を取り戻した。
何だろうか――それまでの青年とは違った雰囲気を感じる。
「よかった……ようやく話ができそう……」
「……? 雰囲気が変わったな。お前は誰だ?」
「ごめんなさい。時間がないの。お願い、あなたが誰でもいい。私を助けて……」
二重人格――? 先ほどのヴァジアとは異なる、違う誰かが話をしている感覚だった。
「私は、監獄に閉じ込められているの。きっと、自力では二度と出られないような場所――。この世界のヴァジアを通してあなたにお願いしているの。私の名前は、ネメア・ユーギフト・チャダルヌーク。あなたからは何か特別な力を感じる――だからお願い。私を、この人を……助けて」
そう言うと、青年から意識が失われた――。
その後、青年が話をすることは二度となかった。
「なるほどな……」
「あら? 何かわかったの?」
「あぁ。これは多分、クエストだ」
「クエスト?」
「それより――」
ノイズ――妙な緊迫感が迫るのを感じた。
扉の開く音――。
ゆっくりとさび交じりの甲高い音を回廊に響かせながら、金属を引きずるような鈍い音が聞こえる――。
「この音……鎖か?」
「どうやら、死刑執行に来たようね――地下監獄の番人が」
「アイシャが危ない……急ごう!」
アイシャが入れられている牢は数区画先だが、この監獄への入り口からはとても近い位置にある。
もし、地下監獄の番人である処刑人が牢に入れられたすべての人間を処刑しているのだとしたら……。
「きゃあああ!!」
アイシャの悲鳴だ――!
ランタンの明かりを頼りに監獄の入り口へと向かった。
最後の区画を曲がったところで、正面に身長2メートルを超える大男が立っていた。
その手にはアイシャが掴まれていた――!
「カリン! 頼む!」
「えぇ!? き、効かなかったらどうするのよ!」
「大丈夫だ、俺の読みが正しければ……今度は効くはず」
「仕方ないわね……」
カリンは魔法で水槍を作り出し、処刑人めがけて放った。
水槍は処刑人の右腕に直撃し、その衝撃で掴まれていたアイシャは解き放たれた。
「ほ、ホントに効いた……!」
「その調子だカリン。あいつの動きを止めておいてくれ。その隙に――」
ノイズ――今度はこれまでに感じたことのない強烈なノイズだった。
俺は思わずその場に膝をつき、頭に響く鈍痛に耐えるしかなかった。そのノイズはカリンも感じているようだった。歪む視界――その先に立つ、見覚えのある女の姿――あれは――。
途端、女の手のひらに火球が出現し、俺たちに向かって勢いよく飛んできた。
それを相殺させるように、カリンが水槍を放つ。火球と水槍が衝突し、二つの魔法は空中で消滅した。
「やれやれ……曲者とは思いましたが、どうやら只者ではなかったようですわね」
その光景を目の当たりにして、アイシャが混乱していたが、無理もない。
なぜなら、アイシャが王子妃と呼ぶ女と瓜二つの女がこちらにもいるわけなんだから。
訳の分からないことを混乱しながら叫んでいるのを、王子妃が冷ややかな視線で見た。
「全く、騒々しいこと。あなたのようなメイドは我が王宮には必要ないわ――」
まさか――こいつも使えるのか――!?
「アイシャ! そこから逃げろ!!」
その声が届くかという刹那――炎の魔女の呪言がアイシャへと向けられた。
アイシャはその場に白目をむいて倒れた――。
「てめぇ……! その子の自我を……!」
「おや、話が早いようですわね。ご明察通り、この娘の精神は跡形もなく消し去りましたわ。あなたも、同じようになりたいかしら? それから、そこの魔女……あなたね? あたしの名を語る偽物……どうやら、その美貌はあたし譲りのようでしょうが、迷惑極まりないのよ。御覧の通り、あたしはまもなく一国の女王となるの。目障りだからここで死んでいただけないかしら?」
どうやらお互いに面識はなかったようだ。
色々と疑問は浮かんでくるが、今カリンが向こう側にいなくてよかったとほっとしている。
こちらのカリンの表情がみるみるうちに歪んでいるのを見ると……どうやら、ご立腹のようだ。
「あぁ!? 誰が偽物だテメェ……あたしの方が200倍美人でしょうが!」
「突っ込むところはそこじゃない……」
「うるさい! あの貧相な魔女をゴミ袋に詰めて捨ててやるところを見てなさい」
「(口の悪さはやっぱり似てるんだよなぁ……)」
炎の魔女と水の魔女――。
二人の魔女が赤と青のオーラを全開にして睨み合う。
睨み合いの果て、お互いに炎と水の魔法の打ち合いが始まった。
火球と水槍は一見して水のほうが有利かと思えたが、火球に熱せられた水が一瞬で蒸発するほどの熱量があるため相殺に留まっていた。
そして、思考の似通った二人の魔女は戦い方も似ている。
しびれを切らせたタイミングも同じで、周りを巻き込むことなどお構いなしに範囲魔法を展開し、水流と火柱の応酬により結果は相殺――。
膠着状態が続いていた。
その最中、炎の魔女の後ろで倒れていた処刑人が起き上がると、炎の魔女に跪くように待機を始めた――。
「行きなさい! あの目障りな偽物を処分なさい。監獄の処刑人よ」
処刑人は炎の魔女に頭を垂れると、落ちていた鎖を掴み立ち上がった。
「ちょっと、あんたは何でぼーっと見てるのよ! ちょっとは手伝いなさいよ!」
「そのつもりではいるが……ここじゃあまりにも範囲が狭すぎる……俺たちまで巻き添えを食うことになりかねない。だからカリン、全力で応援している!」
「何なのそれ!? 使えない神様!!」
処刑人は助走をつけて突進を始めた。あの様子を見ると防御するつもりも止まるつもりもなさそうだ。
カリンが水槍を連続して放ってはいるが、それでも止まる気配はなかった。
おまけに後ろからは火球を次々に作って追撃しようとしている魔女の姿があった。
俺が何か壁を張ったとしても、あの巨体の突進を止められるだろうか――いや、ここは一か八か、フィールドエフェクトを発現させて――。
そう考えていた刹那――監獄の壁が切り開かれ、その勢いに乗じて人間が飛び込んできた――!
「シロナ!?」
「助けに来ましたよ! トウカ様!!」




